【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―


 東の空が白み始める頃。
 夜半に降った小雨の水たまりの残る石畳を、小鳥の声が滑っていく。

 サフラン香房の朝は早い。
 木製の看板が、朝日の光を受けてほんのり揺れる。

「ふわぁ……眠いね、お姉ちゃん」
「ふはわぁぁ…………そうね。 うっかり昨夜、盛り上がっちゃったからね……」

 むむぅ……とはいえ、朝のお仕事をサボるワケにも行かない。
 掃除に在庫チェック、ハーブや薬草の手入れをしたりと、朝は忙しい。

 ……相変わらずお母さんはやる気ないし、あたし達が頑張るのだ!

「ま、動けば目が覚めるわよ。 シャリエナ、在庫チェックお願い」
「あいあい、ん~っと……お姉ちゃん、これ「トロールもすやすや眠る黄金ティー」もう切れるよ」
「あ~「トロ眠ティー」ね。 たしか材料のノクセラ草がそろそろ怪しいのよね……」

 在庫はある程度頭に入ってる。
 今日だけなら持つはず。

「今日はいいわ。 売り切ったら品切れ入荷待ち票を出しておいて」
「あいあい」

 明日にでも契約農家のリゼラちゃんの所に仕入れに行かないとね。

 最近はシャリエナもすっかり戦力になって、接客に、在庫管理にと、色々やってくれるからとても助かる。

「お姉ちゃんが名前変えようって言ってからよく売れるねコレ。 味も何も変わらないのに」
「単なる「カモミールとノクセラ草のブレンド茶」じゃ弱いのよ。 こういうのはインパクトがある方がウケるの」

 元々、このサフラン香房は商店街の外れでひっそりとお茶やハーブ、薬草、錬金素材を扱ってるお店だった。
 あまりやる気も体力も無いお母さんが、細々とやっていくには十分だった。

 しかし、あたしがお店を手伝うようになって、じわじわとテコ入れを始めてみた。
 最近ではお茶請けの焼き菓子の販売も導入してみたが、売り上げはなかなかだ。

「シャリエナ~、ミントに水やっといて~。 あたしはオーブンを見てくる」
「あいさー。 ……あ~あ、お腹減ったなあ」
「店先の掃き掃除が終わったらご飯にしよう。 今日はシャリエナの好きなシナモンロールを焼いたよ」
「やたっ! お姉ちゃんのシナモンロールは甘くて大好き!」

 あたしの焼くパンは基本的にどれも糖分多めの甘味大礼賛仕様だ。
 甘くなければパンじゃない。 そうでしょ?
 奥から香ばしくも甘いスパイスと穀物の香りが漂ってくる。
 どうやら今日も上手く焼けたみたいだね。


―――――――


「はい、今日ラスイチのおすすめブレンドセットです。 ありがとうございました」
「ましたー」

 カランカランっ……という入り口のドアベルの音を残し、午前最後のお客さんが捌けた。

「ふぃー……今日はお客さん多かったね、お姉ちゃん」
「そうね。 おすすめブレンドのローテのラス日だからかしらね」
「ローテ? ラス日? またよく分かんないことを……」
「今度教えたげる。 どうする? 疲れたなら奥でちょっと休む?」
「ううん、いい。 代わりにお姉ちゃんがお茶入れて」
「りょーかい」

 前世で経営企画やマーケティングに絡んだ仕事をしていたせいか、どうもこっちには似つかわしくない言葉が出る。

 それより今日はどうしようかな……うん、オレンジ系にしよう。


……………


「はー、やっぱりお姉ちゃんの入れるお茶は美味しいね。 イチゴのやつも好きだけどオレンジもいいねー」
「イチゴも美味しいわよね。 時期的に今のトレンドからは外れてるけど」

――カランカランッ

「あ、いらっしゃいませ」
「ませー」

 入ってきたのは、若いカップルのお客様。
 二人とも地味めの明るい茶色の髪と、素朴な顔立ち。
 この辺では見かけない顔だけど、初々しいステキカップルだ。

「微笑ましいな~」
「そだねー」

 ……と思ったら、互いに手を組んでお互いを見つめ合い、二人の世界を作り始めた。
 感情色は……

――そのまんま! 桃色ドピンクじゃないのさ!

「小憎らしいっ……!!」
「えっ!? お姉ちゃん、この数秒で何があったの!?」

 どうせあたしは前世から一度も恋人がいたことも無い独身デ……
 ぽっちゃり女ですよーだ。

 そう、あたしのぽっちゃり体型は前世から続く呪いなのだ。
 もう呪いって言っていいでしょ。

 転生してから痩せようとしたことはあった。
 でもどう頑張っても無理だった。

 運動しても三日坊主。
 サラダオンリー生活も続かず三日坊主。
 甘いものだけは三日じゃ飽きない。

 痩せようとするたび、何か阻害されてるんじゃないかってくらい、気力が削がれる。
 これはもはや呪いなんだもう。 うわーん!

「恋かぁ。 いいなぁ。 あたしも恋愛したい……」
「すればいいじゃん」
「出来たら苦労しないわよ! 何さ! 自分が痩せてるからって!」
「あぁ、また始まった……」
「何よ! あたしだって好きでぽっちゃりでいるんじゃないわよ! 運動してもダメだし! 自分で作るご飯は美味しいし!」

 転生してから、ご飯がより美味しくなった。
 前世はストレスの果ての果てだったから……

「確かにお姉ちゃんの作るご飯は美味しいよね」
「じゃあなんでシャリエナは痩せてるのよ! 理不尽よ! 理不尽だわ!」
「うわめんどくさぁ…………よしよし、お姉ちゃんは可愛いよ」

 そう言って頭を撫でてくれるシャリエナ。

 うぅ、癒される……
 ……どっちが姉?とかは言わないで。

「大丈夫だよ。 そのままのお姉ちゃんを愛してくれる人もきっと現れるよ」
「……ほんとに? その人は40代後半くらいの?」
「そうそう」
「背が高くてシュッとしてて? 渋くて?」
「そうそう。 寡黙で仕事も出来て」
「あたしだけを見て、愛してくれる?」
「そうそう。 もう何度聞かされたかわかんないけど……」
「そっか、そうだよね! ちょっと元気出たよ! ありがとシャリエナ! 大好きだよ!」
「(ほっ)そう、よかった。 わたしも大好きだよお姉ちゃん」

 シャリエナに慰められて元気が出る。
 うぅ……本当にありがとうね?

 でもま、本当にそんな理想のオジさまが現れた所でさ、
 あたしが選ばれるなんて絶対思わないケドね。 ……また悲しくなってきた。

「お姉ちゃん、仕事ではカッチョイイ所いっぱいあるのに……」
「仕事は仕事じゃん。 お仕事しなきゃ明日の食べ物もありつけないのよ?」

 なんてグダグダとシャリエナとおしゃべりをしていても、
 まだカップルさん達は二人の世界でイチャイチャしていた。

 うん。 ……もう、好きなだけやって。

――カランカランっ

「いらっしゃいませー」
「ませー」

 続いてやってきたのは、優しそうな年配のおばあちゃま。
 お召し物がお上品。

 ……ん?
 ついクセで、おばあちゃまの感情色を視る。
 軽い違和感。

――うす~い黒、そして好奇の山吹色も混じってる。

 好奇の色はいいとして、うすい黒は……疲れとか落ち込み?
 なんとなく気になって、あたしは先んじて声を掛ける事にする。

「何かお探しですか~……っ! おっとっと!」
「あぁ! どうもすまないねぇ」

 どうやらおばあちゃまは足が良くなさそう。
 少しつまづいてよろけた所を、すんでのところで支えてあげられた。
 ふー、あぶないあぶない。

「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よぅ。 えぇと、よく眠れるお茶があると聞いてねぇ。 どれかしら?」
「あ、多分「トロールもすやすや眠る黄金ティー」ですね。 持ってくるので、カウンターで座ってお待ちくださいな」

 足の悪そうなおばあちゃまに、店内を歩かせるのもあんまり良くない。
 まず、残り少ないトロ眠ティーを。
 それから……


……………


「はい、おばあちゃま。 お待たせしました」
「あ、お姉ちゃん」
「あぁ、すまないねぇ」

 シャリエナに相手してもらっていたが、特に問題は無かったみたい。

「トロ眠ティーと……あと、勝手でごめんなさいですけど、この「癒しの妖精茶」。 コレもおばあちゃまに買っていって欲しいな?」
「あら、何かしら?」
「コレね、疲れが取れるお茶なの。 トロ眠ティーもイイけど、こっちも飲んでみて?」

 少し押し売りの形になるけど、その方がいいとあたしは判断した。

「治癒ポーションに使われてる薬草もブレンドしてあるから、足の痛みもちょっとだけ楽になるよ、きっと。 ね?」
「あら、ありがたいわぁ。 じゃあ、そちらもいただこうかしら?」
「うん、ありがとう、おばあちゃま」

 こちらの気を察してくれたみたい。
 感情色の温度もあったかくて柔らかいし、優しい人だ。

「あとこれ、紅茶のクッキー。 これはサービスね。 美味しかったら次はいっぱい買ってね?」
「ふふふ、気の利くお嬢さん方ね。 本当にありがとうねぇ」

 入り口まで、手を添えてお見送りする。

「ありがとうございましたー」
「ございましたー」

 馬車乗り場までの道中、ちょっとだけ心配だけど……
 ま、だいじょぶでしょ。

「紅茶のクッキー、タダでつけてあげてよかったの?」
「いいのよ。 あのおばあちゃまは、誰かと一緒に、お茶を飲んでお菓子を食べるはずなの。 その時にウチのクッキー食べてもらえればさ」
「……ウチの宣伝になる?」
「そうそう。 シャリエナも分かってきたじゃない」

 要は遠隔試供品みたいな感じだ。
 ウチのお菓子は美味しいんだから、リピーターは期待できる。

 いつの間にやら、初々しくも憎々しいカップルさん達もいなくなったようだった。
 お客様が捌けて、誰もいなくなった店内を見回す。


 んふふ……
 あたしのお店――サフラン香房。

 最近は穏やかで楽しい事続きだったせいか、思わずにんまり笑顔が出た。

 正確にはお母さんが店主。
 あたしがメインでお店を回しているとはいえ、まだ店主代理の立場。

 でも、会社勤めの果てに朽ち果てた前世と違って、やりたい事と成果が直結するお店の経営というのは、とってもやりがいに溢れていた。

 一応、お母さんから錬金術の手解きは貰ってる。
 けれど、錬金メインのお店だったサフラン香房は、今では主力製品がお茶とお菓子と香辛料。

 やりたいアイデアはいっぱいある。
 お茶の売り方だってまだまだ工夫できるし、お菓子だって他のお店とコラボとかもしたい!
 美容方面にだって手を出したいし、利益だって順調過ぎる右肩上がり!
 商業ギルドでも今一番の有望株がサフラン香房なのさ。

 シャリエナも気持ちよく手伝ってくれて、お母さんは…………まぁいいか。

 とにかく――今が楽しいんだ。
 

 変な異能(エモパレ)と、ぽっちゃりの呪いまで着いてきて……

 ついでに異性関係は今世も壊滅だけども!

 あたしは今の安定した生活を、すっかり謳歌していた。

――カランカランっ

「あ、いらっしゃいませー」
「ませー」

 接客をしながら思い出す。
 ……そういえば、明日は朝から定例のギルド会合があった。

 次のギルド長への差し入れは、さっきおばあちゃまにもお勧めした妖精茶でもいいわね。
 ギルド長、最近お疲れの様子だったし。
 根回しもちゃんとしておかないとね!


 そんなふうに、

 サフラン香房の穏やかな日々は、当たり前みたいに過ぎていった。