【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―


「シャリエナ。 実はあたし、人の感情が読めるの」
「またお姉ちゃんがよく分かんない事言ってる……」

 呆れてる。
 感情色の魔眼で見るまでも無い。
 見るからに、あからさまに、呆れてる。

「本当なの……ってちょっと待って。 ”また”って何?」
「いつものことじゃん。 一昨日もパン屋さんで「クロワッサンは軽いから0カロリー」とか意味わかんないこと言って」
「? 違うの??」
「そんなワケないじゃん!」

 時は夜。
 どのご家庭も夕食を済ませ、誰もがまったりしているこの時間。

 あたしこと、ハルネ・サフラン。
 ちょぉっとだけぽっちゃりしてる普通の商家の娘。

 そして妹の、シャリエナ・サフラン。
 愛らしくて可憐な、まさに美少女オブ美少女。

 あたし達はいつものように、くだらない会話を重ねていた。

「シャリエナ。 実はあたし、人の感情が読めるの」
「はいはい、そうですね」

 全っ然真面目に取り合ってくれない。
 まぁ正直に言うと、さすがにそのまま信じてくれるとは思っていなかった。

 でもこないだ、ふと思ったのだ。
 誰かに相談できたらな、と。
 身近で仲の良い妹のシャリエナはうってつけだった。

「あたしってほら、分かったような口調で誰かを注意する時あるでしょ? アレってさ、実はそういうコトなの」
「確かにお姉ちゃんは妙に勘がいいなー、とは思ってるけど」

 そう言ってお茶をすするシャリエナ。

 満腹で満たされた夕食後の、家族の時間。 
 家族…………ん?

「そういえばお母さんは? 朝に見たきりだけど」
「もう寝てるんじゃない?」

 相変わらずかぁ。

 あたし達の目の前には、シャリエナの入れた特製ハーブティー。

 それに、あたしの焼いたマドレーヌが1つずつ。
 マドレーヌも、美味しいからカロリーは0。

「で、ココロが読めるからどうしたの?」
「ちょっと悩みがあってさ」
「何? ニンゲンのココロは汚い! 醜い! みたいな?」
「ふふふっ……そんなコトで悩む時期はもうとっくに過ぎたわ」

 人は必ずウソをつく。
 ウソをつかない人なんかいない。
 あたしだって例外じゃない。

 そして、確かに笑顔の裏に隠した悪意に怯むことはある。
 でも、人間ってみんなそんなもんだもの。

 男も、女も、大人も、子供も。
 ついでに言えば、あたしは人から見下されるのも慣れちゃってる。

 だって見てよこの体型……
 って、言ってて悲しい。 やめやめ!

 とにかく今更さ、人の悪意に過剰に傷つくほどウブじゃないってコト。

「お姉ちゃん、図太いとこあるしね」
「太い?」
「ああ違う! ええと、『大らかなところ』あるじゃない?」
「そうね。 自分で言うのもなんだけど、なんでも受け容れる方だと思うわ」
「……めんどくさー」
「何か言った?」
「なんにも。 で、悩みって? 男の人にモテたいとか?」
「確かにそれも悩みだけど」

 モテたい……か。
 ふっ、諦めたのは、もう随分昔の話ね……
 って、言ってて悲しい。 やめやめ!

「お姉ちゃん好みのオジさまが見つかったとか?」
「あ~、ね~、それね~。 どっかにいないかなぁ、あたしの理想のオジさま……」
「お姉ちゃん、年上好きだもんね。 そんなにいいかなぁ?」
「アンタの筋肉趣味よりマシよ」
「なんでぇ? いいじゃん! 筋肉!」

 どっかにいないかなぁ……

 銀髪で、背が高くて、渋くて、強くて……
 ううん、そんなの贅沢だ。
 あたしを選んでくれればそれだけで幸せ……って!

「違うわよっ! そういう話じゃなくて!」
「違うの?」

 あやうく本題がすっ飛ぶ所だったわ。
 ふーやれやれ。

「実はね、すっきりしないことがあって」
「すっきりしないこと?」

 やっと本題。

「そうなの。 どうもコレが決まらないと、収まりが悪いっていうか……」
「(ズズっ) ふーん」

 この子……まあいいわ。

「で、それが何かって言うとね」
「何?」
「それは…………名前よっ!」
「名前?」
「そう。 この能力(チカラ)の名前。 自分でも考えたのよ? でもなんかしっくりこなくてさ。 だからシャリエナの意見を聞きたいなって」
「ココロを読む能力だっけ?」
「そう。 正確には感情の色が見えて、温度を感じるの」
「色ねぇ……」
「でさ。 あたしが今からキメポーズとその技名を言うから、それを見て感想が欲しいの」
「うん、つまりそれを見て欲しかったのね……」
「……行くわよ」

 そう言ってあたしは椅子の上に立ち上がる。
 なんだかギシギシ鳴ってるが気にしない。

 そして、シャリエナに背を向け……
 振り向きざまに右手の中指と薬指を折り曲げ……
 その手を目にかざしポーズをとるっ! (キラっ!)

「見抜け! 感情色の魔眼(センチメンタルビジョンアイズ)!!」
「…………」

 ふふふ、呆れているわね。
 呆れている顔だわ、シャリエナ。

 しかし、お姉ちゃんは知っているのさ!
 あんたが……こういう厨二のノリが好きな事を!

――仄かに熱を帯びた、タンポポ色の感情色。

 紛れもなく憧れの感情よっ!
 証明終了ッ!

「ふ、ふーん。 ま、まぁ、いいんじゃない?」

 ふふふ、認めたね。
 ……危ないから、早々に椅子から降りる。

「でもさー」
「なに?」
「「ビジョン」と「アイズ」って「映像」と「目」でしょ? 意味が被ってない?」
「ぐはっ! そこに気付くとはさすが我が妹……」

 よよよ、と大げさにうなだれてみる。

 でもそうなのよね。
 そこはあたしも気になってて。
 一人じゃさ、なかなか考えるのも限界があるのよね……

「感情の色が見えるんでしょ? 色なんだから、オシャレに「パレット」とかどう?」
「っ! いいわね! それいただき!」
「「センチメンタル」っていうのもちょっと違わない? 例えば感情なんだから「エモーション」とかにしてみてー……」
「うんうん! いいわねいいわね!」

 さすが我が妹よ……
 幼い頃からセンスを鍛え上げてきたかいがあるわ。

 もう一度軽くポーズをとってみる。

――ババっ!

「感情色の魔眼(エモーションパレットアイズ)!」

 きらーん! 決まったぁ!


「略して「エモパレ」ね!」

 うん、気に入った!

「エモパレ……はどうかと思うけど、うーん、でも響きは可愛らしいし……」

 シャリエナは納得いかないみたいだけど、あたしはとっても気に入った。

 エモパレ!

「あと、ポーズとかも、もうちょっと凝ってみたら? 左手は腰に手を当てたりしてー……」
「そうね! (バッ!)エモパレっ! こうかしら?」

 いやー、相談してよかった~。
 絶対好きだと思ったよ。
 あたしたち姉妹だもんね、似るよね。
 やっぱ持つべきはシャリエナだね。

 こうして、まるで厨二男子のような……
 仲良き厨二姉妹の夜は、きゃいきゃいと更けていく。


 あ~、楽しい。


―――――――


 ……この夜は、まだ楽しかったんだ。

 シャリエナとキャッキャして、お母さんもいて、香房も無事でさ。
 この後、あたしの人生がどうなってしまうかなんて、想像もしてなかった。

 あの事件もそう、オジさまとの出会いだって……

 何もかもが、ぜーんぶ、変わっちゃった。


 ……とにかくさっ!

 きっとこの夜から、
 感情色の魔眼(エモパレ)って名付けたこの夜からさ、
 お店と家族しか頭に無かった、あたしの物語は始まった。

 異能なんて言っても、それっぽい感情が読めるだけのちょっと便利なモノ。

 今でもそんな風には思ってるけど、

 エモパレは……


 それだけじゃなかったのさ。