【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―


 しばらくして、部屋の中には、泣き疲れたハルネの呼吸だけが、静かに残っていた。

 窓の外では小雨がまだ、コトコトと軒先を濡らしている。
 どこからか土の匂いがふんわりと漂ってきて、さっきまで火照っていた頬が少しだけ冷えた。

 ハルネは鼻をすすって、リゼラから離れる。

 お互いに、酷い顔だとばかりに微笑み合う。

 ハルネはリゼラを、リゼラはハルネの目元の涙を、お互いに拭う。
 くすぐったい感触。

 リゼラは、赤くなったハルネのふくふくの頬を引っ張ると、ムニムニグニグニ動かす。

 「やめへよ」と呟くハルネが、リゼラにはおかしくてたまらなかった。

 そうやってじゃれ合っていると、二人には聞き慣れた音がそれを中断させた。

――グ~~

 ハルネのお腹の音だった。

「お腹ふゅいは……」
「ふふ……あははは! ハルネらしい。 ご飯、あるよ。 一緒に食べよっか」

 そう言ってリゼラちゃんが用意してくれたのは、サンドイッチとミルク。

 冷めてしまったミルクを、リゼラちゃんはあたらしく入れ直してくれた。

「実はこのサンドイッチ、あたしと父さんのなんだけど、この雨だし、もう来ないだろうから食べちゃおう?」
「いただきます」

 遠慮はしない。
 友達の間でそんなものは存在しない。

 そもそも差し出されたモノは、あまねく頂くのがあたしのスタイルだ。
 相手はあげて嬉しい。
 あたしは貰って嬉しい。

 Win-Winだ。

 まずはミルクをいただく。
 ふわっと漂うスパイスの香り。

「ん! シナモン!」
「そうそう。 ハルネに教えてもらってからハマっちゃってさ。 最初は香りが強くてアレかなと思ったんだけど……」
「うんうん、わかる。 この香り、クセになるよね」

 続いてサンドイッチ。
 日本の三角サンドと違って、こちらではいわゆるパニーニと呼ばれる、バゲットを使った大きなサンドイッチだ。
 美味しそう。

「こっちもいただきます」

 焼き目がついているが、当然温かさは維持できていない。
 しかし冷めてても全然美味しい。

 歯ごたえとボリュームばっちりのサンドイッチの中身は、ベビーレタス、トマト、このしょっぱさは生ハムかな? そして大きなチキン。

 濃い目に味を付けられたチキンと生ハムが、トマトとレタスに中和され絶妙なハーモニーを醸し出す。

 さあ、著名なグルメ評論家、ハルネちゃんの点数は……
 10.0点! 満点です!

「ほぅ……美味しいよぅ……」
「相変わらず美味しそうに食べるね、ハルネは。 でも大丈夫? それ、父さん用だから結構な、ボリューム……って心配なさそうね……」
「うまし! うまし!」

 あっという間に巨大サンドイッチをペロリと平らげ、シナモンミルクを一啜り。

 大変おいしゅうございました。

 ポルテのおじさんには借りとしておこう。

「もうちょっと無い?」
「もう食べちゃったのっ!? で、まだ食べるのっ!? …………う~ん、買い置きのロールパンと、リンゴはいっぱいあるから食べていいよ」
「やたっ! キッチン借りるね」

 勝手知ったるリゼラ’sキッチン。

 ロールパンも大量のリンゴもすぐ見つかった。
 ナイフも勝手に拝借し、鼻歌交じりに林檎を剥く。

 ふん、ふん、ふふーん……
 

……………


「はい、リゼラちゃんの分も切ったよ。 皮付きうさぎリンゴちゃん」
「うん、ありがと……って! 細かっ! このうさぎリンゴ! 胴体と手足まで彫ってあるじゃない!」
「なんかはずみが出ちゃって……」
「相変わらず器用というかなんというか……」
「いいじゃないのさ。 さ、遠慮せず食いねぃ」
「アタシんちのリンゴなんだけど……」

 シャリっと一口。
 あ~、甘い。 美味しい。

 この異世界でもここまで甘い林檎は珍しい。

 市場での店売りは大抵スッパイ。
 アレはアレで使い道があるのだけれど、そのままデザートとして食べれるレベルなのは、あたしの知ってる近辺ではリゼラちゃんちのだけ。

「そういえばリンゴといえばさー、こないだ市場で……」

 ロールパンとリンゴをかじりながら、そんな他愛無い話を振る。

 そうして、リゼラちゃんもサンドイッチを食べ終わるまでの時間。
 ぽかぽかと温まる心で過ごす事ができた。


―――――――


「はぁ……なんだかお腹いっぱいになったら、すっきりしてきちゃった」
「そりゃ、あんだけ食べて、あんだけ泣けばね……」

 二人で他愛ない話をしながら食べ終わった時には、さっきまであれほどいっぱいいっぱいだった感情が、すっきりすっかり戻ってきてしまっていた。

 やっぱりお腹が空いてるのは良くない。

 そういえば朝も急いでギルドに向かったから、朝ごはん、食べてない。
 本当に良くなかった。

「で? 何があったのか、説明してくれるんでしょ?」
「いやいや、聞くも話すもお恥ずかしい話でございまして……」
「あんだけ泣いといて今更何言ってんの?」
「さすがゼラちゃん……容赦ない」
「……もちろんハルネが無理ならいいんだよ? でもさ……」
「ううん、話すよ。 ちゃんと話す」

 ついでに、ここで情報の整理をしておくのもいいかなとも思った。

「まず、昨日リゼラちゃん農場を出た後、見えないストーカーに追い詰められて~」
「ちょっと待って! いきなり何!?」
「ごめん、ウソです。 ちょっと大げさに言いました」

 改めて、昨日の見えないストーカー事件をリゼラちゃんに話す。

 あたしの一人相撲だったのか、シャリエナが言うように本当にいたのかは、未だ分からない。

「ふーん……ハルネの勘が妙に良いのは知ってるけど……」

 頬杖を突きながら、割と真剣に聞いてくれるリゼラちゃん。

 あたしのエモパレの事は、話した事はあるはずだけど、やっぱりまともに信じてはいないみたい。
 ……あるいは忘れてるか。 リゼラちゃんなら有りうる。

「勘違いじゃないとは思うんだけどなぁ……で、入り組んだ所にある教会で、一人で落ち込んでたら神父様が慰めてくれて……知ってる? 噴水から中通りのちょっと外れた所にある教会」
「う~ん、行ったことないね。 神様とかそんなに信じてないし。 それで?」
「神父様と話してたら落ち着いて元気出てきてさ。 そうそう、コレ貰ったの」

 そう言ってリゼラちゃんに、首にかけてるロザリオを見せる。

 なんとなく今日は付けておこうかな、と朝から付けていた。

「ハルネにしては珍しいデザインのモノを付けてるとは思ったけど……そういう事ね」

 普段はケープを羽織ってるから、下にこういうちょっとゴテっとしたものは付けない。
 けれど、なんだか今日はお守りになるような気がして……

「そいでね、遅くなっちゃったけどお店に帰って、そしたらシャリエナが飛び上がって……」

 そこからヤバイ客……ヒョロキモが来るまでの事を話す。

「アイツ、以前にも来た事あったけど、あんなキモチワルイ客だと思わなかったよ。 シャリエナが口を付けたカップを見て「グフフ、シャ、シャリエナちゃんは、く、唇も、か、かわいらしいんだね……」って」
「キモっ! ハルネのそいつの真似も気持ち悪いよ!」
「それ聞いてさすがのシャリエナもフリーズしちゃってさ」
「あの子が固まるなんて相当よ……」

 もちろん、リゼラちゃんとシャリエナは面識もある。
 昔はよく一緒に遊んだものだった。

「アイツ、キモくてヒョロいだけじゃなくてケチだしさ。 最悪だよ、ホントにもう……ってそうじゃなくて。 そしたらね、急に感情が膨れ上がって」

 今思えばおかしい。

 最初から情緒がおかしかったのは確かだけど、なんで急にキレたんだっけ?

「シャリエナに向かって買ったカップを投げつけてきて! さすがのあたしもキレちゃって」
「えっ! シャリエナは大丈夫だったの!?」
「うん、なんとか間一髪で躱せてね。 そこからそのヒョロキモの撃退作戦よ」

 「お客様!お帰りはあちらです!フォーメーション」の話だ。

 何度か使った事はあるけど、あんなに本格的にいっぱい使ったのは初めてだった。

 あたしは、いかに華麗に可愛くかっこよく活躍したのかを、過剰に盛って話す。

「……そこであたしのシールドステッキに仕込んである爆裂火炎魔法が火を噴いて!」
「ちょっと待って! アンタいくらなんでも盛りすぎよ!」

 ステッキをヒョロキモに向けたフリをしながらのあたしは、リゼラちゃんの制止に我に返る。

 しまった調子に乗り過ぎた。

「すいません、盛りました……でもね、ちゃんと作戦が功を奏したのはホントなのよ」
「……うん、信じるわ。 それで?」
「スライムトラップで制圧して、シャリエナが煽ったらさ、それまでヒョロヒョロのキモキモだったヤツが、急に筋肉ダルマお化けになって……」
「ちょっと待って! 盛りすぎよ!」
「ううん、盛りすぎじゃないの。 これは本当なの」

 どう考えてもおかしい変貌。 

「棒の一振りでお店の床も簡単に壊してくれちゃってさ。 それであたしまたキレて。 でもなんだかんだとお店の秘密兵器で、そいつはぶっ飛ばしたのよ」
「……ハルネも大概やるわね」
「シャリエナとハイタッチまでしちゃってさ。 安心してたら、そいつまだ動けたみたいで。 ナイフを構えて突進してきて……あたしはシャリエナを突き飛ばすのが精いっぱい、で……」

 思い出すと今でもゾッとする。

 あの時は本当に諦めた。 生きる事を。

 リゼラちゃんは黙って話の続きを待っている。

「ああコレは死んだ、と思った。 正直諦めた。 また死ぬんだって。 走馬灯まで浮かんじゃってさ……」
「……うん」

 深刻な表情で、真剣に話を聞いてくれるリゼラちゃん。
 ホントいい子だ、この子。

「そしたらさっ! 助けてくれたの! オジさまが!!」
「……あー、なるほどねー」
「髪型は無造作っぽく見えたけど上品でー、灰銀色でー、渋くて―、背も高くて―、40……ううん、50歳近いかなぁ。 琥珀色の瞳が本当にキレイでー」
「その人に惚れたのね」
「………………ううん、嫌い! オジさまなんか嫌い!」
「そ、そう…………で、それで? それからどうしたのよ?」
「そうそう、それでね」

 二人の調査局捜査員が、たまたまサフラン香房を尋ねたのが運が良かったらしい。
 その辺りの話もする。

「第二調査局……聞いた事あるよ。 第一が窃盗とか傷害とかを管轄してて、第二が知能犯、詐欺とか政治犯みたいのを管轄してる、みたいなのをお客さんから耳にしたことあるね」
「そうなんだ……」
「「鬼のヴァルグレイ」の噂もね。 そっかー、ハルネが惚れたのはその鬼の副局長かー」
「…………」

 オジさまの事を考えるとなんだか切なくなる……
 ……ううん! やっぱり嫌い!

「で? ノクセラ草の事を聞きに来たんだっけ? なんでまた?」
「分かんない。 なんだっけな――「ノクセリウム」。 オジさまからも、ギルド長からも、この単語を聞いた。 多分、それがなんかの事件に関わってる感じなの」
「「ノクセリウム」……聞いた事ないね」
「聞いた感じからして、多分ノクセラ草を原料とする薬なんだろうって思うけど……」

 リゼラちゃんの感情色を視ても、やっぱり何も知らないみたい。

「でもさ、調査局の人達さっさと帰っちゃって。 で、翌朝……今朝、お店見たらさ、ギルド名義で「サフラン香房は営業停止!」って通達出してきたの!」
「えっ! なんでっ!?」
「分かんないよ……だからそれをギルド長に問い詰めたら、調査局の圧力だって。 それで、調査局に行って……」

 冷たくあしらわれた。

 そして、営業停止について何も教えてくれなかった旨を話す。

「そっか……だからハルネは……」
「…………」

 あの時のオジさまの事を思い出すと、胸がぎゅうっと苦しくなる。

 ……ううん! あたしはオジさまの事なんてなんでもないんだから、そんな風に思うのはおかしい!

 二人で揃って一旦ミルクを一口。
 同じ動作でカップを下ろす。

 蜂蜜の甘みとシナモンの香りが、お話の余韻として広がった。

「それで今に至るのね。 で、なんでハルネはアタシんとこ来たの?」
「実際にノクセラ草作ってるのはゼラちゃんとこじゃん、って思って。 あとは特に、考えずに……うん?」

 なにか引っ掛かった。
 それだけだっけ?

「……ふーん、そっか。 なんでサフラン香房を営業停止にしたんだろうね」
「うん。 それをね、ちょっと考えたんだけど、やっぱりノクセラ草しか考えられないのよ。 ノクセラ草を扱ってる店ってのは珍しいらしくて、あたしの店だけって言ってたし」

 やっぱりそれしか考えられない。
 オジさまとレルガさんが聞いてきたタイミングがそれを物語ってる。

「ウチも扱ってるよ?」

 何の気なしにそう答えるリゼラちゃん。

「え?」
「だから、ウチも扱ってる……というより、ウチが生産してるんだけど、ノクセラ草」
「うん、知ってるよ?」

 何が言いたいのだ。 リゼラちゃんは。

「なんでサフラン香房だけ営業停止なの? ノクセラ草が原因だったら、まずアタシの農場じゃないの? 営業停止って」

 え?

 え?

 ……あれ?


 …………たしかに。