【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―


 案内された執務室は、思っていたよりも広いが、少し黴臭かった。

 ふとオジさまの方を見ると、手の甲で鼻を拭っている所だった。
 黴臭いのはあんまり好きじゃないみたい。

 開け放たれた扉の向こうには、ごつごつとした、重厚で古めかしい書棚が壁際を埋めている。
 天井近くまで届く存在感が、少しだけ部屋の圧迫を強めていた。

 正面に据えられた古びたアンティーク調の机。
 分厚い天板に金属細工の脚がついた、一目見て高価なものだと見てとれる。

 椅子も革張りで年季が入り、所々で擦り切れている。
 これは商人としての品格なのか、個人の趣味なのか、判断に悩むところだ。

 トーンも統一されていて、意外と居心地は悪くない。

「こちらになります。 ……手早くお願いしますよ」

 部屋に入ったチョビ髭店主は、真っ直ぐ自分の机に向かい、引き出しから台帳と思しき冊子を取り出す。

 黒く革張りの、そして糸綴じ式の、これまたアンティーク調の冊子。
 先祖代々というより、個人の趣味が高じてのお店なのかもしれない。

 さっそく台帳に目を通す。

 どうやら売上と仕入が一緒に記録されている、会計というよりメモ書きに近い形式の台帳のようだ。

 売上の欄にざっと目を通すと、前回の売り上げ記載が随分と前だ。

「全然売れてないのねぇ……」
「…………」
「…………」

 思わず口に出た感想に、オジさまが一瞥をくれた。
 チョビ髭店主にも一睨みを食らう。

 つい口に出ちゃったんだよ。

 仕入れの欄を見ると、一つ一つの金額が結構高い。

 アンティークって高いんだなぁ……と、ぼやっとした感想を抱いたのは、とりあえず置いておいて。

 ノクセラ草、もしくは薬草っぽいものが仕入れられていないかを探す。

 リゼラちゃんから詳しい日付は聞いてないけど、あたしが前にリゼラちゃんちに行った日から数えて、その間だろうという想像は付く。

 当然、そのような記載は見当たらなかった。
 まぁ、そりゃそうよねー。
 シラを切った上で台帳を見せてくれるくらいなんだから。

 むしろあったら驚くよ。

 ……どんどん日付を遡ると、ウチでも使ってるお酒の名前が出てくる。

 龍涙の火酒。 1階の商品の棚にもあったね。

 龍なんて名前は付いてるが、ラベルに龍の絵が描いてるだけの度数の高いウイスキーだ。

「……オジさま、このお酒知ってる?」
「……飲んだ事はある」

 これ、かなり強いお酒よ?
 そしてやっぱりオジさまはお酒が好き、と。 改めて覚えた。

 そして価格欄に違和感を見つけた。

「……オジさま、この仕入れ値、おかしいと思わない?」
「……酒の値段を気にした事は無い」

 そういえばオジさまは騎士爵持ちのお貴族様だった。
 しかも副局長という立場もあれば、相当な額を貰っていてもおかしくはない。

 あー、これだからお金持ちは!

「……このお酒、あたしのお店でも仕入れた事あるんですけど、この仕入れ値、倍ですよ?」
「……なるほど、水増しか」

 さすがオジさま、話が早い。

 そう。 よく見ると他のアンティークとかも仕入れ値がやけに高い。
 最初はそんなもんかと思ったけど、売上と比べて見るとかなり高い。

「……おかしいと思ったんですよ。 このお店、どう見ても儲かってない。 チョビ髭店主さんの身なりもイイし、道楽ならそれでいいかなとも思うんですけど、わざわざノクセラ草を仕入れて、それを隠す、とか……」
「……キミの言いたい事が分かってきた。 いわゆる『調達屋』で利益を得てるんじゃないかと、そう言いたいのだな?」

 そう。

 正規のルートでは手に入れられない事情を持つ、後ろ暗い人たち向けの『調達屋』。
 そういう手口で儲けてるんじゃないか、って睨んだ。

 そこで儲けた利益はもちろん通常の利益としては数えられない。

 だから、真っ当な仕入れ品に、その利益分を加算して、原価を水増しする。
 すると、原価が高くなった分、売上利益は減る。
 つまり、掛かる税金が安くなる。

 典型的な脱税の手口だ。

「……しかし、ハルネ嬢。 この台帳だけでは証拠としては不十分だ。 仕入れ値が高いだけでは違法性は証明できない」
「……っ! え、ええ、そうですね。 だから……」

 自分で呼ばせておいてなんだけど、オジさまの口から自分の名前を呼ばれると身体が硬直する。
 イイ声でボソボソと耳に近い位置でしゃべってくれるものだから……

 話を戻す。

 つまりオジさまはこう言いたいのだ。

 「ちゃんとした証拠を出せ」と。

「もう、いいですかね? ワタシも忙しいんでね」
「あ、あはは、もうちょっと待ってくださいね!」

 あたしが、わざわざこの執務室まで連れて行って貰ったのも理由がある。

 よっぽど計算力や記憶力に長けていない限り、この手の帳簿というのは、まとめるものだ。

 だから、表の台帳がこの部屋にあるんだったら……裏の帳簿も近くにあるに違いない。

 問題はどうやって見つけるか、だけど……

「…………」

 ふとオジさまを見ると、こちらを見る目がちょっと優しい気もする。

 なんだかんだ手伝ってくれてるし、ここはちょっと強引なやり方で行こうかな。

 昔、シャリエナが、あたしのお気に入りのカップを壊して隠した時に見つけた方法で、ね!

「台帳、ありがとうございました。 すいません、とくに怪しい所は無かったです」
「そうでしょう? わたしらは至極真っ当な商売で身を立ててるんでね」
「てっきり……『脱税』の証拠とか見つからないかな? って思ったんですけど」
「……そんなもの見つかるワケないでしょう」

 チョビ髭店主の感情色が、一気に――不安の翡翠色に振れる。
 これはもう当たりだ。

 そして、感情を振らせるなら、関係のある単語をいっぱい出して煽った方がいい。
 これは、エモパレを扱う上でのテクニック。

「『脱税』って、罪が重いんですよね? オジさま?」
「……ああ。 「重い」」
「……っ」

 わざわざ「重い」を強調してくれるオジさま。 ありがとう。
 そして思わず息を飲むチョビ髭店主。

 たとえ後ろ暗い事なくても、オジさまの迫力だけでそうなった可能性はあるけれども。

「増してや、違法な物を高額で転売してたとかだったら……」
「……ああ。 より、罪は「重い」」
「……っ!」

 可哀想なぐらい――不安の翡翠色が濃くなった。

 怖いよね? でも逃がさないよ。

 見逃さないために、エモパレ感度をさらに強くする。

「…………」

 なぜかオジさまの視線が強くなった。
 え? 何? あたしの顔に何か付いてる?

 ……まぁいいか。 それよりも、

「『裏帳簿』とか、この部屋に無いかなぁって、思ったんですけどねー」
「…………っ!」

 感情色は相変わらずの――不安色一色。

 エモパレ感度を上げたせいか、あたしの肌感覚が寒気を感じた。
 不安が少しだけ強くなったんだ。

 この部屋に、もしも裏帳簿が無かったら安心が出るハズだ。

「例えばぁ、この辺りとか?」

 そういってあたしは、重厚で古めかしい本棚の一つの近くへ歩いていく。

 ――不安の色がまた少し増した。

「や、やめてください!」
「オジさま!」
「……おい、動くな。 疚しい事は何も無いんだろう?」

 店主があたしの方へ寄ろうとしたのを、オジさまが肩に手を取り止めてくれた。

 最初オジさまは何かに気を取られていたようだったけど、すぐにあたしのやりたいことを察して動いてくれた。

 えへへ……あたし達、まだ即興コンビだけど、やるじゃん!

「じゃあこの辺かな?」

 あたしは本棚を一つ一つゆっくりと歩く。

 その間も、瞳はずっとチョビ髭店主の感情色を探る。

 店主の表情は決して顔には出すまいと、唇をへの字に結んでいる。

 へっへーんだ、無駄よ無駄。
 こういう時のエモパレは最強なんだから。

 表情は隠せても、感情を隠せる人間なんていない。
 ……オジさまを除いてね。

 そうやって机の方へ向かって本棚を練り歩くと、最後の壁際の本棚に近寄った時。

――あからさまに不安色が濃くなり、寒気の波動も伝わってきた。

「この本棚ね?」

 書棚は3段。
 一段目に手を置く。

「…………」

――感情色に、すこし安心の色が混じる。

 ハズレね。
 じゃあ2段目。

「……っ!」

――一気に不安の色が濃くなった。

 ここだね。

 2段目の書棚をざっと見回すと、周りから少し浮いた厚みのある本が目に付く。
 ああ、これ見た事ある。 たしか本型の小物入れ。

「や、やめろ!」

 あたしがその木製の本型小物入れを手に取ると、
 ついに耐えられなくなったのか、チョビ髭店主は口を出した。

 感情色を見るまでもなく、表情があからさまにコレだと言わんばかりだ。

「…………」

 オジさまは、店主を抑えてはいるが、その右目はジーっとあたしを見つめている。

 気恥ずかしくなって、つい下を向き、手に持った小物入れの蓋を開けてみた。

 中から出てきたのは、手帳サイズの茶色い革表紙の冊子。

 ざっと中身を確認すると、商品名らしき単語と個数と金額。

「はい、ビンゴ!」

 どやぁっ!

 これがエモパレの真骨頂よ!

 昔、あたしのカップを隠したシャリエナに今のと同じ手口で見つけてやった時は、ものすごく泣きじゃくられた。
 不安を煽るように追い詰める形になるから、幼児のシャリエナには大層キツかったんだろうね。

 シャリエナ、あの時はごめんね?

「……見つけたか?」

 オジさまがこちらに歩み寄る。

 チョビ髭店主の方はというと、もう諦め顔だ。
 真っ青で絶望した顔をしている。
 感情色なんてもう見るまでも無い。

 さてさて、チョビ髭店主は置いておいて。

 見つけた裏帳簿を確認する。
 最近の取引だからか、すぐにノクセラ草の名前は見つかった。

「あった! ノクセラ草! うわー、結構な量仕入れたんだね。 しかもあたしんとこの仕入れ値の倍以上! こりゃリゼラちゃんも靡いちゃうワケだよ」
「……ちょっと見せてくれ。 ……これはっ……北街の裏組織へ武器を回してたのは、お前だったのか……こんな所から証拠が見つかるとはな」

 繰り返すが、ノクセラ草を売った、それだけならどんなに高値でも通常の取引だ。

 しかし、オジさまの様子を見るに、やっぱりそれだけじゃなかったらしい。

「ねえ? チョビ髭店主さん。 この、ノクセラ草を売った相手って、誰なの?」
「……ハルネ嬢、今それを問う必要も無い。 捕縛し、尋問にかければ分かる」
「ダメだよオジさま。 そしたらまたあたしに隠しちゃうんでしょ? 分かるよ、それくらい」
「…………」

 そう。
 罪になる取引が発覚した時点で、このチョビ髭店主さんはもう捕まっちゃうの確定だ。

 その結果、あたらしい情報が出てきても、たとえそれがあたしに関係してても。
 オジさまはきっとまた、あたしに伝えてはくれないんだろう。

 あたしの言葉に、押し黙って口を結んでいるオジさまを見れば、確信も持ててしまう。

「ねえ? チョビ髭店主さん。 ……ごめんね?」
「……ハルネ嬢、何を……」
「店主さんは確かにイケナイ取引してるかもしれないけど、帳簿見つけるのに必要以上に不安を煽らせちゃった。 怖かったよね? ごめんね?」

 昔、シャリエナを泣かせた事を思い出し、思わず口に出た謝意の言葉。

「でもさ、あたしにも事情があるの。 どうしてもこのノクセラ草の行方を追いたいの。 教えてくれないかな?」
「…………」
「っていうかさ、そもそもなんでそんな調達屋みたいな、不正な取引に手を出したの? このお店だって、確かに売り上げ少なかったけど、仕入の品数抑えれば、全然やっていけるわよ?」

 ちょっとした疑問が出て、つい聞いてしまった。
 話すきっかけにでもなればな、と、思ったからだ。

 でも、チョビ髭店主さんの口から出たのは、意外な言葉だった。

「……骨董品……アンティークってね……」
「えっ?」
「アンティークって…………高いんですよ! 仕入れ値も高くて! 状態が悪い事が殆どだし、そんなに頻繁に売れないし、しかもサイズの大きい物も多いしで、もう大変で……」

 店主さんの口から出たのは、意外な……苦労話だった。

「じゃあ、止めればいいじゃん」
「ウチだけなんですよ! これだけの骨董を扱ってるのは! 私が止めたら誰が! この素晴らしい骨董品たちを守るのですかっ!! なのに仕入れ値は高いし……儲けは少ないし……単価も高いから税金も沢山取られるし!」

 店主さんから漏れるのは、溢れるアンティーク熱と、税金への文句。

「う~ん、しょうもな…………でも、税金高いしね~。 仕入が高いって苦労も分かっちゃうわ」

 不正取引は悪い事だけど、同じ商店の店主として、同情する点も……無くは、ないかなぁ。

「う~ん、オジさま? なんとか罪を減らせない? ほら、ノクセラ草の行方も教えてくれそうだしさ」
「何をバカな事を……小悪党に同情など、必要無い」
「そんな事言わずにぃ、いいじゃないのさ。 ね? お願い?」

 気付くと、オジさまの袖にすがるようにしてお願いしていた。

 そして、ふと、自分のした仕草のあざとさを自覚する。


 ~~恥っっずっ!!


 こんなのあたしのキャラじゃない……
 でも女に二言は無いのだ。 もう押し通すしかない!

 覚悟を決めて、上目遣いでちょっとしなを作ったりなんかして、オジさまにさらに縋ってみる。

「ね? お願ぁい、オジさま~」

 耳まで赤くなってる自覚がある。

 う~……堪えろあたし!

「…………もし捜査に協力的ならば、司法取引というものがある」
「やたっ! 話せるじゃん! オジさま!」

 オジさまは変わらず仏頂面だが、ちょっと態度を柔らかくしてくれた。

 あたしのお願いが効いたのかな? そんなワケないか。

 なんだか憎めないこのチョビ髭店主さんへの同情が、伝わったに違いない。

「……「アルテノット男爵」だ」
「え?」
「……その、ノクセラ草とかいう薬草を売ったのは「エドリック・アルテノット男爵」だ。 私と同じアンティークの収集のツテで知り合って……錬金術にも詳しいようだった」

 司法取引という言葉を聞いて安心したのか。
 チョビ髭店主さんは、ついにノクセラ草の売却先を教えてくれた。

「アルテノット男爵……その人が……って、ちょっと待って? あたしのお母さんは?」

 てっきりノクセラ草を売った相手はお母さんだと思っていた。

 どういう事なの?

「?? さきほどお嬢さんが言っていたアイリス・サフランという人の事か? さっきも言ったが私はその人物を知らない」

 チョビ髭店主はそういうが、感情色を見ると……

――あれ? 疑問の白?

 だってさっきは混乱の……

「……ハルネ嬢、何か勘違いしているようだが、少なくとも調査局の見解では、キミの母親は事件とは全く関係ない」

 オジさまがそう断言する。

 オジさまの感情色は視えないけど……ウソをついてる感じじゃない。

 ……じゃあホントに?


 ……
 …………
 ………………なんだよ、もーっ!!

 言ってよっ! オジさまもっ!!

 ちゃんとそういうのは共有してよっ!

 だから調査局に乗り込んだ時に教えてくれたらよかったのにさっ!

 オジさまのバカっ! バカっ!

 ……じゃあ、さっきチョビ髭店主さんに聞いたときに見えた混乱は?

 ただ続けざまに質問を浴びせたからの混乱、って事?

 それも、もー! なんだよぅ!

 読み違えたー! エモパレも感情読むだけだからたまにあるのよこういう事!

 何が「エモパレは最強……」よっ!

 思いっきりドヤっちゃったわよ!

 うあー、恥ずかしい! 恥ずかしい!

 もう何も見たくない! 穴があったら入りたい!

 う~~~~…………

 

 ……
 …………
 …………って、ちょっと待って。

 じゃあどういう事?

 エドリック・アルテノット男爵って誰?

 全然聞いた事ない。

 お母さんが関係ないなら、なんでウチは営業停止なの?

 ノクセラ草とノクセリウムがカギってのは、オジさまから聞いたけど……

 じゃあノクセラ草の行方が分かった今って……

「もしかして、お母さんも関係なくて、それでノクセラ草の行方もちゃんと掴めた今なら、サフラン香房の営業停止も解けるんじゃないの?」

 あたしのそんな疑問の言葉を、
 オジさまは、なぜか真剣な表情でじーっとこちらに視線を投げたまま。

 ……なんにも答えてくれなかった。