西街の中通りを抜け、大通りから馬車に乗り、北街に近い住宅街。
人通りはまばらで、雨上がりの石畳が青空を照ら返すのを邪魔する影は少ない。
大きく重厚な建物が並ぶ中、比較的こじんまりとした、しかしそれなりの広さがありそうな中型店舗の前。
大きな木製の扉は重厚さを、壁に見える窓にはすりガラスが使われているようで、店内の明かりは見えるが中を覗くことは出来ない。
『ドルマール商会』
扉の上部に備え付けられた木製の古臭い看板は、どことなく値打ち高い高級さを醸し出していた。
店の前に立つのは二人。
一人は、癖っ毛がかった苺茶色の髪、ミモレ丈の明るい春色スカートを身に着けたややふっくらしたシルエットの若い娘。
もう一人は、長身痩躯、ブルーと黒の制服をパリっと着こなす年嵩の眼帯紳士。
ハルネとヴァルグレイ。
身長差どころか雰囲気も真逆のこの二人は、傍目にちぐはぐに見えた。
―――――――
「オジさまは、手伝ってくれないのね?」
「……ああ、私はサフラン嬢に同行するだけだ。 そういう立ち位置だと思ってもらいたい」
ケチ!
あと……
「オジさま。 サフラン嬢じゃなくて」
「…………」
「オジさま?」
「…………ハルネ嬢」
「くっ……自分で言わせておいてなんですけど、オッケーです!」
そう。
道中で、ついにオジさまにハルネ嬢と呼ばせることに成功した。
名前は大事。
名前を呼びかければ、それだけで親しくなった気がしてしまうものだもの。
あたし?
あたしはちゃんと「オジさま」と、親しみを込めて呼ばせてもらってるからいーの。
話を戻す。
なんでオジさまは、あたしに付いてくるだけで何もしないんだろう?
う~ん、調査局だってノクセラ草の行方が気になるはずなんだけどなぁ。
……って、そうか、ここがノクセラ草を売られたもう一つのお店、ってのは調査局もまだ知らないのかな。
「実は~、リゼラちゃんの農場から、サフラン香房の他にもう一つ、ノクセラ草を売ってた店舗があったんですよー。 それが、ここです!」
「それは知っている」
な、なにぃっ!?
どや顔で披露したあたしがバカみたいじゃないの!
しかし、いつの間に……調査局の名は伊達じゃないってことか。
「でも、調査はまだなんじゃないですか? リゼラちゃん農場を知ったのが昨日でしょ? だったら……」
「……そこはキミの預かり知らぬ事だ。 知る必要は無い」
「……あ~、まだなんですね、調査は。 だんだんオジさまの事が分かってきました」
言葉と裏腹に、オジさまの態度は分かりやすいのかもと、ここに来るまでに親交を深めた成果が着実に出ていた。
「もういいですよね? ちょっとは教えてくださいよ。 『ノクセリウム』。 ノクセラ草を原料にしてる薬、ですよね? 多分」
「…………」
ほら、図星な態度。
意外と感情色が視えなくても分かる。
ちょっと嬉しい。
「はぁ……『ノクセリウム』については、オジさまが言ったんじゃないですか、昨日。 で、次の日に営業停止だもん。 あたしだってそれくらいの想像は付きますよ?」
「……分かった。 確かに『ノクセリウム』という違法薬があり、それはノクセラ草を特殊な調合をすると出来る代物……それくらいは伝えておこう」
「やっぱり……」
やっと確認がとれた。
「……ただ、昨日、キミの店を襲った男からはノクセリウムは検出されなかった。 そして、ノクセリウムは「感情を増幅する薬」だ。 今、伝えられるのはここまで、だ」
「ヒョロキモはノクセリウムを摂取していなかった……そしてノクセリウムは感情を増幅する薬……」
全然分からない。
どういう事なんだろう。
でもやっぱりノクセラ草は関係してる事が分かった。
今はそれでいい。
ノクセラ草のもう一つの行方を追う。
それがここに来た目的。
「ねえ、オジさま。 ノクセラ草が関係してるのは分かってたけど、サフラン香房が疑われてるから営業停止なんでしょ? ノクセリウムを作ったって」
「…………」
オジさまは腕を組んで目を瞑り仏頂面のままだ。
う~ん、これは、どっちだ?
「だったらここで、はっきりノクセラ草の行方が分かって、そっちでノクセリウムが作られたって証拠が出てくれば、営業停止は解けるって事、じゃないの?」
「…………」
眉がピクっと動いた。
あ、それっぽい。
それが分かれば十分だ。
「オーケー、オジさま。 じゃあ入りましょう」
いざ、ドルマール商会へ!
―――――――
重厚な木製の扉は、想像通り重かった。
入ってすぐに鼻先をかすめるのは、微かに甘く乾いたオイルと古い家具の匂い。
棚には、国も時代も違いそうな、多くの骨董が見てとれる。
巻物?や煤けた金属細工のランプ?など、値段の想像が付かないようなモノが、所狭しと並んでいる。
床は石造りだが、小綺麗な絨毯が動線上に敷かれている。
壁にはよく分からない絵や、大きなツボ、装飾的な薬壺もあり、あたし好みの綺麗な香水瓶も、手前のテーブルに鎮座していた。
奥の飾り棚には、値打ちの分からない色んな素材の懐中時計が掛けられ、会計机の隣には高そうな万年筆がズラリ。
ざっと見た限り、店主の姿は無い。
とりあえずどんなお店を知ろうと少し歩き回る。
精巧な船の模型や、飾りのついた洋服箪笥。
ガラス戸の付いた大きな飾り棚の中には、お酒がびっしり並んでいる。
どうやらこのお酒も売物みたい。
……あっ、このお酒、香房でも使ってるヤツだ。
調合に使うだけだから、お店には出してないんだけど。
とにかく雑多で物が多く、統一感も無い。
あたしの第一印象は、いうなれば骨董品ドン〇ホーテ。
そこそこ広い店内を一周すると、オジさまは壁に掛けられた銀の懐中時計を眺めていた。
そういえば、オジさまは懐中時計を持っていなかったっけ?
調査局の支給品なのかな? それとも私物?
こっそりでは無いけど、オジさまの横顔をジっと眺める。
ちょっと目がキラキラしてる気がする。
男の人って、こういう古びた趣味アイテムとか好きそうだもんね。
ちょっとカワイイかも……
それにしても……
あ~、やっぱり顔がイイ。 好きな顔。
刻まれた皺が深い人生経験を思わせる。
横顔も好き。 渋い……尊い……
自分の頬と視線が熱くなるのを感じる。
う~、いかんいかん!
これからエモパレ全開の尋問を始めてやろうかって時に。
頭を振って切り替える、すると店の奥の階段から、店主らしき男が下りてきていた。
「おや、いらっしゃいませ。 ドルマール商会へようこそ。 何かご入用で?」
小太りでちょび髭のその男が、おそらくドルマール商会の店主だろう。
古びたアンティークに囲まれたこの店にしては、着ている物が新しく派手で、あまり似つかわしくない。 質も値段も高そうだ。
リゼラちゃんが言ってた「成金」って表現はちょっと分かる気がする。
店主の感情色は、
――フラットだ。 ちょっとだけ好奇の黄色系が見えるかな?
波も無いし温度も感じない。
普通のお客さんとして見てるみたい。
さ、こっからだ。
バトルじゃないけど……戦闘開始!
瞳への意識レベルを上げ、エモパレ感度を上げる。
「こんにちは、店主さん。 ステキなお店ですねー。 ちょっぴり黴臭いけれど、歴史がありそうなモノばかりで……ロマンを感じます!」
「分かりますか、お嬢さん! ええ、そうなんですよ。 ここまでの品を揃えているのはウチくらいなもので……」
よし、掴みはOK!
世間話から入るのは基本中の基本。
ふとオジさまの方を見ると、いつの間にか壁掛けの懐中時計を見るのを止め、腰の剣柄に手を当て、こちらを鋭い眼つきで眺めている。
……相変わらず感情色は視えない。
「この小物入れも、飾りがとっても綺麗。 新しそうに見えるけど、実は年代物なんですか~?」
「お嬢さん、見る目がありますな! ええ、これは、かの大陸の王の后が使っていたという曰く付きの品でして……」
……………
「この薬箱もね、さる貴族からの流れ物でね。 仕入れは随分と高くついたが、我ながら良い買い物をしたものだと……」
「へぇー、そうなんですねー」
しばらくチョビ髭店主の話に付き合っていたが、タイミングよく薬に関連する話が出てきたので、機はここだと、本題を潜り込ませる。
「この薬箱、デザインも良いし、あたしのお店でも使ってみようかなー。 ノクセラ草を入れるのにぴったり!」
「……ノクセラ草?」
しまった。 ぶっこみ過ぎたか?
誘導尋問なんてやった事なくて、加減が全然分からなかった。
どうしよう、と悩んでオジさまに助け船を貰おうとそちらを振り返ると、仏頂面で我関せずの態度だ。
やっぱりオジさまって態度が分かりやすい人だ。
う~ん……どうせ色々聞かなきゃなんだし、もういいか。
「実はあたし、南街のサフラン香房というお店の店主やらせてもらってるハルネ・サフランと言います。 ウチの店で使ってるノクセラ草が足りなくなっちゃって、こちらでいっぱい仕入れたって聞いたんで、少し買い取らせてもらおうかな、と……」
一応、目的はボカす。
すると、みるみるチョビ髭店主の感情色が、
――訝しみのブラウンで染まっていく。
「……ノクセラ草、ですか?」
「ええ、そうなんです」
「……なんです? それは。 見ての通り、ウチは酒は少し売っているが、骨董がメインで、薬草なんて全く知りませんよ」
……うん?
もちろん、ウソだ。
チョビ髭店主の感情色は、
――疚しさの菫色に悪意の黒灰が混じっている。
これはウソをつく時の独特の色。
「あれー? おっかしいなー。 確かにここに売ったって聞いたんですけど……」
「ま、全く知りませんよ? な、何かの間違いなんじゃ?」
あ~、この人、取り繕うのが下手な側の人だな。
ちょっと詰めよっただけなのに、焦りがあからさま。
エモパレを使うまでもなく、ウソついてると分かる。
「またまたー、沢山あるんでしょ? ちょっとくらい売ってくれてもいいじゃないですかー?」
「い、いや、だから、知らないと……そういった用なら帰っていただけますかな?」
チョビ髭の下の唇が、わずかに震えている。
煙たがられちゃった。
でも、強欲の感情色が出てこない、って事は独占が目的でもなさそう。
どういうことだろう?
別に、ノクセラ草自体は違法でも何でもないんだから「もう売っちゃったよ」で済ませばいいもんだと思うんだけど。
なんで知らないなんてウソつくの?
もうちょっと踏みこんでみようかな……
「店主さん。 『ノクセリウム』って知ってます?」
「?? なんです? それは。 そのノクなんとかも知らないよ。 とっととお暇願えますか?」
これは……知らないね。
――疑問の色で染まった。
もし知ってたら隠そうとして疚しさの色が滲み出るはず。
って事は、やっぱり買ったノクセラ草は誰かに流したんだ。
「もう一つだけ! 『アイリス・サフラン』知ってますよね?」
「は? 誰だそれは? 名前からしてアンタの家族か? 知らんね、そんな人も」
――感情色が少しブレた。 これは混乱の気配だ。
やっぱり知ってるんだ。
「アイリス・サフランはあたしのお母さんです。 お母さんに流したんでしょう? ノクセラ草」
「?? 何言ってるんだ? だから知らないと何度も言ってるだろう。 さっきからワケの分からない事ばかり……」
――混乱の色が強くなる。
でも図星って訳じゃないみたい。
だからお母さんに直接流したという確証は取れない。
どういう事だろう?
一旦お母さんの事は置いておくとして。
ちょっと整理してみる。
なんでノクセラ草を隠すの?
ノクセラ草自体は違法品でも何でもないんだから「売っちゃってもう無い」で良いハズ。
でも、ノクセリウムは違法薬だってオジさまは言ってた。
だから「ノクセリウムを作ってるから仕入れたのを隠したい」んだったら分かる。
でもノクセリウムの事は全く知らないみたい。
そもそも、リゼラちゃんから一番最初にこのお店の事を聞いたときは、薬草店とか食料品店みたいのを想像してたのに、ドルマール商会はどうやら本当にアンティーク主体の骨董品屋のようだ。
違和感がある。
……ノクセラ草を売った事自体を隠したい?
そんな意図を感じる…………つまり売上を隠匿したい……あっ。
その時、あたしの商人としての勘がピーンと働いた。
このお店って、商品の単価も高いし、全然繁盛してるように見えない。
ついついクセで、あたしだったらどう売るかみたいな、お金の流れを考えてるからピンときた。
つまり、ノクセラ草を売った事実というより、売った利益を隠したいんだ。
だとしたら確認したい事がある。
そのためには……
「オジさま! ヘイ、カマン!」
振り返り、オジさまに呼びかける。
オジさまは、無表情ながらもあたしの呼びかけに応えてこっちに来てくれた。
やっぱり優しい。 好き。
チョビ髭店主は、オジさまの登場にあからさまにビビっていた。
一瞬で感情色が――恐怖の藍色に染まる。
オジさま、背高いもんね。 眼つきも鋭いし眼帯だし。
……こんなにステキなのにな?
あと、あたしは気付かなかったけど、オジさま、気配消してた?
チョビ髭店主さん、――驚きの感情色も混じってるよ?
オジさまに耳打ちしようと口に手を当てた所で、多大な身長差がそれを阻んでいた事に気付く。
でもオジさまは察してくれて、あたしの口元まで顔を下げてくれた。
近い近い近いっ!
思わず近距離に迫ったオジさまのお顔に、そして漂う異性の良い香りに、ふいにあたしは挙動不審になった。
「お、お、お、お、お」
「……落ち着け」
少し離れて深呼吸する。
オジさまは、それをちゃんと待っててくれる。
優しい。 好き。
「……お、オジさまは、やっぱりあたしの調査は手伝ってはくれないのよね?」
あたしの心臓と呼吸が落ち着いたのを見計らって、オジさまに耳打ちする。
「……そうだ」
「……でもさ、違法な事を見つけちゃったらさ、オジさまだって現行犯で動かざるを得ないんじゃない?」
「……それはそうだが、ノクセラ草自体は違法な物ではない」
「……えっとね、実はピンと来た事があって…………ごしょごしょ……」
思いついたことを共有し、オジさまと短くサッと打ち合わせをする。
「……それは、本来は第二調査局の管轄では無いのだが……」
「……いいじゃないのさ! オジさまもちょっとは手伝ってよ! ノクセラ草の行方だって追ってるんでしょ? ここで分かるかもなんだよ?」
「…………」
ふぅ、とため息を漏らすとオジさまは離れていった。
どうやら了承してくれたみたい。
「ねえチョビ髭店主さん?」
「チョビ髭……なんです?」
もうかなり警戒されちゃってるけども。
「あたしの後ろにいるの、制服見れば分かると思うけど、実は第二調査局の副局長さんでね? 調査のために、このお店の仕入台帳を見たいんですって。 いいわよね?」
「な!? 何を言い出すかと思えば……ダメに決まっているだろう!」
怒号を飛ばすチョビ髭店主に、ビビったふりをして、オジさまの後ろに隠れる。
「…………」
「うっ……」
オジさまは何も言わず、ただチョビ髭店主を見下ろしている。
何も言わないで協力してくれるのは、強権の乱用を避けるという建前と、あたしのためだろう、と思っておく。
「いいじゃないですか? 別に疚しい事は無いんでしょう?」
感情色は、疚しさの色でいっぱいなのは知ってるけどね。
「くっ……え、ええ、いいでしょう。 調査局に睨まれるような事はしていないんだ。 今、台帳を持ってきます」
「ちょっと待って。 台帳があるのは執務室でしょう? 目の前で確認したいの。 一緒に執務室まで行かせてよ?」
「なっ……何を、この小娘っ!」
キャーっと、再びオジさまの後ろに隠れる。
へっへーんだ。
こっちには鬼のヴァルグレイがいるんだぞぅ?
「…………」
オジさまが、再び黙って睨みを利かせてくれる。
「うっ……くっ、分かりました……どうぞ……」
やった! 上手く行った!
我ながら、ちょっと汚いかもとも思うけど、こっちだってお店が、サフラン香房の興亡が掛かっているのだ!
奥の階段から、あたし達3人は2階にある執務室へ向かう。
「……上手くは行ったが、何を見つける気なんだ?」
オジさまが道すがらチョビ髭店主に聞こえない声で尋ねてくる。
――強がり、不安、焦りの混合色が、どんどん増してくるチョビ髭店主。
それを見て、あたしは確信を深めた。
「……決まってるじゃん。 それはもちろん……『脱税』の証拠!」
