記憶の欠片

 冬休み明け、クラスマッチの喧騒の中、私は少しだけ体育館を抜け出して休憩していた。

 廊下の窓から差し込む冬の光が、床に長く影を落としている。

 体育館の歓声や笑い声が遠くに響く中、少し狭い空間に私ひとり。

 息を整えながら肩の力を抜いていると、視界の端に黒い影が入った。

 慧くんだ。

 体育館裏で、少し陰になった通路に立つ彼の後ろ姿。

 息を呑む。

 会うのは、クリスマス以来だ。

 自然と胸の奥がざわつく。

 彼がゆっくり振り返ると、瞳がしっかり私を捉えた。

 まっすぐに見つめられると、心臓が高鳴り、息が少し詰まる。

 ——やっぱり、好きだ。

 この再認識が、私の胸に温かくも痛い余韻を残す。

 小さな距離、体育館裏という狭い空間。

 人目を気にせず、ただ二人きりで目が合う瞬間。

 慧くんの表情はいつも通りの穏やかさと、少しだけ戸惑いが混ざった微笑。

 私の方も、意識せずにはいられない。

 ——今日こそ、ちゃんと話さなきゃ。

 胸の奥で決意が芽生える。


「愛梨」


 慧くんが私の方を見る。

 薄く眉を寄せ、少し硬く引き締まった口元。

 瞳にはいつもの優しさに混じって、緊張と決意が光っている。

 空気が少しひんやりして、冬の光とは違う冷たさが二人の間を包む。


「…思わせぶりな態度を取ってしまって、ごめん」


 その声に胸がぎゅっとなる。

 ゆっくりと視線を合わせ、彼は少し俯きながらも続ける。


「今更だけど、ちゃんと自分と向き合って区切りをつけたいんだ。だから…俺、愛梨に…全部を思い出して欲しい」


 その言葉の重みで、時間が止まったような気がした。

 息を飲み、思わず手を握りしめる。

 慧くんは小さく深呼吸をして、さらに静かに続けた。


「中学の近くの小川…そこの橋の下に、俺と愛梨の全部が埋まってる」


 言い終わると、ゆっくりと背を向けて去っていく。

 白い息が風に溶け、残された私の胸に、彼の声と決意が静かに響いた。

 周囲の冷たい空気はまだ少し肌を刺すけれど、慧くんが残した言葉が、私の中の何かを温めてくれる気がした。