ふと視界に首を傾げる女の子の姿が映り、思考を現実に戻す。
私のペアは、黄桜美星ちゃん。
同じクラスだけど、ちゃんと話すのは今日が初めてだった。
「よろしくね、愛梨ちゃん」
柔らかく笑う彼女は、少し不思議な雰囲気を持っている。
星みたいにきらっとした目。
「こちらこそ、よろしく」
そう返すと、美星さんは急に目を輝かせた。
「ねえねえ、占いって信じる?」
「占い?」
「うん。私、趣味なんだ」
そう言って、カバンから一冊の本を取り出す。
表紙には細かい星座と、難しそうな文字。
「授業中にやるやつじゃないでしょ……」
思わず小声で言うと、美星さんはくすっと笑った。
「先生、全然見てないし大丈夫だよ」
確かに、先生は窓の外を眺めているだけだった。
「じゃあ、ちょっとだけ」
そう言うと、美星ちゃんは私の手元をじっと見て、ページをぱらぱらとめくる。
その様子を見ていたのか、席を移動してきた明日香ちゃんが興味津々で顔を覗き込んできた。
「なにそれ、占い?」
「そうそう! 明日香ちゃんも混ざる?」
「やるやる!」
気づけば、デッサン用の鉛筆はほとんど動かず、私たちは三人で小さく円を作っていた。
笑い声が混じる美術室。
紙の上には、まだ輪郭すら描かれていないデッサン。
「じゃあ、まず愛梨ちゃんからね」
美星ちゃんはそう言って、占いの本を机の中央に置いた。
少し古びた紙の匂い。
ページをめくる音が、やけに静かに響く。
「恋占いでいい?」
一瞬だけ、胸が跳ねた。
——月城くん。
心の中で名前を呼んだだけなのに、夏の文化祭の暗い廊下や、海の家で聞いた“慧”という名前が、次々に浮かんでくる。
「……うん、お願い」
美星ちゃんはにこっと笑って、いくつか質問を投げかけてきた。
「最近、その人のことを考える時間は増えた?」
「その人の前だと、いつもと違う自分になる?」
「相手の一言で、一日が左右されることはある?」
私は正直に小さく頷いたり、少し迷ってから「ある」と答えたりした。
美星ちゃんはすべてを書き留めると、ぱらぱらとページをめくる。
そして、ぴたりと一箇所で手を止めた。
「……出たよ」
そう言って、彼女は静かに言葉を読み上げた。
「——“一等星”は、決して裏切らない」
教室のざわめきが、その瞬間だけ遠くなる。
「表面上の言葉や態度じゃなくてね」
「今まで一緒に過ごしてきた日々を思い出してみて」
「そこに、その人の“本当の思い”が隠れてるって」
一等星。
夜空で他の星に紛れず、ずっと同じ場所で光り続ける存在。
慧くんは、右も左も分からない夜道を照らしてくれる私の一等星みたいな存在だ。
……言葉じゃなくて、時間、か。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「……ありがとう」
私はその言葉を、大切なものみたいに胸の奥にしまった。
「次、明日香ちゃんね!」
美星ちゃんの声で、空気が少し明るくなる。
「私はねー、恋より予言がいい!」
明日香は即答した。
「未来とか?当たると怖いやつ?」
「そうそう。でも面白そうじゃん」
美星ちゃんは一瞬だけ真剣な顔になる。
「予言はね、良いことも、ちょっと嫌なことも出るよ?」
「大丈夫大丈夫!」
明日香は笑いながら椅子に座り直す。
美星ちゃんは再び本を開き、今度はさっきよりも慎重にページをめくった。
——そして。
ほんの一瞬、彼女の指が止まる。
「……あ」
その小さな声に、私と明日香は同時に顔を上げた。
「なに?なに?」
明日香が身を乗り出す。
美星ちゃんは視線を落としたまま、静かに言った。
「……“古き親友に、真実を打ち明ける”」
一瞬、教室の空気が止まる。
「そのあとにね、こう続いてる」
美星ちゃんは、言葉を選ぶように息を吸った。
「——“贖罪は、果たされる”」
その瞬間。
明日香ちゃんの表情が、はっきりと変わった。
さっきまでの明るさは消えて、笑おうとしてもうまく口角が上がらない。
言葉を失ったまま、指先をぎゅっと握りしめている。
「……あは、なにそれ」
無理に冗談っぽく言おうとした声は、少しだけ震えていた。
目を伏せたまま、しばらく動かない。
明日香ちゃん……?
問いかけたいのに、その背中が、今は触れてはいけないものみたいで。
美星ちゃんも、それ以上何も言わなかった。
占いの本をそっと閉じ、
「……今日はここまでにしよっか」とだけ言う。
チャイムが鳴って、美術室にざわめきが戻る。
けれど、明日香ちゃんの強張った横顔だけが、夏の名残みたいにいつまでも私の視界から離れなかった。
私のペアは、黄桜美星ちゃん。
同じクラスだけど、ちゃんと話すのは今日が初めてだった。
「よろしくね、愛梨ちゃん」
柔らかく笑う彼女は、少し不思議な雰囲気を持っている。
星みたいにきらっとした目。
「こちらこそ、よろしく」
そう返すと、美星さんは急に目を輝かせた。
「ねえねえ、占いって信じる?」
「占い?」
「うん。私、趣味なんだ」
そう言って、カバンから一冊の本を取り出す。
表紙には細かい星座と、難しそうな文字。
「授業中にやるやつじゃないでしょ……」
思わず小声で言うと、美星さんはくすっと笑った。
「先生、全然見てないし大丈夫だよ」
確かに、先生は窓の外を眺めているだけだった。
「じゃあ、ちょっとだけ」
そう言うと、美星ちゃんは私の手元をじっと見て、ページをぱらぱらとめくる。
その様子を見ていたのか、席を移動してきた明日香ちゃんが興味津々で顔を覗き込んできた。
「なにそれ、占い?」
「そうそう! 明日香ちゃんも混ざる?」
「やるやる!」
気づけば、デッサン用の鉛筆はほとんど動かず、私たちは三人で小さく円を作っていた。
笑い声が混じる美術室。
紙の上には、まだ輪郭すら描かれていないデッサン。
「じゃあ、まず愛梨ちゃんからね」
美星ちゃんはそう言って、占いの本を机の中央に置いた。
少し古びた紙の匂い。
ページをめくる音が、やけに静かに響く。
「恋占いでいい?」
一瞬だけ、胸が跳ねた。
——月城くん。
心の中で名前を呼んだだけなのに、夏の文化祭の暗い廊下や、海の家で聞いた“慧”という名前が、次々に浮かんでくる。
「……うん、お願い」
美星ちゃんはにこっと笑って、いくつか質問を投げかけてきた。
「最近、その人のことを考える時間は増えた?」
「その人の前だと、いつもと違う自分になる?」
「相手の一言で、一日が左右されることはある?」
私は正直に小さく頷いたり、少し迷ってから「ある」と答えたりした。
美星ちゃんはすべてを書き留めると、ぱらぱらとページをめくる。
そして、ぴたりと一箇所で手を止めた。
「……出たよ」
そう言って、彼女は静かに言葉を読み上げた。
「——“一等星”は、決して裏切らない」
教室のざわめきが、その瞬間だけ遠くなる。
「表面上の言葉や態度じゃなくてね」
「今まで一緒に過ごしてきた日々を思い出してみて」
「そこに、その人の“本当の思い”が隠れてるって」
一等星。
夜空で他の星に紛れず、ずっと同じ場所で光り続ける存在。
慧くんは、右も左も分からない夜道を照らしてくれる私の一等星みたいな存在だ。
……言葉じゃなくて、時間、か。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「……ありがとう」
私はその言葉を、大切なものみたいに胸の奥にしまった。
「次、明日香ちゃんね!」
美星ちゃんの声で、空気が少し明るくなる。
「私はねー、恋より予言がいい!」
明日香は即答した。
「未来とか?当たると怖いやつ?」
「そうそう。でも面白そうじゃん」
美星ちゃんは一瞬だけ真剣な顔になる。
「予言はね、良いことも、ちょっと嫌なことも出るよ?」
「大丈夫大丈夫!」
明日香は笑いながら椅子に座り直す。
美星ちゃんは再び本を開き、今度はさっきよりも慎重にページをめくった。
——そして。
ほんの一瞬、彼女の指が止まる。
「……あ」
その小さな声に、私と明日香は同時に顔を上げた。
「なに?なに?」
明日香が身を乗り出す。
美星ちゃんは視線を落としたまま、静かに言った。
「……“古き親友に、真実を打ち明ける”」
一瞬、教室の空気が止まる。
「そのあとにね、こう続いてる」
美星ちゃんは、言葉を選ぶように息を吸った。
「——“贖罪は、果たされる”」
その瞬間。
明日香ちゃんの表情が、はっきりと変わった。
さっきまでの明るさは消えて、笑おうとしてもうまく口角が上がらない。
言葉を失ったまま、指先をぎゅっと握りしめている。
「……あは、なにそれ」
無理に冗談っぽく言おうとした声は、少しだけ震えていた。
目を伏せたまま、しばらく動かない。
明日香ちゃん……?
問いかけたいのに、その背中が、今は触れてはいけないものみたいで。
美星ちゃんも、それ以上何も言わなかった。
占いの本をそっと閉じ、
「……今日はここまでにしよっか」とだけ言う。
チャイムが鳴って、美術室にざわめきが戻る。
けれど、明日香ちゃんの強張った横顔だけが、夏の名残みたいにいつまでも私の視界から離れなかった。
