時刻は夕刻に差しかかった。
ハルネは、路地に放置された樽の裏の影に身を寄せながら、その店の様子を伺っている。
せまく暗い路地だが、角度の関係で差し込む、夕陽の光が少し眩しかった。
オレンジ色の光に照らされる樽の影。
ハルネは脳内をピンク色に支配され、悶々と一人でヴァルグレイを待つ。
時に手を顔で覆い、
時に手で頬を冷ましながら。
ニマニマとした表情で、頬を揉みしだいていた。
「そろそろかなぁ? おっそいなぁ……」
一人で暴走して先走った自分を棚に上げ、まだかまだかとオジさまを待つ。
……まず、オジさまに会ったら何を言おう。
――「違法薬見つけたよ!」 これかな。
出鼻、成果をアピールだ。
そうすればオジさまも「よくやったぞハルネ嬢」と褒めてくれるに違いない。
架空のシッポで、したんしたんと地面を打ちながらオジさまを待つ。
すると路地の入り口、逆光の中、小通りに特徴的なシルエットが見える。
シュっとした痩躯。 間違いない。
「オジさま!」
樽から躍り出て手を振る。
すぐにあたしの姿を見つけてくれたようで、こちらに小走りで駆け寄ってくる。
ふふ、オジさまったら急いじゃってさ。
「お……」
「この、バカものッ!!」
「……ひくっ!」
出会うや否や、怒声一閃。
オジさまが、怒った……
「あ、いや…………くっ、キミは、なぜ単独で動いたっ!」
すぐに優しい言い方に直してくれた。
怒られたのがショックで、気持ちがしゅんと落ち込む。
「…………ごめんなさい」
よく考えたら当然だ。
考えなくても当然だ。
言う事も聞かずに危険な場所に一人乗り込んでいったんだから、そりゃ当然だ。
ああ……あたしのバカ……
「……いや、怒鳴ってすまなかった。 無事ならいいんだ」
「ホントにごめんなさい……」
「…………心配、した」
うっ、心配させちゃった。
……でも、心配してくれたのが嬉しくて胸がきゅぅとなった。
架空のシッポが、ふるふる揺れた。
「……もう、離れるな」
「っ! は、はい……」
「……それで、ここで何をしていた?」
「えっと、薬草店に入って~……」
「……勝手に店に入ったのか……なんという、よく無事だったものだ……」
「はい、で、セクハラを受けて~……」
「……セ、セクハラ、だとっ」
オジさまの眉が上がる。
紳士だもんねオジさまは。
そういうの、やっぱり許せないんだね。
「はい、まあ言葉だけですけど。 でも、違法なお薬、見つけちゃいましたよ」
「……何? それは本当か?」
オジさまにカルフェル粉の事を話す。
強力な興奮剤で、使用にはギルドの許可がいるのに、そのまま棚に並べてあること。
店主は割とオープンな態度だったことも話す。
「……そうか、そういう事か。 よくやった、ハルネ嬢」
「っ、はい!」
う~~、褒めてくれた……嬉しい。
嬉しいよぅ……
架空のシッポが、ぶんぶんと振れた。
「それが分かれば十分だ。 乗り込むぞ。 傍を決して離れるな」
え? もう?
足早に店に向かうオジさまを、慌てて追いかける。
……傍を離れるなって言われてるし、これくらいはいいよね?
あたしは、背中から、オジさまの上着をちょっと摘まんで、後に続いた。
―――――――
――ギギギィ……
相も変わらず重苦しい音。
そして薄暗い店内。
店に入ると、オジさまは何かを制服のポケットに入れた。
オジさまの背中に隠れているあたしからは、それが何かは分からなかった。
「店主はいるかっ!」
大きなイケボが店内に轟く。
オジさま、こんな大きな声も出せたんだ。
すぐさま店の奥から出てきたのは、先ほどあたしにセクハラしてきた、インテリ金バックさん。
「はいはい、何ですか…………ぎょっ!」
ぎょっ! って自分で言うのはどうかと思うよ。
でも気持ちは分からなくもない。
オジさまは渋くてカッコイイけど、背も高いし威圧感がある。
「……貴様がこのミルレン薬草店の店主か?」
「は、はい。 そうですけれども……わ、私に何の用でしょうか?」
店主はすっかりたじろいで怯えている。
――感情色は、怯えの青と疚しさの紫色でいっぱいだ。
「私は軍務省第二調査局副局長、ヴァルグレイ・ゼオファルドだ。 違法な薬を販売しているとの情報を受けて調査に来た。 私の権限を持って、この店を調査する」
「と、突然何を言うのですか!? 衛兵を呼びますよ!?」
「呼びたければ呼ぶがいい。 呼んだ所で困るのは貴様だろうがな」
「…………」
インテリ金バックさんは何かを考えている。
言い逃れでも考えてるのかな?
「……たしかに、ウチの店では『やや強め』の興奮剤や、『ご高齢向けの』精力増強剤などを扱っておりますがね……」
「やや強めどころじゃないでしょ! カルフェルの実の粉をそのまま使うなんて……心臓が止まってもおかしくないよ!」
「ああ、さきほどのレディ。 なるほど、レディのカレシ……随分と歳の差は御有りのようだが、貴女方はそういう関係なので?」
「……なにさ」
……そういう関係……
くっ……肯定したいけど、今はそういう空気じゃない……
「いや失礼。 あなたのような若いレディには――『年配の男性では満たせない需要』というものがあるでしょう?」
「……はあ?」
「お若いレディには物足りないのでしょう? 最近の若い娘は盛ったメス猫のように刺激を求めますから。 ええ、分かりますとも。 どうです? さきほどお話した媚薬……お安くしておくので、おひとつ……」
――ゴッ!
あたしが文句の一つも言う暇もなく、
オジさまの拳が店主の頬を捉え、吹き飛ばしていた。
「もう十分だ」
まるで汚いものでも触ったかのように、殴った手をぺっぺっと振るオジさま。
でも……
「ちょっとオジさま! いきなり殴るのはやり過ぎ……」
インテリでもなんでもなく、ただのゲス野郎に格下がりした、インテリ金バック改め、金髪ゲスバック。
壁にもたれながら、突然の暴力に激しく狼狽していた。
コイツはゲス野郎だけど、やっぱり突然殴るのはさ……
「……やり過ぎという事は無い。 もう調べはついている。 違法薬を売るだけではない。 コイツの薬で、廃人になった者が何人もいる」
「えっ……」
初耳だった。
あの時の記憶はあいまいだが、そんな話はしていなかったと思う。
「その中には、若い女性や、年端の行かない子供もいる……コイツはクズだ。 自分の利益のために、なんの罪もない者を傷付ける、ゴミだ」
……静かに怒りを感じているのか、オジさまの口調はとても冷たい。
「余命短い老人からも搾り取っていたようだな。 精力剤だけではない。 治るはずの無い病に、『効く薬』などと高価な偽薬を売りつけもしていた。 ……よくやるな、貴様。 そんなに金が欲しいか?」
「…………く、くひぃ……」
金髪ゲスバックはビビっている。
――感情色も、恐怖の青が増していく。
「証拠が無く、ノクセリウムとの関連もハッキリしなかった。 だが……ハルネ嬢の言った通り、こうも堂々とブツを並べているとはな……しかしおそらくコレは『見せ薬』だろう?」
いつになく饒舌なオジさまの雰囲気に、その奥底にある怒りを感じる。
……ん? 見せ薬ってどういう事?
「本来は、もっと弱い効能の素材を並べてるはずだ。 ……薬師ギルドに注意を受ける程度の、な」
「あ、そっか! 本当は普段もっと弱い薬を並べてて、隠れ蓑にするつもりだったんだ! 薬師ギルドからの監査があっても、ちょっと怒られる程度の! そうすれば、疑いがかかったとしても、なあんだこの程度の薬だったのか、で、済む!」
やっぱり、棚に堂々と置いてあるのはわざとだったんだ!
「大きなウソを隠すなら、小さなウソをってヤツだね!」
「その通りだ。 ところが、今日はたまたま来客でもあったのか……棚に並べていた強力な麻薬を、突然来訪したハルネ嬢がそれを見つけてしまった。 ブツは確かにココにある。 踏み込む理由、証拠はそれで十分だ。 理解したか?」
金髪ゲスバックは、殴られた頬を抑えながらそれを聞いてワナワナしていた、が……
あ、こいつ! まだ諦めてない!
――感情色が、悪意の濁り……黒灰色に染まっていく。
何か考えてる!
「……い、いやぁ、今日たまたま、そのカルフェルの実が手に入りましてね? あとでギルドには報告に行くところだったんですよ! い、いやぁ、レディ達もタイミングの悪いこと!」
まだ誤魔化そうとする金髪ゲスバック。
一方オジさまは……うっ、表情が怖い……
「……ふぅ。 貴様らクズは、すぐにそうやって都合のイイ言い訳を重ねる。 ……今説明したのは、ココに踏み込むまで、の理由だ。 分からんのか? 調査局の副局長である私が、わざわざココにやってきた理由を……」
「……な、何を……?」
オジさまの感情色は読めない。 でも明らかだ。
明らかに激しい怒りを感じている……
あたしは、オジさまの鬼気迫る怖さに少し怯えを感じた……
ふと、横に並ぶオジさまの顔を伺ってみる。
あっ! 一体いつ!?
眼帯が……無い!?
「きっかけさえあれば、証拠などいらんのだ。 この、左眼が、この、忌まわしき魔眼がっ、……貴様の、この――黒濁色の、ドブのような悪意の感情色を、示しているからだ!」
オジさまの左眼は、鈍く、蜂蜜色に、光っていた。
