「エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―」


 時は昼下がり。
 お客の気配もすっかり引いて、立ち込めるのは静けさとハーブの香りと……イチゴ。

 サフラン香房のカウンターの奥、丸椅子に腰かけたシャリエナは、
 ぷらぷらと足を揺らしながら、陶器の小皿にスプーンを滑らせていた。

 ほんのり香るバニラに、卵色をしたカスタードプリン。

 その甘さを誘うように、隣に置かれた果実ティーから、
 ふわふわとイチゴの香りが立ち込める。

 そのイチゴの紅茶に口をつける度、採光の窓から差した陽の光が、姉よりも明るい茶色の髪をいっそう映えさせていた。

 ふとカウンターの右手に視線を向ければ、雑に置かれた帳簿と可愛らしいメモ帳。
 測りや小瓶も散らかっている。

 姉が見ればまた小言を言うかもしれない。

「お姉ちゃん遅いな~。 おやつの時間に戻ってこないなんて……」

 苺の果実ティーに口をつけながら、ぷくっとふくれた顔で呟く。

「……リゼラっちのとこで何かあったのかな」

 心配する口調とは裏腹に、表情に緊張の影は無い。

 小首をかしげたシャリエナに合わせるように、編み上げた茶色の髪と、若草色を帯びた毛先がふるっと揺れた。

 うららかな午後のおやつを楽しむように、また一口、プリンを掬った。


―――――――


 サフラン香房の常連客は、午前中に集約する。

 メインで売れるのはやはりお茶。
 乾燥させたリーフや果実、変わり物では枝や石なんてものもある。

 以前は測りで茶葉を計量し、重さの単位で売っていた。
 しかし、ハルネが経営に入ってからは違った。
 目の粗い布に茶葉や茶材を包み、糸で縛った袋を10個セット単位での販売を始めた。

 いわゆるティーバッグセットと呼ばれるもの。

「『めんどうくさい』。 これが商機のキーワードの一つよ」

 偉そうな口ぶりで胸を張るハルネに、
 本当にこんな事で売り上げが伸びるのか?と、
 家内で手作業に励む母アイリスと妹シャリエナだったが、 
 蓋を開けてみれば、大好評。

 常連客からも、大層評判が良かった。

 特に、そのティーバッグを使って「今日のおすすめブレンド」のセットを作り、2~3日で変動していく手法。

 これも上手くいった。

 気軽にティーバッグで試せるお茶が、色んな種類短い周期で変わるのだ。
 明らかに常連の数が増え、足を運んでくれる回数も増えた。

「『お手軽に』。 これも商機のキーワードの一つよ」

 天狗になってそのまま後ろにひっくり返りそうなハルネに、
 アイリスは素直に感心し、シャリエナは本気で尊敬していた。

 そのままハルネが反り返って、後ろに倒れそうになった時は、尊敬が半分には下がったが。

 午後には売り切れる事もある「今日のおすすめブレンド」。
 逃すのは惜しい、と、慣れた常連客は午前中に訪問してくる。

「はい、今日のおすすめですね。 え? 10セット? ごめんね。 一人2セットまでなの」

 姉ハルネに教えられている「一人限定2パック」を忠実に守るシャリエナ。
 売れるから、と一人に大量に売ってしまうのはダメらしい。
 理由までは聞いていない。

 普段であれば姉であるハルネも、販売に手を貸しているところ。
 しかし今日は、南街商会ギルドの定例会合とかで、朝から外出している。

 仕入れに西街のリゼラの農場へも向かうと言っていたから、戻りは昼過ぎだと聞いた。

「おやつのプリン、帰ってこないからってあたしの分まで食べちゃダメだからね?」
「分かってるよ~。 お姉ちゃんに恨まれたくはないもん」

 2回ほど振り返って「絶対だからね!」と念押しされた事も思い出す。

「ふぃー。 ひと段落かな~」

 午前のラッシュを、一人で捌ききった事にひと時の達成感を味わう。

 お昼ご飯は、母アイリスの作ったサンドイッチ。
 新鮮なレタスがしゃきしゃきで美味しい。
 味の濃いハムに、ハルネ特製ブレンドマスタードをたっぷりつけるのがシャリエナの好みだった。

「お姉ちゃんも今頃リゼラっちの所でお昼かな?」

 もぐもぐと頬を膨らませ、カウンターに備え付けられている高い丸椅子に座りながら、シャリエナは姉の事を考える。

 ハルネも同じ物をお弁当にと持たされているはずだが、食いしん坊の姉の事だ。
 きっと農場へ行く前にもうギルド内でペロリと平らげているに違いないと想像する。

 「くふふ」と含み笑い、食べ終わったお皿を片付けていると、両開きの入り口のドアベルが鳴った。

「はーい、いらっしゃいませー」

 ととと、と足音を鳴らし、午後一番のお客を迎えるシャリエナ。 

 今日も忙しくなるかな、と思いを馳せた。

―――――――

 プリンも食べ終え、すっかり日も傾いて客足が引いた店内。

 再びカウンターに向かい、どこか真剣な表情でシャリエナはメモを整理していた。

 午後一番にお客が来たかと思えば、シャリエナの予想に反し、今日はそれほど客は来なかった。

 それでもポツポツと来店したお客さんの中には、店主代理としてメインで動いているハルネに対し、報告が必要な案件もある。 

 デコレーション装飾を施した自前のメモ帳に不思議な挿し絵を加えながら、ハルネに伝える共有事項を整理していた。

 今日は3つ。

 1個目は個別調合依頼。

 元錬金術師として働いていた事のある母アイリスは、昔から簡単な調合依頼をサフラン香房の仕事として受ける事があった。

 現在は、その母の手解きを受けたハルネが主に担っている。

「甘いのではなく、塩気のある、お茶受けのお菓子みたいのを作れませんか?」

 そう頼んできたのは、顔はよく知る常連のお兄さん。

 今日の午前は見かける事は無かったが、よく来店される家具商会の若手のお兄さんだ。
 わたしはこのお兄さんの、もう一つの来店理由も知っている。

 商談とかに使うのかな?……と、予想を立てるも、
 肝心の依頼を受ける姉がいないのでは返事も難しい。 

「ごめんね。 まだお姉ちゃん帰ってきてないの。 実際作るのはお姉ちゃんだから、帰ってきたらちゃんと伝えておくね」
「あ……そうなんですか」

 小さく見える失意の顔をわたしは見逃さなかった。
 やっぱりね、と、心の中でほくそ笑む。

 おねったんはモテるなぁ~。
 大好きな姉が好かれているのはわたしにとっても嬉しい。

 心なしか、気落ちしているお兄さんの後ろ姿を「ありがとうございましたー」と笑顔で見送る。

「お菓子の依頼も増えたなー」

 母アイリスが店を構えている時は、中和薬や香水の調香など、本職の錬金術師に依頼するほどでない簡単な調合依頼が主だった。

 ハルネが考案した独自のお茶請け菓子を店に出して以来、食べ物の依頼もちょくちょく来るようになったのだ。

 2個目の共有事項は、これまた常連のオバさま。

 日用品のお塩と菜種油を買いに来ただけなんだけど、このオバさまとにかく話が長い。

 お姉ちゃんが話している時は、
 なんだか盛り上がって色々お話してるみたいなんだけど、
 わたしにはさっぱり分からない、何が面白いのかな? な、お話も多い。

 「あははー」とか「そうですねー」とか、割と適当な返事を返す。

 リアクションがあれば満足なのか、
 オバさまもずっとニコやかなので、にこにこ笑顔をキープする。

「そうそう、シャリエナちゃんは知ってる? 中央街の南の方の~、こっちに近い所に新しいレストランがオープンしたのよ~。 お店はハルネちゃんから教えてもらったんだけどね~? そこの新しいメニューの~、何だったかしら~? 焦がしバターの牛ステーキ? っていうのがそれはもうとっても美味しいみたいで、パン屋の奥さんとも話したんだけど~……」
「あははー、そうなんですねー」

 流しモードだったわたしの耳に、牛ステーキという単語だけ引っ掛かる。
 お姉ちゃんほどじゃないけど、わたしも美味しいものは大好き。

 でもお姉ちゃんから「お客さんからもし美味しいものの話聞いたら絶対教えて」と念を押されているので、耳に止まったのかもしれない。

 これは教えてあげないと、と、その場では心のメモに留めておいて、再びオバさまのお話に傾聴するのであった。

 3つ目は、もう口からゴミとゲロを同時に吐いてるようなゴミカス客の話。

 おっとっと、お姉ちゃんから「タメ口はいいけど汚い言葉は封印よ」って注意されてるんだった。
 いけないいけない。

 それは、最後の在庫の「トロールもすやすや眠るハーブティー」が売れた直後の話だった。

 売切票を立てようと棚に手を伸ばしたところで、
 ガランガランといつもより激しくドアベルが鳴った。

「はーい、いらっしゃいま「例の紅茶はあるかっ!!」……せー」

 わたしの可愛い迎店の声を遮ってまで、開口一番がなり声がお店を轟かす。

 立派なヒゲを蓄えてはいるが、てっぺんの毛量は極めて少ないお客さんだ。
 着ている物は真新しくて高そう。

「……例の紅茶ですかー? どんなのですか~?」
「決まってるだろうっ! 眠そうな声ですっとぼけているのかっ!? 最近流行っているとかいうアレだっ! トロールを殺すと言うっ!」
「……あー、トロールも眠るハーブティー、ですね~」

 イラつきをグッと抑えて声を絞り出す。

「ごめんね。 ちょうど最後の一個が売れちゃったば「なんだとッッ!?  貴様ワシをナメておるのかッ!?  若くて可愛いければ許されると思いおってッ!! もういいッ!!  またくるッッ!!」……かりなの」

 ガランガランと、再び乱暴にドアベルが鳴る。

 最初にドアベルが鳴ってから30秒も経っていない。

 しかし、わたしの不快度数はすでに有頂天だった。


 うにゃーーーーーーーーーーっっ!!!!


 なんなのあのハゲっ!?
 一体なんなのよあのハゲっっ!?
 こんな短時間でこんなに不快にさせれる事ある??
 逆に才能だよッ!!
 世界不快撒き散らし大会の3連覇中の不動のレジェンドだよっ!!
 ムカツくムカツくムカツくーー~~~~ッ!!
 〇ねッッ!!!!

「このハゲーーーッッ!!  〇ねッッ!!」

 わざわざ店の外にまで出て、心の声を実際の声にしてしまうほどだった。
 すでにハゲはいなかった。 それも早すぎる。

 声に出して発散したことで多少は落ち着く。
 こういうのはすぐに発散しないとね。

 嫌なことに、またくるとか言っていた。 
 これはお姉ちゃんに報告、しかも『アレ』案件だな、と独り言ちる。

 どうやって成敗してくれようかと、怒りの妄想をメモ帳に叩きつける。
 ふと、ハゲのクソ客から連想して、別のキモ客を連想してしまった。

 「そういえば、最近毎日来るあのキモ客の方も今日は見ないなー。 わざわざお姉ちゃんがあんまりいない時間を狙ってくるんだよね」

 それはヒョロくて背が高いが、声も気も小さい男性客だった。

 毎回、安い単品の小物を買っていくが、わたしには分かる。
 あの人はわたしに好意がある、と。

 自慢だけどわたしはカワイイ。

 お姉ちゃんもお母さんも「シャリエナはカワイイね」と何度も言ってくれるし、お客さんやご近所さんにもシャリエナちゃんはカワイイと評判だ。

 みんな言うからそうなんだ。

 だからか、たまにわたしに、そういう声をかけてくるお客さんもいる。

 そういう人には「お客さんはわたしのお眼鏡にはかなわないなー」などとハッキリ断ればちゃんと引き下がってくれる。
 やっぱり筋肉が無いとねー。

 でもそのキモ客は違った。

 何度はっきり断っても、その態度が変わることは無かった。

 そもそも好意の言葉をちゃんと貰った記憶も無い、が、態度でバレバレだ。
 ねっとりとした視線がすごく気持ち悪い。

 あろう事か、たまたまお姉ちゃんが応対した時に、お姉ちゃんの胸元をじっと見ていた事もあった。

 誰でもいいんかい。

 そういう所もキモかった。

 一応商品を買ってくれるからお客さまではあるけど……

「今日も来るのかなー?……やだなー」

 メモを取る手を止め、両手で自分を抱き身震いする。

「連日はまさか来ないよね? でもお姉ちゃん今いないし……まさかね? いやいや、もうちょっとで閉店時間だし。 毎日来るって言っても今日はあのクソハゲも来たし十分だよ。 来ないよ」

 来ない来ないと呟いてみるも、ある予感が立ち込める。

 そういえばお姉ちゃんが言ってた。

「こういうの『フラグ』って言うんだっけ?」

 わたしはすでに引き攣った表情をしてると思うけど、まさかねと入り口の方を見る。
 外はすでに日が落ちて暗い。

 今来ちゃったら? お姉ちゃんもいないのに。

 お母さんを頼ろうと思うも、さきほど出かけたばかり。

 うぅ~、自衛用のペッパーボムはどこだっけ?

 ……と、恐々、椅子を降りた刹那……


――ガランガランッ!


「ぴィッ!!」


「たんだいまーっ!」


 シャリエナの悲鳴をかき消すかのような、ハルネの元気な帰宅の挨拶が店内を響かせた。