「エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―」


 サフラン香房を巡る騒ぎが、ようやく終わった、その夜のこと。

 すっかり闇色に沈む街の一つ、魔石ランプの灯る明かりの見える窓辺の一つ。
 サフラン香房の二階、ハルネの私室に灯るランプの明かりが、じんわりと窓の木枠を明るく照らす。

 室内の中央、小さなテーブルを挟んで姉妹が向かい合って座っていた。

 ハルネは、真剣な眼差しでシャリエナの手を取り、指先をそっと見つめている。

 テーブルには彼女のメモ帳と思しき冊子、それに細工道具とネイルチップ。
 試作品とおぼしき小瓶や刷毛、ジェル状のポーションが整然と並べられていた。

 内側から覗く、彼女の部屋の窓辺には、ハルネの趣味であるエモパレポーションがずらりと並び、色とりどりの瓶が微かな蛍光のゆらめきを見せている。

 薄紫色のカーテンには、数枚の押し花が吊るされている。
 つい先日、姉妹で素材採取に草原を歩いたときに摘んだものだ。
 ガラス板に圧された花びらが、ランプの灯にほのかに透ける。

 端に置かれた大きなベッドが、彼女の生活の匂いを色濃く彩る。
 物は多いがどこか整然とされた部屋。

 食事も終わり、掃除は明日に、という事で隙間のように空いた時間。

 じゃ、新開発商品のネイルチップを試そうか、という姉妹の会話から新たな物語は始まる。


―――――――
 

「まずは、このヤスリで……うぷっ……爪を磨いていくの」
「ふーん……って、お姉ちゃん、食べ過ぎだよ」
「だってお腹空いてたんだもん……」

 母がシチューを作っておいてくれて助かった。
 とてもじゃないけど、夕食を作るようなテンションにはなれなかったよ。

「それにしてもー……」
「うん?」

 あたしは、いっぱいのお腹をちょっと気にしながら、シャリエナの手を取り、爪を磨く。

 ……むむ、やっぱり楯鮫の皮はキレがいい。
 微細ヤスリに使えるんじゃないかと思って、手に入れておいてよかった。

 とっても綺麗に磨ける。
 ほんのり生臭いけど……

「調査局の人、あっさり帰っちゃったね」
「そうね。 あれだけ店を破壊されたんだから、もうちょっと何かあっても良さそうなのにね……」

 なんだか思わせぶりに「このサフラン香房は狙われているかもしれない」なんて言ってたけど、あの後、警備の衛兵だけ置いて、すぐ調査局の人は帰ってしまった。

 うーん、詳しく知らないけど、そんなものなのかなぁ。

 ……また、会えるかな?

「ねー。 でも明日、お店のお掃除手伝ってくれるって。 なんか調べたい事もあるみたい」
「それは助かるわね。 床板も一緒に直してくれないかなぁ。 修理代……」

 修理代の事を考えるとちょっと頭が痛い。
 怒りに任せて入り口も派手に壊してしまった。

 ヒョロキモに全部請求できるかな?
 でもアイツ、お金持ってなさそうだったからな~。

 と、会話している内にシャリエナの爪を磨き終える。

「どう?」
「わー、ちょっと磨いただけなのにピカピカしてキレイ! ……でもちょっと臭い」
「ヤスリに使ったのがサメの皮だからね。 大丈夫よ、これから仕上げてくから」

 ふふふ、そうなるだろうと、先に柑橘を垂らした布巾を用意しておいた。
 布巾で爪をこすり上げると、光沢がさらに煌く。

 次はベースコート。 爪を保護する下地材。

「そういえばさー、情報共有した時に言うの忘れてたんだけど、常連のおば様から、新しいレストランが中央街の、こっち側の方に出来たんだって聞いたよ」
「それは聞き捨てならないわね」

 小さい刷毛で丁寧にベースコートを塗っていく。
 それにしても小っちゃい爪……うらやましい。

「……と言いつつ、あたしも実は知ってるの、そのレストラン。 パン屋の奥さんに聞いたのよ。 焦がしバターの、でしょう?」
「そーそー。 なんだ知ってたのかー。 でもどうやらお貴族様限定みたいだよ。 超高級レストランなんだって」
「なぬ!? シャリエナはお貴族様に知り合いとか……?」
「いるわけないよー」

 がっかりだよ。

 でも危なかった。
 お腹いっぱいの時に聞いてよかった。
 お腹空いた状態だったら、行けない悔しさで、思わず憤慨してしまったかもしれない。

「お貴族様っていえばさー、ヴァルグレイさん。 かっこよかったよねー」


 ピタッ……と、刷毛を持つあたしの手が止まる。


「……うん」
「お姉ちゃんが突き飛ばしてきた時、ホントもうダメかと思ったよー」
「……うん」
「それをさ、颯爽と黒いコートをなびかせて、ドカンっ!って一発! すごかったなー」
「……うん」
「お姉ちゃんを抱いた状態だったのに……ホントすごかったなー。 お姉ちゃんが危ないのはイヤだけど、あのシチュエーションは憧れちゃうなー」
「……うん」
「お姉ちゃん、聞いてる? 手、止まってるよ?」
「………………うん」

 のろのろと刷毛を持つ手を動かす。

 実は、ご飯中も、こうしている今も、オジさまの顔がずっと脳裏にチラついている。

「ちょーーーーー乙女の顔だったよ。 お姉ちゃん」
「い、言うなっ!!」
「ええ、なんでー? いいじゃん、認めちゃいなよー。 惚れたんじゃろ?」
「……わかんない」

 これは本当。
 ただオジさまの事を考えると、信じられないくらい胸がきゅうぅっとするだけ。

 ただそれだけ。

「ヴァルグレイさん、すっごく渋くてかっこよかったじゃん。 しかもモロにお姉ちゃん好みのオジさまじゃん、あの人」
「……うん」
「一見怖そうだけど、お姉ちゃんを見る目、すっごく優しかったよ」
「そ、そうかな?」
「狙ってみたら?」
「……あたしみたいなのが、好きなんて言ったら、オジさまに迷惑だよ」
「うーん……仕事してる時のお姉ちゃんはあんなに頼りになるのに……別にダイジョブだと思うよ?」
「な、何を根拠にそう言えるのさ?」
「はぁ……お姉ちゃん、そういうとこ抜けてるのに、ちゃんとカワイイのズルイなー」

 シャリエナが何言ってるかわかんない。

「ん~、例えばね、その自慢のおっぱいを押し付けたりとかすればー……イチコロだよ、きっと」
「や、やめてよ! な、何を言うのさ!」
「あ~、でもヴァルグレイさん、潔癖にも見えたなー。 だったら逆効果?」
「そ、そうだよ」
「う~ん、お姉ちゃんを気に入ってる感じはしたけどなー。 まずはおっぱいが見える露出の大きい服で様子を見てみるとか」
「胸にこだわるわね、アンタ……」
「だって、せっかくおっきいおっぱいあるのに勿体ないじゃん」

 そう言ってシャリエナは、自身の薄い胸に手を当てる。
 そう、スレンダーなあたしの妹は、スタイルは良くても胸は人並。

 一方、あたしの胸は、人より大分大きい自覚はある。
 ただそれは言い換えると、太めかしいだけ、とも言う…………うわーん!

 そうこうしてる内にベースコートを塗り終わる。

「ほらっ! ベースコートは出来たよ!」
「わー、綺麗ー。 これで完成?」
「シャリエナのはネイルチップを使おうと思うから、下地はこれで終りね」

 ネイルチップはあらかじめ作ってある。
 樹脂で固めたものにエモパレポーションで色を付けた。

 ふふふ、色を綺麗に出すことだけは、まかせてくれたまへ。
 今まで培った色彩作成技術が火を噴くぜ!

「これを微調整しながら接着剤で付けるの」
「キレイなライムグリーン! わたしのカラーね!」

 シャリエナには新緑というか明るいグリーンが似合う。
 ライムグリーンのネイルチップを彼女の爪に合わせ、ちゃんと合うようにヤスリで微調整していく。

 ふと、会話に間が空く。

 シャリエナは頬に手を付きながらあたしの作業をジッと見ている。
 部屋に響くのは、あたしがチップを削る音だけ。

「はぁ、仕事してるお姉ちゃんはこんなにカッコカワイイのに」
「……またその話?」
「ホントだよ? あのマチョキモのキショ野郎をぶっ飛ばした時も、ちょーカッコよかった」
「……正直さ、アレ、めっちゃスカっとしなかった?」
「したした! お姉ちゃんキメ台詞まで決めちゃってさ!」
「シャリエナもノってくれて良かったわよ!」
「いきなりでびっくりしたけどねー! 合わせられてよかったー!」
「ねっ! キレイにハモったわよね!」

「「許せぬ乙女の一撃をーー!!」」

 二人して、子供のようにきゃっきゃと喜ぶ。

 そうこうしている内に微調整も終わる。
 あとは粘着グミ(スライムトラップでも使ったスライムパウダー製)をつけて、と。

「ぎゅーっと圧着して……出来たよ。 どう?」
「おおお……」

 天井の魔石ランプに透かして、ライムグリーンの煌めきを色んな角度から眺めるシャリエナ。

 どうやら気に入ったみたい。

「お姉ちゃん! これすごいよ! 絶対売れるよ!」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
「ネイルチップって簡単なんだね! 剥がせるの?」
「もちろん剥がせるわよ。 この、サフラン香房謹製の特製リムーバーでね!」

 ネイルチップは気軽に付けられるけれども、粘着剤を綺麗にオフできないと爪を痛める。
 そこはもちろん、ちゃんと剥離剤が完成したからこそ、シャリエナにお披露目&テスト出来るのだ。

「だけどシャリエナ、ここからもう一段階可愛く出来るのよ」
「え……ここからさらに!?」
「そうよ。 もう一度手を出してちょうだい」

 あたしは絵筆と着色剤を取り出す。

「絵を描くのっ!?」
「うん、めっちゃ細かい作業になるけどね」
「描いて描いて!」

 だいぶテンション上がっているね、これは。

 どうやらネイル事業は上手く行きそう。
 お店としてはもっと美容周りに手を出したいのよね……
 前世の世界より優れてる素材もあるし。

 まあ今の店主代理の立場としては、そこまで派手には動けないけれど。
 恋と違って、商売は上手く行きそうな感覚はある。

 それがほんのちょっとだけ前向きな気持ちを呼び起こす。

「ねえシャリエナ……」

 小さな爪に小さな絵を描く、集中する作業。

「…………あたし、自信持ってもいいのかな?」

 集中してるからか、前向きな気持ちに押されたのか、ついそんな事を口に出してしまっていた。

「ハルネお姉ちゃんはずっとわたしの自慢のお姉ちゃんだよ」
「……オジさまに、恋してもいいのかな?」
「恋なんて誰でもするよ、お姉ちゃん」
「好きになっても……好きになってもらったり……とか」
「あたしはずっと大好きだよ。 お姉ちゃんが」
「うう、しゃりえな……」

 と、思わず顔を上げてシャリエナの顔を見る。
 どういうわけか、感情色は、

――長く見慣れた呆れの黄色だった。

 あれーー?????

 ……あ、そうか!
 これは、あたしがヨシヨシされモードに入ったと悟られたか。

 くぅ~~、そりゃそうよねぇ。
 ホントは甘えたかったけど、なんだか見慣れた呆れのバターイエローにすごく安心してしまった。

 ふふふ、今日はこれくらいにしておいてやるぜ!

 ほどなくして、爪へのお絵かきが仕上がった。

「出来たよ。 どう? これで完成」
「四つ葉だー。 カワイイー!」

 にっこにこのシャリエナに、こちらも思わず頬が緩む。

「お姉ちゃんのもカワイイね! ピンク色!」

 そう、実はあたしもシャリエナが来る前に、ネイルを施していたのだった。

 ただし、シャリエナに施したネイルチップに対し、あたしがやったのはいわゆるジェルネイル。
 直接、爪にジェルを塗って固めるから、ネイルチップみたいに気軽に取り外したりは出来ないけど、それは逆に言えば取れづらいってこと。

 ただ、やっぱり爪への負担や使う薬剤も多いから、とりあえずジェルの方はあたしだけで試してみたのだ。

「お姉ちゃんの爪にも絵を描けるの?」
「うん、描けるよ。 描いてくれる?」
「わーい! じゃあ、やっぱり桜かな!」

 張り切っているシャリエナに、絵筆と着色剤を渡す。

 えらく意気込んでるけど、大丈夫かしらね?
 ネイルアートはすっごく緻密で繊細な作業なのよ?

 まあ、水を差すことも無いか。
 絵筆で格闘するシャリエナを、あたしは姉らしく、温かい目で見守った。


―――――――


 仕上がったいびつな桜の花びらを、満足げに眺めていたあたしは、部屋で一人シャリエナの帰りを待っていた。

「それにしてもお母さん、遅いねー、あたし迎えに行ってくる」

 どうせ飲み歩いて朝帰りコースなんだから、ほっとけばいい。

 ……とも思ったが、お店であんなことがあったんだ。
 やっぱり心配は心配だという事で、見張りの衛兵を引き連れて、母を迎えに行ったのが小一時間前。

 細かい作業で散らかった机を片付けていると、窓際のエモパレポーションが目に入る。

 あたしの趣味。

 印象的な感情色を思い出しては色水化して小瓶に並べる。
 これを眺めていると、またオジさまを思い出した。

 オジさま……どうして感情色が視えないんだろう。

 感情色が視えない人なんて初めて見た。
 どんな人だって感情はある。 当たり前だ。
 一体どうなってるんだろう?

 任務だから感情を抑えてる? それでも一切無いなんておかしい。
 異能バリアみたいのがあるのかな? 魔道具みたいな、それを身に着けてるとか。
 本当に一切感情がないパターンも、ありえ……ないか。

 考えていても答えは出ない。

 当然だ。 ここにオジさまはいないんだから。

 今度直接聞こうかしら?
 ……何て聞くのさ?
 オジさまって感情無いんですか? って?
 頭弱い子だって思われそう。 それはヤダ。

 へんな方向に考えが進んでいる内に、シャリエナが帰宅してきたようで、下からドタドタと階段を登る音が聞こえてきた。 よほど急いでいるのか……

「ただいまお姉ちゃん! 見て見てコレ!」
「おかえりシャリエナ、どしたん? そんなに慌てて」

 シャリエナがあたしに突き付けてきたのは2枚の手紙。

「何これ?」
「それがねー」

 聞くところのよると、酒場にはすでに母はいなかったらしい。

 マスターに聞いたところ、母からあたし達宛てに手紙を預かったとのこと。
 シャリエナはそれを受け取って、急いであたしの元へ戻ってきた、と。

「ハシゴしてるんじゃないかとは思ったけど、あの母は……」

 そんなに身体が丈夫でも無いのに。
 よくやるわ……

「早く開けてよー」
「ちょっと待ちなさいな。 どれどれ……」

 1枚目の手紙は、たっぷりと余白を使って、たった3行。

―――――
酒場でウマのあった旅人さんと、ちょっと旅に出てきます。
シャリエナ、家のことはお願いね。
ハルネ、アンタにはもうお店譲るんで後はよろしく。  敬具
―――――

「なんじゃこりゃ」
「ありゃー、お母さんってば」

 2枚目の手紙は、やはりたっぷりと余白と使って、たった2行。

―――――
甲アイリス・サフランは、サフラン香房の店主の一切の責務と権限を、
乙ハルネ・サフランに委譲します。     アイリス・サフラン☆
―――――

 簡潔すぎる。 適当すぎる。

 敬具の意味も分からないし、委譲状に関しては甲と乙の意味もまるで成してないし、サインの最後の星も意味が分からない。

 まぁ……あの母だものね。
 あたしがお店の大部分を仕切るようになってから、母は何かから解放されたように好き勝手し出した。
 母は働くのがストレスなタイプだったのかもしれない。

「お母さん、人生楽しんでそうだし、まあいっか?」
「そうだねー」
「それにしても急だね。 あたしは別にいいんだけど、シャリエナはそれでいいの?」
「お母さん、幸せそうだし。 お姉ちゃんもいるから、いいかなって」

 うん、我が妹も、母をよく分かっている。

「それよりお姉ちゃん! 店主だって! やったね! ついにだね!」
「うん、今更感はあるけれど……」

 今までもお店はあたしの好き勝手していた。
 今更店主を譲られても、という気持ちはあるけれど……

「これでもっと色々出来るじゃん! アレを並べたいとか、コレが足りないとか、ぶつくさ文句言ってたの、わたしは知ってるよ!」
「そ、それはそうかも……」

 今のサフラン香房も十分気に入ってはいるけれど、シャリエナの言う通り、もうちょっと違う商品を並べてみたり、レイアウトも大胆に変えてみたい気持ちはあった。

 言われてみれば、多少は母に遠慮する気持ちで、無意識に抑えてた所があるのかも……

「このネイルチップとかも、絶対売れるよ? お茶とか薬だけじゃなくて、こういうのも置いたりしてさー」
「……そうよね。 幸い、じゃないけれど、今はお店もグチャグチャになっちゃったし、模様替えにはちょうどいいのかも」
「そうだよ! 絶対上手くいくよ! お姉ちゃんの店主就任祝いにぱーっとお店も飾りも変えちゃって!」
「ええ、そうね! せっかくだもんね! ヤなコトも吹き飛ばして、パーっと変えちゃおっか!」

 シャリエナに乗せられている内に、ちゃんとした嬉しさが込み上げてくる。

 そうよ。 なんだかんだと、母にも認められたのも嬉しい。

 どんどん前向きな気分になってくる。

 正直、今までの仕事ぶりが変わるかと言うとそうでもない。
 なんだかんだと全部回してきたんだから。

 でも、こうして母からも、妹からも認められて、心が躍るのはたしかなこと。

 えーと、まずはギルド長に委譲の書状を見せて……
 ギルドだってこれまで代理って事で多少口を噤ませてもらった事もあったけど、これからは堂々と意見を言える。

 レイアウトも変えなきゃね。
 常連さんを捨てる気なんて毛頭ない。
 お茶コーナーはそのままにして、錬金用の薬を減らそう。

 で、あたしのやりたかった美容のコーナーを作って、で、オシャレな棚とか家具もいるよね?
 それからそれから……

 やる事がどんどん増えていく。

 正直大変だけど、今のあたしはお店が楽しい。

 今日は死にかけたり、いっぱい泣いちゃったり、大変な一日だったけど……

 結局助かって、店主にもなれて。

 オジさまの事は……正直今はまだ、出会えて良かったのか分からないけれど……

 うん、明日も頑張ろう! 頑張るんだ!
 

―――――――


 ……そして、翌朝。

 まだ目が醒めきらぬまま、日課の店先の掃除に出た時の事。
 壊れた扉に近づくと、そこには白い紙が一枚、ぴたりと貼られていた。

「……うそ」

 文字をなぞるように、何度も読む。

 もちろんいくら読み返しても、それが変わる事は無い。
 だんだんと意味を咀嚼するたび、心が冷えていくのを感じた。

 白い紙には……


「『南街商会ギルド告示』
  下記店舗を一時営業停止とする。
  ―――サフラン香房」


 という無情な一文が書かれていた。


「ど、ど、ど、どうしてよおぉぉぉぉ~~~~!!!!」