西街のはずれ、やや傾いた柵と、小鳥の囀りが守る小さな農園。
土の匂いが立ち上っているのは、昨夜に降った小雨の名残だろうか。
いくつも並んだ鉢の数を指差しながら、ポニーテールの女性が何やら作業の準備をしている。
砂のついた農作業用の手袋をパンパンとはたき、空を見上げて呟く。
「今日もぽかぽか陽気で結構なコトで……」
その声に応えるように、遠くから足音がひとつ。
春風に揺れるスカートが、コーン畑の緑に色を足す。
ふくよかで少々丸みを帯びたシルエットのその女性が、ゆったりと農道を歩いてくる。
春らしい短めのケープに、揺れる胸元のリボン。
そして、愛嬌たっぷりの見慣れたタレ目――
サフラン香房の看板娘、ハルネの姿だった。
「いえー、ルネちゃん!」
「いえー、ゼラちゃん!」
出会うや否や、恒例のハイタッチを交わす二人の声が、あたり一帯に響き渡る。
リゼラ・ポルテとハルネ・サフラン、二人は同い年の幼馴染みだった。
―――――――
「おやおやハルネさん、今日もぷにぷにの二の腕がステキよ」
「おやおやリゼラさんこそ、いつものそばかすがとってもチャーミングよ」
「うふふふふふふ」
「おほほほほほほ」
リゼラちゃんは農家の娘だ。
お父さんから農園の一部を分けてもらって、もう独立してる。
大雑把で細かい事を気にしないリゼラちゃんとあたしは、幼馴染み。
昔からとても話しやすくてウマが合った。
なので、これは決して貶し合ってるのでなくて……挨拶みたいなもの。
うん、仲は良いのさ……良いよね?
だってルネちゃん、ゼラちゃんと呼び合う仲だもの。
「ねえ、ハルネんとこでコレ仕入れてみない? 行商に種もらって今は鉢で育ててるんだけど、ハルネの店で人気出れば畑の方で栽培しようと思うんだ」
おいおいさっきの挨拶はなんだったの?とばかりに、平然と「ハルネ」呼びに戻って話を始めるリゼラちゃん。
そういう娘なのよリゼラちゃんは。
彼女が持ってきた鉢。
なんの変哲もない葉っぱに、見慣れた特徴的な赤い実が実っている。
これはアレだ、つまりレッドチリペッパー。
いわゆる「唐辛子」
「ゼラちゃんがオススメするからには、単なるチリペッパーじゃないよねぇ……」
「へっへー、やっぱ分かる?」
――誇示の金褐色の感情色。
まあこの程度は、わざわざ感情色を探るまでもなく、長年の付き合いで分かる。
「めっちゃ辛いやつじゃないの、これ?」
「正解~、さっすがハルネは察しがいいね! で……どう?」
お店でも普通のスパイスとして、チリペッパーは扱ってる。
でもこのぷっくりつやつやした見た目。
前世で言うハバネロに近い。
「よし、買った! あるだけ頂戴!」
あたしは美味しいものが好き。
自分で料理するくらいには好き。
辛い物も好き。
そして今夜はシャリエナを泣かそう。
あの子も辛い物はわりと好き。
だがしかし、あたしの想像通りならこれはレベチ。
「えっへっへー、毎度ありぃ!」
にっかり笑顔のリゼラちゃん。
「ハルネは春の子」なんて言われたことがあるけど、リゼラちゃんは「夏っ子」だ。
「すっかりゼラちゃんも商売人じゃん、くのくの~」
リゼラちゃんの脇あたりを肘でうりうり突っつく。
「あはは、これはハルネの影響だよ。 聞いたよ? 色々新商品を生み出しては好調らしいじゃんか。 だからアタシも頑張らないとってね!」
お返しとばかりにバンバンあたしの背を叩くリゼラちゃん。
ちょっとパワーが違うよ。
痛いよリゼラちゃん……
――「おっ、ワタシより細くなった?」ってそんなワケ無いじゃん、あるワケないよ……(涙)
そうだ。 新商品で思い出した。
「そうそう、トロ眠ティーの材料仕入れに来たの。 午後からお父さんの畑の方に行くんでしょ? だから急いで来たんだけど、ノクセラ草の在庫って今どれくらいあるの?」
トロ眠ティーはいまんとこ売れ筋商品。
だから、この際一気に仕入れとこうかな~、と思っていた。
……の、だけれど、リゼラちゃんの返事は芳しくないものだった。
「あ~~、ノクセラ草かぁ。 うーん……ちょっと待ってて」
リゼラちゃんはなんとも言えない表情で、倉庫の方へ足を向ける。
――感情色は、罪悪感のシルバーグレイ。
あれ? もしかして無いの? 在庫。
でもリゼラちゃんの表情から考えると、何か含みがありそうだ。
……………
ちょっとすると、小脇に抱えられるくらいの袋を持って戻ってきたリゼラちゃん。
「ごめんねハルネ、ノクセラ草、今これだけしか無いのよ……」
「あれま」
2~3日で捌けちゃう量だ。
どうしよう……とは言っても、そこまでお店に致命的というワケでもない。
それよりもリゼラちゃんの表情と感情色が気になる。
「ノクセラ草なんてそんな需要あるモノじゃない気がするんだけど……」
安眠安静作用のあるハーブではある。
しかし、薬効はそれほど強くなく、錬金素材としても人気があるわけでもない。
お茶にするにも、そのままだとエグみが結構ある。
だから、あたしは割合や乾燥法等をいっぱい研究した。
結果、カモミールとのブレンドが美味しいと結論を出し、
且つ、ネーミングも工夫してやっと売れ筋になるような代物だ。
「そうなんだよ。 ウチでノクセラ草を卸してるのも、サフラン香房だけだったんだけど……」
「うんうん」
「ついこの間さ。 「あるだけくれ」っていう客が現れてさ」
「うん?」
「で、値段の方も結構色を付けてくれて……」
あたしとリゼラちゃんはもう商売人だ。
高い値段で大量に買ってくれるんなら、そちらに売るのは商人として正しい。
ただそれだけでは、シルバーグレイの感情色は濃い気がするよ。
「怪しい客だったのね」
「さっすがハルネだね! そうなの、普段ワタシが絡んでるような、食堂や酒屋とかのお客さんと違ってその……」
「うさんくさい?」
「そう! なんていうか、普段金目の物を扱ってそうな見た目っていうか……」
「ふーん……身なり良さそうな感じ? 確かにおかしいね……」
「うん。 ……ノクセラ草も「元気が出る」とかよく分かんない事言ってたし……」
う~ん、と腕を組み首をかしげるリゼラちゃん。
確かに妙な話だね……
リゼラちゃんがもにょもにょするのもよく分かる。
……ノクセラ草の使い道、かぁ。
でも、まぁ、
「とりあえずコレは買い取るよ。 ちょっとでも残しておいてくれてありがとう。 あえて残してくれたんだよね?」
怪しい客であろうと、買取需要があるなら売却するのが商売だ。
全部売っても良かったのに、残してくれたのはきっとあたしの為だろう。
「うん、ごめんね……」
「ううん、謝らないで。 事情も教えてくれたし、全部売っても良かったのに、残してくれた気持ちはとても嬉しい。 全然気にしないでいいよ」
「うん、ハルネにそう言ってもらえてありがたい。 実はちょっと気にしてたんだ」
――罪悪感のシルバーグレイが消え、喜びと感謝のサンライトオレンジが浮き上がる。
ふふ、そういう情に厚いリゼラちゃんが好きなのだ。
でも……
「でもさ、ダメだよゼラちゃん?」
「へ?」
「だってさ、せっかく需要が無い商品の需要が出てきたんだよ? それを元から仕入れてたあたしに対して買取値を上げるチャンスじゃん。 そこはガツンと交渉しなきゃね」
「あははは、アタシはそこまで商売人にはなれないや」
くもった表情を一変させ、再び笑顔を見せるリゼラちゃん。
うん、夏っ子リゼラちゃんにはやっぱり笑顔よね!
