「で、オレんとこに来たってワケか……」
「んむんむっ……美味いな、これ。 トールんとこのパンか?」
南街商会のギルド長室は、いつも通り雑然と散らかった様子だったが、今は低めの応接テーブルの書類がどけられ、クロワッサンやエピパンが盛られたバスケットが置かれていた。
「……オレの朝飯」
「んぐんぐっ…………いつも香房のお茶をハルネが差し入れてんだから、ちょっとぐらいいいだろ?」
「それはそうだが……」
態度は図々しいが、食べる様子は小動物のようで、小さい口でちまちまと食べるアイリス。
「ふぅ、もう腹いっぱい……」
「相変わらず食が細いな、お前は」
「茶は無いのか?」
「……まったく」
気怠そうな様子のギルド長だったが、事務机にあるティーポットから、客用のカップへと注ぎ、丁寧にアイリスの前に置く。
「さんきゅー…………うん、美味いなこの茶も。 どこの店のもんだ?」
「お前の店だよ」
口調はうっとおしい様子を見せているが、決して追い払う様子は見せないギルド長。
「最近は……身体の方はどうだ?」
「なんだよ、気持ち悪い」
「……気持ち悪いは酷いな。 これでも心配してるんだ」
「……ああ、ディルが心配するようなこたねえよ。 娘に楽させてもらってっから」
気怠く答えながらも、どこか優し気に返答を返すアイリス。
「サフラン嬢……ハルネくんか。 彼女は非常に優秀だな。 お前と違って」
「ア、アタシだってまだ調合の腕じゃ負けねぇもん!」
「経営の腕だよ…………正直な所、お前が店を回してる時は、いつ香房が潰れるかとヒヤヒヤしていた」
「あ、ああ、そっちか。 そうだなぁ。 本当にアタシの子か? ってくらいアイツ、店回すの上手いもんな……」
ディルクとアイリス、二人で遠い目でハルネを想う。
「どうだ? 完全に店主の座を譲って、御隠居としてサポートに回るってのは?」
「あはは! 御隠居って! アタシたちはまだ隠居って年じゃねえだろ」
「いや、これは真面目な話だ。 彼女は極めて優秀だ。 ギルドの若き女性のホープとして、店主として立った方が先の為になりそうだ」
「へえ、そうなのか……でも店主の委譲ってめんどうくさそうだし……」
「別に、一筆でいい。 細かい手続きの方はオレがやっておく」
ディルクのありがたい提案に、表情を一瞬輝かすも、すぐに訝しむ表情に変わるアイリス。
「ありがてぇけど…………なんか怪しいな。 昔もそうだった」
「昔の事は…………オレは、お前の為なら」
「あ~、やめろ! そういうのは! もう終わったの! お前とは!」
「…………」
「ったく。 ディルと付き合った事実は、アタシにとっちゃ一生の恥だぜ……」
「ふっ……変わらないな、お前は」
あしらわれた事実を軽く流そうとしているギルド長だが、よく見ると苦々しい表情が混じっていた。
「とにかく、店主委譲の件は考えておいてくれ」
「あぁ、まぁ、気が向いたらな?」
「……ハァ。 こんな母親ではあの子らも苦労するだろうな」
「余計なお世話だよ! それに気楽にやってるよ、ハルネとシャリエナは。 アタシも好き勝手気楽でいい」
そう言ってお茶をすするアイリスと、それをじっと見つめるディルク。
「……そうだなぁ。 別に店主の座にそんなにこだわりねーんだけど……ハルネに気の合う旦那でも出来たら考えてやってもいっかな」
「……なるほどな」
「シャリエナはちゃっかりしてるからな、心配してねぇ。 しかしハルネの方はなんか……アタシと違って男になんか線を引いてんだよな」
それは、恋多き母の正しい直感だった。
「ハルネのおかげで金の心配はしなくて済みそうだし、シャリエナの面倒も良く見てくれてる。 ありがたいこったぜ」
「あの子は……いい娘だな」
「当たり前だろ、アタシの娘だぞ? ……だからこそ、幸せになってもらいてぇもんだがな」
「ああ、そうだな……」
「あ~あ、どっかにいねぇかな? アイツを腹の肉ごと丸ごと愛してくれる、理想のオジさまってヤツ……」
中空に視線をやりながら、娘の将来に思いを馳せる。
ティーカップを片手に、椅子に足を組んでふんぞり返るアイリス。
再び事務机のティーポットを持ち、お茶のおかわりを勧めるギルド長。
その表情は笑顔を含みつつも穏やかで、アイリスはその真意を読み取りつつも、おかわりは遠慮なくいただくのだった。
―――――――
お読みくださりありがとうございます!
本編では一切顔出ししないアイリスママですが、
ママだけで何本かお話が出来そうなくらいキャラが立ってしまいました!
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