「エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―」


 すっかり暗くなっちゃった。

 陽が落ちた南街商店街。

 見回すと、家々や各店の窓際から魔石ランプの明かりが灯り始める。
 閉まるお店も増えはじめ、人々は仕事を終え、夕食の支度へと移行する。

 消耗はしたものの、まだ気力満々のあたしは、元気にそして意気揚々と帰宅した。


――ガランガランッ!


「たんだいまーっ!!」

 あえて裏口でなく、正面入り口から帰宅するのがあたしの正義だ。
 派手にドアベルをかき鳴らし、帰宅したあたしを迎えたのは……

「お゛ねえ゛ちゃん………」

どういうワケか、べそをかいているシャリエナだった。

―――――――

「お、お姉ちゃんの、あほーっ!! びっくりしたじゃん!!」

 そう文句を言いつつ、あたしの懐に突進してくるシャリエナ。
 甘えるように肩口に顔をグリグリされる。

「あ、あらー、どうしちゃったのさ、シャリエナ。 今日は随分甘えん坊さんじゃない」

 予定では、あたしの方がシャリエナに愚痴や文句を聞いてもらって、
 たっぷりメンケアしてもらうはずだったのに……
 すっかりスカされてしまった。

 感情色は……

――驚きのシアンブルーと、甘えのベビーピンクが滲み出ていた。 ほのかに温い……

 どうやら本当に驚いただけのようだった。

 しかし、びっくりしただけで泣き出すような、そんな柔な子ではないはずだ。
 おそらく直前に何かあったのね。

「ほら、ヨシヨシ。 怖かったね。 ごめんね。 驚かせちゃったね」
「ん~~~~」

 これはもう完全に甘えモードだ。
 胸に埋まり、めっちゃ匂いを嗅がれる。

 回復の早さを見るに、やっぱり大した様子では無かったようだ。
 それに安心しながら、シャリエナの背中をトントンしてあげる。

 あ~、なんか懐かしいな~。 昔もこうやったっけ。


……………


 5分もせずに落ち着いたシャリエナ。

 自らカウンター奥のいつもの丸椅子に座り、足を組む。

「あ、そうそう、お姉ちゃんおかえりー。 で、今日はどしたの? 随分遅かったじゃん」

 さっきまで愚図ってたのは何だったのか。

 そんな様子の欠片も見せずに、飲みかけのカップに口をつけ、こちらを責めてくるシャリエナ。
 そういう子だよ、アンタは。

「あ~、実はね……」

 今日、あったことをお互いに報告し合う。

 シャリエナの方は、あたしへの直接依頼、それに最近来るキモ客の話とか。

 あたしの方は、路上婚約破棄事件の噂、調査局の話、ノクセラ草の在庫、リゼラちゃんの予感といった話。

 そして……西街で感じた、あの背中を舐められるような視線と温度。
 それに怯えて、教会でずっと身を潜めていた事も全部言っちゃう。

 あたしの情けない所も全部知ってるシャリエナに、今更隠すことなんかない。
 ……と思ったけど、さすがに恋人が欲しくて号泣してしまった話だけは、伏せた。

「いやさ、多分お腹空き過ぎちゃって感じた妄想だと思うの。 あたしってば行動が先走っちゃう事あるから」

 そうそう、今思えば空腹が見せた幻想というのがしっくりくる。

 しかし、意外にも、あたしのそそっかしい所をよく知っているはずのシャリエナが、反論を見せる。

「わたしはそうは思わないなー。 変な奴がお姉ちゃん見てたのは本当だと思うよ」
「え? なんでそう思うの?」
「お姉ちゃんがやらかすのって、全部食べ物がらみじゃん。 仕事でそんなポカするのなんてわたし見た事ないよ? ましてや身の安全の事でしょ? 絶対在った事だよ、それ」
「す、するどい……」

 ぷんぷんと怒るシャリエナと違い、あたしは逆に感心していた。
 これだからこの子は油断できない。 

「でも、あたしだって仕事でミスする事は結構あるよ?」
「お姉ちゃん仕事でミスっても爆速でフォローするじゃん。 わたしとかお母さんの安全にもやたらウルサイし。 犯人を誘き出すってのは良くないと思うけど、その後、身の危険を感じて逃げちゃうくらいなんだから、絶対そいつ、いたよ」
「す、するどい……」

 ホントこの子は油断できない。

「もう一個あるよ。 お姉ちゃん、なんかココロ読む異能持ってたでしょ?」
「あ、ちゃんと信じてたのね」
「なんだっけ? ココロパレット?」
「感情色の魔眼(エモパレ)」
「そう、エモパレ。 異能って本能に直結してるんだって。 だから『恐怖』なんて本能に近いもので異能が誤作動起こすってのも、考えにくいじゃん」
「なんなの、この子」

 シャリエナが時たま見せる、この妙に鋭い観察眼。
 ポンコツのあたしじゃなくて、この子が異能持てば無敵だったんじゃないの?

「じゃあやっぱりアレはちゃんと感じた事で、ヤバイ奴はあの場にいたんだ……」
「うん」
「一人で騒いで、怯えて、凹んで……」
「怖かったんだよね」
「……うん。 お仕事サボっちゃった事も後ろめたくてさ。 ごめんね」
「お姉ちゃんが仕事サボるなんて、わたし思ったことないよー」
「あ~ん、シャリエナ~~っ!」

 さっきとは逆の立場、椅子に座っているシャリエナに、上から抱き着くあたし。
 今度はあたしがヨシヨシしてもらう番。

「ヨシヨシ、怖かったね。 頑張ったね、お姉ちゃん」

 そうそう、これよ、これ。
 これをして貰いたかったの。

 ……大げさだって思う?

 ……大仰だって思う?

 あたしは思うよ、大げさだって。
 わざとらしいって。

 ホントはもう、精神的ダメージなんて大分持ち直してる。
 こんなに過剰に慰めてもらうほどじゃ、決して無い。

 でもさ、こうやって大げさに抱き着いて……
 お互い気持ちを出し合って……

 そうしてるとさ。
 なんていうのかな。

 姉妹の絆を感じるの。

 きっとシャリエナも思ってる。
 顔を見なくても、感情色も見なくても分かる。

 普段から甘え上手なシャリエナではあるけど、さっきはシャリエナの方が頼ってくれてさ。
 お姉ちゃんとっても嬉しかったよ。

「お姉ちゃん、よく見ると、目元、赤いね」
「……ふふふ、ちょっと妹に甘えすぎちゃった」
「……そっか。 じゃあ、あったかいお茶入れるね」
「……いいね。 そうそう、あたしのプリン残ってるよね? 半分こしよう」
「お姉ちゃんからおやつくれる提案するなんて!?」

 何のお茶を入れようか、と、二人できゃっきゃと相談する幸せのひと時。

 今日しなくちゃ、な、お仕事は、もうちょっと後に回しちゃおう。


――ガランガランッ!


 その時、入り口のドアベルが、ひと際大きな音を鳴らした。

 外はすでに暗い。
 今日もそろそろ店仕舞いの準備をしなければならない。

 シャリエナと二人、顔を見合わせ、休憩は後だねと最後のお客様の対応へと向かう。

「「いらっしゃ」いませー」

 ん?
 二人で応答した迎礼の言葉に違和感が。

 ふとシャリエナの方を見ると、いらっしゃいませの「いらっしゃ」部分で、すでにカウンターの陰に隠れていた。

 疑問に思うも、まずはお客さまへの対応をしなければ、と、再び客の方へと振り返って、ぎょっとした。

(なんじゃこれ!? 感情色が……)

 初めて見た。 
 感情色が……

――特定が出来ないほど……グッチャグチャだった。

 あたしの経験上、幾重に重なる複雑な感情を持っていても、色一つ一つはハッキリ出る。

 だけど、この客はまるで乱雑に何度もインクをぶち撒けたような……
 様々な色で塗りつぶされている。
 かと思えば、一色になったり再び塗りつぶされたり……

 情緒不安定、とも違う。

 まともな精神状態とは思えない。
 エモパレのアクティブ感度を上げ、警戒モードを2段くらい上げる。

「お客さま、何かお探しでしょうか?」

 先だって声を掛け、客の顔を見て2度目のぎょっとを味わう。

 体型はヒョロっとしていて、背が高い。
 纏う雰囲気で気の小ささも伺えるが、目の光が正気でない。

 見覚えがあった。
 以前、一度だけ応対した事があった。

 やたらとシャリエナに会いたがっていた客だった。
 シャリエナ目的の客はたまにいる。
 あたしの自慢のカワイイ妹だからね。

 気の小さい人でこちらの顔を見て話せない人はいる。
 前世のあたしもそうだった。

 しかしこの客はシャリエナに会いたがる割に、あたしの顔を一度も見なかった。
 代わりに、一切胸元からの視線を外さないキモい客だったから、特に覚えてる。

 その時はたしか、小物を一つ買っていった。
 そんなでも、まぁお客さんかな、と、その時は大して気にしなかった。

 さっきシャリエナから聞いた、最近来るキモ客の話とリンクする。
 こいつだ。 間違いない。

 そのヒョロ客は、あたしの言葉に意も解せず、店内をフラフラと歩き回る。
 コツコツコツ、と、静かな店内をそのヒョロ客の足音だけが響く。

 纏う空気が尋常ではないのは万人が見てもそう。
 しかし、感情色の異常にまで気付けるのはあたしだけだ。

 もしかしたら、ちょっと何かを購入するだけでは?
 仕事の終わりに、何かちょっと見ていこうかな、と思っただけでは?

 安穏な可能性に、一縷の望みを掛ける。
 そんなはずは無いと、心のどこかで確信しているのに……

 3人もいるとは思えないほどの静まり返った店内。
 普段はもう少し騒がしい外も、今は店内同様何も聞こえてこない。

 ふとヒョロ客の足が止まり、売り物のカップを一つ手に取った。
 使い捨てでも使えちゃうやっすいヤツだ。

 ヒョロ客は、手に取ったカップをじ~っと見つめたまま動かない。
 何をしているのかと様子を伺おうと顔を覗き込むと……

 ニィ~、と薄ら笑いを浮かべていた。

 ゾゾゾゾゾっ!!
 生理的嫌悪が沸き上がり、背中をわさわさと這い回る。

 見れば、シャリエナも同じ気持ちを味わったようで、
 両手で身体を抱きながら身悶えしている。

 静かな店内に、再びヒョロ客の足音のみがコツコツと響く。

 カウンターに、コトリとカップを置かれる。

「会計を……」

 店に入って初めて発したヒョロ客の小さな声。

 さっきから寒い。
 エモパレの感情温度感知がアラートを鳴らしまくっている。

 だけど、この客はまだ、何かをしたわけではない。

 カウンターのシャリエナも、黙々と且つ素早くカップを紙袋に包み、お金を受け取った。

 そして、事態は動きだす。

「……シャリエナちゃん、今日は、お話し、してくれないの?」
「えっ!? あなたとお話した事なんてないケド……」
「……シャリエナちゃんは……今日もカワイイね。 いつもみたいにお話してよ?」
「えっ? だからぁ……」

 訂正も許さず、一方的に話すヒョロ客。

「……僕、お客さんだよ? ちょっとぐらい、僕と話してくれてもいいじゃない?」

 そう言って、ポケットから何か葉っぱのような何かを取り出した。
 あれは、四葉のクローバー?

「……ほら、これ。 シャリエナちゃんにプレゼント。 そこで見つけたんだ。 クローバーのピアス、いつも着けてるよね? 好きなんでしょ? クローバー」

 そう言って一方的に渡そうとするヒョロ客。

 キモすぎる。
 あたしだったら、こんなやべえ人に自分の好みを指摘されたら泣いちゃいそう。

 しかしそこはシャリエナ。

「あ、あははー。 う、うん、クローバーは好きだけど、ごめんね。 受け取れないよー」

 き、気丈だ。 しかも躱し方も上手い。
 見なさい、アレがウチの自慢の妹のシャリエナよ。

「……イチゴ……」
「……え? イチゴ?」

 もう興味は無いとばかりに手に持ったクローバーをポイと捨て、突如別の話題を切り出すヒョロ客。

 脈絡もこだわりも無さ過ぎて、不気味さだけが際立つ。

「……イチゴ、好きなんだ? それ、イチゴの紅茶でしょ?」

 ヒョロ客が指差したのは、さっきまでシャリエナが口を付けていたティーカップ。

「……シャリエナちゃんが口をつけた箇所、ハッキリ見えるよ。 唇も可愛らしいんだね……ふふ」

 ゾゾゾゾゾっ!!
 もうダメだ。 あたしが耐えられない。

 シャリエナはすでに引き攣った顔でフリーズしている。

「ちょっとっ! お客さん! そこまでよ!」

 シャリエナとお客の間に、身体を差し込む。

「なんだよ……邪魔すんなっ! デブっ!」
「なっ!? デ……」

 久しく聞いてなかった、あたしへのまっすぐなチクチク言葉に怯んでしまう。

 っていうか、コイツいきなり態度変わりすぎじゃない??

「……ねえ、シャリエナちゃん…………僕、怒ってるんだよ?」

 空気が変わった。

「……あのさ、僕……毎日来てるよね?  それって、わかるよね!?  僕の気持ち! もっと話してくれてもいいじゃないっ! いつもみたいに……笑顔でさあ!!」
「や、やだっ! 嫌いっ! 来ないでよっ!!」
「……っ!!」

 どういうワケか、ヒョロ客が一瞬怯んだ。

 「嫌い」に反応した?

 その時、ハッキリ見えた。


――悪意の黒灰色が一気に膨れ上がり、もはや熱波となって襲ってきた。


「なんでだよ……なんで、毎日、来てるのに! ……よくも、僕の気持ちを、裏切ったなぁあああっ!!」

「シャリエナっ!!  伏せてっっ!!!!」


――ガシャーーンッ!


 ヒョロ客は、先ほど購入したカップを振りかぶり、
 目の前のシャリエナに、思いきり投げつけた。

 間一髪、喚起が間に合ったのか、
 カウンターの下に隠れ、躱すことができたシャリエナ。

 エモパレをアクティブ全開にしていたのが役に立った。

 今度はカウンターの向こうのシャリエナに掴みかかろうと、
 必死に手を伸ばすヒョロキモ客。

「うおおおおお!! こんなに愛してるのにっ!! お前だって僕の事を好きだろぉおおお!?」
「きゃあああああ!!」
「てりゃあ! ハルネタックルっ!!」

――ゴッ!!

 手に持ったリーフシールドステッキの盾を前に構え、
 ヒョロキモ客に向けたタックルが見事にヒット!

 派手に吹っ飛び、棚にもたれ掛かるヒョロキモ客。 

 完全にラインを超えた客に対し、
 すでにあたしは覚悟を決め、
 壁にかけてあった小盾の付いたステッキを手に取っていた。

 あたしの大事な妹に手を出すなんて、許せない!!

「……なんだよ。 僕は客だぞ? ちゃんと商品も買った……」


――グチャグチャだった感情色が、憎しみの黒褐色に染まっていく。


 こいつはもう、止まらない。


「そうね。 だからこそ言わせてもらうわ。 でもその前に……シャリエナ!」

 ヒョロキモ客を牽制しながら、
 カウンターで隠れているシャリエナに目配せをする。
 シャリエナは、あたしの言いたいことを即座に察してくれた。

「そうだね、お姉ちゃん、このお客さん『アレ』だね」
「そうね、『アレ』だわシャリエナ。 行くわよ?」


「「 お客様!  お帰りはあちらですっ!! 」」


 あたしは、改めて手に持ったリーフシールドステッキをグッと構え……
 シャリエナは、カウンター下のアロマポシェットを取り出した。


 ここまでの客は初めてだが、この手のお客はたまに来る。
 迷惑をまき散らす害な客。

 サフラン香房にはか弱い女性しかいない。
 以前は警備の呼び方を工夫していた。

 だがしかし! あたしがこの店を任されるようになってからは違う。

 警備の兵士を呼ぶのはいいけど、それでは遅い。

 到着するまでどうするの?

 そこであたしは考えた。

 いっそのこと倒しちゃえばイイって!

 あたしが手掛けたサフラン香房の中なら、目をつぶっててもどこに何があるか分かる。

 昼間の路地では醜態をさらしたけど、お店の中では違うのよ!

 色んなパターンの迷惑客を想定し、その撃退を目的にした独自の香房武器の開発、地の利を生かした罠。

 その方法をたくさんたくさん、シャリエナと一緒に考えた!


 それがこの――


「『お客様お帰りはあちらですフォーメーションAっ!!!』」


 やったるわよ!