【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―


 朝ごはん。

 あたしにとっては、大事なもの。

 だってさ、朝って絶対お腹が空いてる。

 朝の日課の掃除の後で、さらにお腹を空かせて食べる朝ごはんが幸せ。

 シャリエナやお母さんと一緒に、一緒のものを食べるご飯が幸せ。

 大好きな人たちと、大好きなご飯を、一緒に食べるの。

 同じものを、同じお皿で。

 ササヤカかもしれないけど、それが毎日続くだけで、あたしは幸せ。

 そんなあたしの幸せに、違う幸福が舞い込んだ。

 オジさま……ヴァルグレイのオジさま。

 ちょっと命を助けられて、ちょっと涙を拭かれただけで……

 あたしの幸せ、ひっくり返っちゃった。

 ……ううん、ちょっと違う。

 幸せが、もう一つ、増えたんだ。

 だから、今朝食べたオジさまとの朝ごはん。

 本当に、温かかった。

 ……また、一緒に、食べたいな。

「……ハルネ嬢」

 正面にはオジさま。

 目の前にはリビングのいつものテーブル。

 テーブルの上には、ハーブティー、それにオジさまにはコーヒー。

 あたしのお気に入りのハーブの香りが色濃く漂う。

 そしてほんのり香るコーヒーの匂い。

 あれ? これは朝の続き……?

 すぐに気付く。

 ……あ、これは、夢ね。

「……どうした? ハルネ嬢?」

 ううん、なんでもないよ。

 それより、あたしのご飯、美味しいでしょ?

「……ああ、まさに舌を巻くほど美味かった」

 オジさま、似合いもしない事言っちゃって。

 ふふふ……でも、嬉しい。

 明日も……一緒に、食べよ?

「……ああ、毎日でも食べたいくらいだ」

 ふふふ……またまたぁー、似合いもしない事言っちゃって。

 夢だからかな? あたしに都合が良い事言わせてる……

 でもいいの。 夢だから……

 ねえオジさま。

 コーヒー、お砂糖入れても美味しいよ?

 オジさまはきっとブラック派だろうけど、試してみてよ?

 あたしはね、ミルクとお砂糖たっぷりのコーヒーも、好きなの。

「……そうか。 では、試してみるとしよう。 砂糖は?」

 それだよ、オジさま。

 ……違うよー、そっちの小さいポットだよ。

 ……それじゃなくて、ほら、コレ…………あっ……

 …………

 ……オジさま、あたしの指を入れても甘くならないよ?

 ……オジさまの手、ひんやりしててちょっと乾燥してる……

 いつのまに手袋をとったの?

 え? あたしの手が、温かい?

 ……オジさまの手が冷たいだけだよ。

 現実のあたしなら、こんな風に手を包まれたらきっとドギマギテンパってる。

 でもそうはならない。

 これは夢だから。

 ……オジさま、じっとあたしを見つめてどうしたの?

 ……いくらあたしでも恥ずかしいよ。

 オジさまの琥珀色の二つの瞳……吸い込まれそうなくらいキレイ……

 ……そういえば、眼帯はどうしたの?

 ……うん、そうだね。

 オジさまも、感情色の魔眼――エモパレを持ってたんだったね。

 ……えへへ、おそろいだね。

「……ハルネ嬢、キミの瞳も、もっと見せてくれ……」

 うん、恥ずかしいけど、オジさまがそう言うなら……

 同じ色の瞳……そして同じ魔眼……

 手と手を重ねながら、あたしたちの瞳の視線が、重なり合う。

 現実なら鼻血くらいは出てるかもしれない。

「……ハルネ嬢、いや………ハルネ……」

 あはぁ……いいのぉ~?

 名前呼び……

 夢なのに? 夢だから?

 きゅんっしちゃったよ。

 夢なのに切なくなっちゃったよ。

 そんな事言われたら、あたしだって、言っちゃうよ……?

 いいの? うんっ……いいよね? だって夢だもん……

「…………ヴァル、さま……」

 そこであたしの目は覚めた。


―――――――


 まず目に入ったのは月明かり。
 そして見慣れた景色。

 ……あたしのベッドだ。

 次に考えたのは、今しがた見たとってもイイ夢。
 ……イイ夢……だったハズ。

 あぁ、夢遊に溶けていく……もう思い出せない。

 その次に考えたのは、疑問。

 なんで、あたしの部屋にいるんだっけ?

 あたしは今まで、どうしてたっけ?

 最後に思ったのは、右手の温もり。

 何かに引っ張られているような……


 …………オジさまっ!!?

 あたしの右手は、オジさまの両手に優しく包まれていた。

 ……普段のあたしなら、飛び起きてる。

 間違いなく跳ね起きてる。

 ……でもこの時は、なぜだか、そうはならなかった。

 夢の中にはオジさまが出てきた気がする。

 その夢のせいだろうか?

 オジさまは、あたしの手を両手で握りながら、掛け布団に突っ伏して目を閉じていた。

 どうみても寝ている。

 オジさまの寝顔ゲットだぜ!

 ……という気分にはならない。

 この時のあたしは、昂揚ではなく、もっとしっとりとした何か……そういうもので心が満たされていた。

 それにしても……

 オジさまの寝顔は……


「カワイイ……」


 オジさまのような大人で渋い男性に、こういう事を思うのは失礼だろうか?

 でもそう思ってしまうのだ。

 可愛いな……

 無意識に、あたしの空いている左手が、オジさまの頭へと伸びた。

 ……灰銀の髪をそっと撫でる。

 生まれて初めて男性の髪に触れた。

 ちょっと硬い……まず、そう思った。

 そして、サラサラ。

 指を梳く感覚がキモチイイ。

 想像ではもっとドギマギした感情を抱くと思っていたけれど……

 湧いてくるのは、ただひたすらな……ほのかに温かい、愛おしさ。

 しかし、異性に向くそれとは少し違う気がする。

 もっとこう、子供相手に抱くような……そんな、庇護欲?……なのかな?

 ずっと、こうしていたい、と思った……


 月影が差し込むベッドの上で、

 右手にはオジさまの手の温もりを……

 左手にはオジさまの髪触りの感覚を……

 この時は、何も考えることなく、無心に、オジさまの、サラサラの髪を撫で続けた。


……………


「…………むぅ……」

 オジさまが目を覚ます。

 あたしの左手は、オジさまの身じろぎに合わせて、引っ込んでしまった。

 ……本当は撫で続けても良かった。

 でも、気恥ずかしさが勝ってしまった。

 ……もうちょっとだけ触っていたかったな。

「……むぅ、いかん……意識を……私は…………」

 あたしは左手は引っ込めたけれども、右手はそのままにしていた。

 だって、オジさまが握っててくれるなら……そのままでも、いっかなって……

「……私は、眠って、いたのか…………はっ!」

 気付いたオジさまが、目にも止まらぬ速さで手を引っ込めた。

 外気に晒された右手が、寂しさを覚える。

「……す、すまない!」
「……ふふ……だいじょぶだよ」

 オジさまが珍しく慌てる一方、あたしは自分でも驚くくらい気持ちが落ち着いていた。

「……ハルネ嬢。 目が、覚めたのだな。 ……よかった」
「……はい、ご心配かけてごめんなさい」
「…………」
「………………」

 なんだか気まずい。

 ううん、きっと気まずいのはオジさまの方だ。

 きっと、心配だからと、手を握っててくれた。

「あのぅ……手、握っててくれたのね、オジさま」
「……っ! ほ、本当に、すまない! …………心配だったもの、だから……」
「だから、いいんだよオジさま。 あたしは、嬉しかったし、安心したし……ね?」
「…………」

 オジさまは、気まずそうに視線を下げている。

 シュンとしてる。

 かわいい。

 ……別に、気にするコトないのにな。

「あ、そうそう! あたし、どうなったんだっけ? 薬草店に行ったのは覚えてるんだけど……」

 気まずい空気を振り払うため、唐突だが話を振ってみる。

 実際、起きた時から気にはなっていた。

 なんで自分の部屋で寝てる事になっているんだ? と。

「……ああ、そうだ。 キミは、調査局のロビーで待っているよう伝えた私を振り切り、単身、ミルレン薬草店へ……」

 経緯の説明であって、オジさまに悪気はないのだろうが、その言葉にチクチクした。

「あの……その節は、本当にごめんなさい……オジさまの役に立たなきゃって思って……」
「……キミに求めているのは成果ではない。 だが、成果の方も、きちんと出してもらっていたがな」
「それでも、だよ…………あっ! そうだ! バスケット!」

 そうだ! 思い出した! オジさまへのお昼ご飯にと作ってたバスケット!

 あれはいったいどうなったんだろう?

「……バスケット? ああ、キミが置いていったサンドイッチか。 味わう時間は少なかったが、美味しく頂戴した。 ……その礼はまだだったな。 ありがとう」
「……っ!」

 急な御礼に胸が詰まる。

 そっか。

 投げ捨てるように置いてきちゃった気がするけど、ちゃんと食べてもらえたんだ。

 ……よかった。

「……続きを、構わないか?」
「あ、うん!」
「……ミルレン薬草店で店主の悪事を暴いた我々は、そのままヤツらを制圧した。 ヤツらの抵抗は問題無かったが、その際、キミと口論になった」
「思い出してきた……」

 ……やけに攻撃的で冷酷な判断をするオジさまを止めたんだった。

 それから……

「……私はそのままキミを連れ、西街の小教会へ。 そこで私たちは……お互いの信念を、戦わせた」
「そっか。 ……そこで」
「ああ、突然キミが倒れた。 ……正直、あんなに肝が冷えたのは初めてだ」
「心配かけちゃったんだね……本当にごめんなさい」

 そうそう、教会で目を瞑ってたらなんかふわふわして気持ちよくなっちゃったんだ。

 ……なんで目を瞑ってたんだっけ?

 いや、そんなことよりも、ずっと重要な事があるのに気付いた。

「オジさまが、あたしをここまで運んでくれたのよね?」
「……ああ、その場で処置するか悩んだが、落ち着ける所がイイだろうと思い……」

 また助けられちゃった……

 いや、それよりも……

「あそこの教会から、あたしの家まで、かなり距離あるよ? どうやって?」
「……どうやって? それは、もちろん、キミに触れるのは申し訳なかったが、抱き抱えて……」
「抱き抱えて!」
「……あ、ああ、そうだ。 すまなかった。 なるべく揺らさぬよう走ったつもりだったが……」

 ああぁ~~~……

 オジさまからのお姫様抱っこの感触……全然覚えてない……

 なんてことだ……

 あたしのバカバカ……

 なんてもったいない事を……

「……あたし、そのぉ、抱えづらく、なかった? その……人より…………重いし」
「……?? いや、軽いモノだったが?」
「……っ! あははは! いやだもうオジさま! 軽いだなんてそんな!」

 ベシベシっ! っと思わず勢いあまってオジさまの肩にツッコんでしまう。

 軽いだなんて、もう!

 初めて言われたよ、もう!

 うふふふふふ…………

「……?? まぁ、とにかく、無事でよかった」
「ふふふ……また、助けられちゃったね」
「……いや、ちがうっ! ……私の、せいなのだ……」

 嬉しい事を言われたご機嫌なあたしと違い、急にオジさまのトーンが下がった。

「……ヤツらの悪意を見て、焦りが出てしまった。 派手に棚を倒すなど、くだらないミスを……」
「ヤツラ? 棚? ……ああっ、カルフェル粉かぁ!」

 あたしが倒れてしまったらしいのは、カルフェル粉の興奮作用の副作用だったのか。

 ……いや、それだけじゃないな。

 多分寝不足も入ってる。

 昨夜寝られないからと、遅くまでエモパレポーション作ってたから……

「でも、別にそんなの不可抗力の事故じゃ……」
「……もしかしたら私は、キミに見せつけたかったのかもしれない。 ヤツらの悪意の色を……」

 悪意の色……

 ああ、そっか。
 やっとハッキリ思い出した。

 あの時の教会でのやりとりを……

「ああ、完全に思い出した。 教会でのやり取り……。 そうだよね。 オジさま、悪意の色、もう視たくないって……」
「……そうだ。 あのおぞましい悪意の黒濁色……叶う事ならもう視たくはない……」

 ……少し弱気になっているオジさま。

 でも、その言葉の裏にあるのは……

「じゃあさ、目を背けちゃえばいいんじゃない?」

 やっぱりさ、オジさまは、悪意ばっかりを視ちゃうから……

「……はっ? 何をバカな事を。 そんな事出来るわけないだろう」
「簡単だよ。 ちょっと嫌だなって思う色を視ちゃったら、ひょいって目を逸らすの」
「……悪意の色は、その人の本性だ。 本性から目を逸らす事は出来ん」
「ううん、出来るよ。 そうしなければ……ってオジさまが思い込んでるだけ」
「……キミは、また……簡単に……」

 オジさまの顔に苦渋の表情が浮かぶ。

 オジさまの根幹は何なんだろう?

 きっと悩みの根っこがあるはず……

「……やはり無理だ。 魔眼を持つ私は視るべきなのだ。 人の、悪を……」
「ねえ、それってあたしも? あたしも魔眼を持ってるよ? あたしも悪意の色だけを見続けるべきなの? それはやだなー」
「……キミは……いいんだ。 私だけが視ればいい」
「それっておかしいよね? なんであたしだけがいいの? オジさまだって別に、視なくていいじゃん?」
「……これは、私の、科せられた罰なのだ。 今まで私は、そう生きてきた。 今更変える事は出来ない」 

 ずっと、そうしてきたから、か……

 それでオジさまが納得してるなら、別にいい。

 でも……

「でもさ……オジさまは、ずっと……苦しそうだよ? 教会の時もそう。 自分の魔眼を……自分の気持ちを語るオジさまは、とても辛そうで……見てられないの」
「……すまない。キミを悩ませるのは本意ではないが……私は、もう、こういう生き方しか出来ないのだ」
「……そっか。 うん、分かった。 オジさまがそういう風にしか出来ないって言うなら、きっとそれでもイイんだと思う」
「…………ああ」

 オジさまは、少し辛そうな顔をして頷いた。

 人が人に、その生き方を変えさせるのは、きっと難しい。

 自分自身の生き方だって、そうそう簡単には変えられない。

 あたしだってそうだもの。

「でもさ、やっぱり、悪意の色だけを見続けるのは良くないよ? うん。 だからさ、オジさまには、頑張って、他の色も視てほしいな?」
「……それは」
「ねえ、教会で最後……あたし、倒れる前に、聞いたよね? あたしの色を視て、って……」
「……っ」
「ねぇ、どうだった?」

 途端、手で顔を覆うオジさま。

 ……何その反応。 ちょっと傷つくよ……

 え? もしかしてあたしって……

「……れいだった……」
「え?」
「……キレイだった。 ハルネ嬢……キミは、この世のどんなモノよりも、キレイで……儚くて……美しい」
「え゛っ!!?」

 ああ! 色ね!

 感情色の事ね!

 あ~、びっくりした……オジさまに変な色でも見せちゃったのかと心配したけど、大丈夫だったみたい。

 それにしても……この世のどんなモノよりもって……大げさ……

 うぅ、顔がかーっと熱くなる。

 熱い……掌の冷たさで相殺しようと、思わずほっぺに手をあてる。

「あ~……う、うん。 そ、そうなんだ……」
「……だからこそ一層、不思議なのだ」
「な、なにが?」
「……キミはなぜ……どうしてあのような色を持てる? ウソと悪意を暴ける魔眼をもちつつ……なぜ……人を信じられる?」

 なぜと言われても……あまり深く考えてこなかった。

 もちろん人間不信だった時期もある。

 でも、結局、誰もが綺麗な色も持っていて、好きな色だってあるからだよ、って。

 でもきっと、オジさまが聞きたいのはそういう事じゃないんだ。

 ……否定、してほしいのかな?

 自分はもう人を信じられなくなってしまった。

 嘘だの、欺瞞だの、悪意だのと、もうたくさんだって。

 本当は人を信じたいのに……って。

「……オジさまは、人を、信じたいの?」
「…………違う、そうではないっ」
「えっ……?」

 オジさまの突然の強い否定に、思わず怯む。

「……キミは、なぜ……そんなに軽く、明るいんだ! あのドス黒い色を幾度も目にし、なぜ……どうして……魔眼は……辛いモノでは……罰では、なかったのか!?」
「オジさま……」
「……明るく元気なキミを見ていると…………キミを見ているだけで、私は自分を否定された気分になる……じゃあ私の苦しみはなんなのだ?……と!」
「…………」
「……キミを見ているだけで、私は壊されていく…………私は間違っているのか?、と……キミのように考える事が出来ない私は、生きる価値すらないのではないか?……と……」
「そんなこと……」
「……そんなこと、あるのだよ、ハルネ嬢……」

 真剣な表情、真剣な二つの琥珀色の瞳。

 オジさまは今、本当に本音を語ってくれている……

「……もう、おぞましい色は視たくない。 でも死ぬわけにもいかず……魔眼を無くすことだって出来ない…………かと言って、今の生き方を止める事も出来ない……」
「…………」
「……なぁ……ハルネ嬢……私は、一体、どうしたら、いいのだ?…………」

 オジさま……

 そんなに傷ついてきたんだ……

 そんな風に、思ってきたんだ……

 そんな風に、生きてきたんだ……

 自問自答の言葉の刃。

 そんな刃で、迷いある自分の心を、ただひたすらに斬り刻むオジさま……

 そんなオジさまを見て、あたしは……

 …………

 ごめんなさい。

 オジさまの、全ての辛い気持ちを理解することは、あたしには出来ない。

 そして、きっと不謹慎だけれど……

 あたしは……嬉しかった。

 オジさまの事を、本音を、沢山聞けて、ただ、嬉しかった。

 でも、オジさまの辛い気持ちもいっぱい伝わってくる。

 やっぱり、あたしは……なんとかしてあげたいよ……

 嬉しい気持ちが湧いてきては、胸がほぅっと温かくなる。
 辛い気持ちが流れ込んできては、胸がぎゅっと切なくなる。


「……ハルネ嬢……キミなら…………答えを…………」


 嬉しさと辛さ。

 その両方を胸に抱えながら、もう一つあたしに宿ったものがある。

 このままオジさまの傷ついた心を、夜気にさらさせちゃダメ。

 壊れそうなものを守りたい、そんな感覚……

 ……とにかくこのままにしておけない。

 あたしは、なぜだか焦りを感じていた。

 オジさまは、シュンと、怒られた子供のように沈んでいる。

 その、幼子のような小ささが、胸の奥をきゅっと締めつける。

 自覚するとどんどん気持ちが溢れてくる。

 愛しさや恋しさとちょっと違う……もっと透明で、でもとっても大きな何か……

 あたしは、その気持ちが起こす衝動のままに……


 オジさまの頭を、あたしの胸に、ぎゅっと抱えて、抱きしめた。


「……っ!!」

 動揺したオジさまの気配が伝わってくる

 ささやかな抵抗を感じた。

 それを少しばかり抑えつけて、オジさまの頭を、髪を、そっと撫でつける。

「よしよし……」

 小さな子供にそうするように。

 頭を抱きしめ、優しく撫でつけていると、不思議とオジさまの抵抗は無くなった。

 …………

 んっ?……

 あ……あはっ……やっぱり、そうだ!

 その時、初めて、あたしが、本当に、ずっとず~~っと求めていた……

 オジさまの感情色が……温度となって流れ込んできた。

 嬉しい……

 本当に嬉しい……

 やっと、オジさまを感じられた……!

 オジさまの、感情温度。

 それは…………


――あったかい……けど、仄かな冷やかさ……


 オジさまを胸に抱え込んでいる今は、瞳で感情色を視る事は出来ない。

 それでも……この温度は……

 安堵、そして……


 …………恐怖?


 やっと分かった。

 オジさまの……悩みの正体。

「……オジさま」
「…………」

 オジさまからの抵抗は相変わらず無い。

「オジさまは、怖かったのね?」
「……っ!」

 一瞬の反応。

「大丈夫。 怖くないよ。 よしよし……」

 あたしは優しく頭を撫で続ける。


「あたしがそう思ってるからって、オジさまの人生が否定されるワケないんだよ」
「…………」

「オジさまだって、たくさん頑張って生きてきたんでしょ? あなたの人生が否定されるモノでは、決して無いのよ。 だから、怖れる必要なんて、ないんだよ」
「…………」

「オジさまが言う生きる価値だって……あたしは、オジさまがいてくれた方が、ずっと嬉しいな。 いなくなった方がイイなんて、言っちゃダメ。 生きる事は、怖くないよ」
「…………」

「オジさまの生き方……悪意を見続けてきてしまった事。 きっと間違ってないよ。 ただ、他の色が視えなかっただけ。 間違いだったなんて、怖れなくていいんだよ」
「…………」

「魔眼が怖いの? あたしも同じ眼を――エモパレを、持ってるよ? おそろいじゃん! ……だからもう、怖くないよ?」
「…………」

「魔眼の悩みも、誰にも言えなかったんだよね? 今はさ、あたしがいるよ? いっぱい話そ? ね? あたしもね、話したい事、い~っぱいあるの。 もう、一人じゃないんだよ。 怖がることなんて、ないんだよ?」
「…………」

「もしも、悪意の色が嫌だったらさ。 その時はまた、あたしを、視て? ちょっと恥ずかしいけど、キレイだって言ってくれて、あたし、とっても嬉しかったの」
「………………」


「ね? もう、怖くないでしょ?」
「…………っ」


 オジさまの身体が細かく震える。

 あたしはオジさまの心が凍えないよう、一層強く抱きしめた。

 オジさまは、きっと一人で悩み過ぎたの。

 だからさ、今度からは……

 あたしに話して。

 あたしに寄りかかって?

「…………くっ……」

 オジさまの身体がより一層震え、小さな嗚咽も混じり始める。

 あたしは、もっと手繰り寄せ、包むように……


 ……あっ

 ……今、初めて、自分を、ぽっちゃりで良かったって思った。

 大きな胸で良かったって思った。

 だってさ、オジさまを優しく、たくさん包んであげられる。

 いっぱい包んで、撫でて、隠してあげられる。

 やっぱりさ、涙を見せるのは、恥ずかしいもんね?

 ……いいんだよ、オジさま。

 あたしは何も見てないよ……

 だから、あたしの胸に、お腹に、その感情を、いっぱい、預けてね?

 大丈夫。

 あたしが受け止めてあげるから……ぜんぶぜんぶ包んであげるから……


 疎ましかった、自虐の種にしかならなかった、あたし自身の身体を……
 
 役に立たせてくれて、ありがとう……

 …………

 ……

 
「……ヴァルさま」


―――――――


 月光に照らされる大きなベッドの上。

 一人のぽっちゃり聖女が、一人の灰銀の騎士を、大切そうに胸に抱き、

 そして優しく撫でつけながら、ひとつひとつ、その罪を赦していく。

 その神聖なる聖女の行為と、そして、その洗い流される罪の意識を、

 騎士はただただ、流されるがままに……

 その贖罪と赦しを見つめているのは、空高く、明るく輝く、銀色の月、だけだった。



 ……かのように思えたが、もう3対――6つの瞳もまた、その絵画を眺める観察者となった。

 薄く開いたドアから覗く、瞳の正体。

 上から、リオーネ、シャリエナ、レルガだった。


「……鼻血出そう」
「わたしも……」
「オレも……」


    ― 第1部 完 ―