「先手必勝! シャリエナっ!」
「あいさ!」
アロマポシェットから取り出した黒いボールを、ヒョロキモ客――ううん、ヒョロキモに向かって投げつける。
それをあっさりと避けるヒョロキモ。
「あ、あれー!?」
「バカっ! フワモコは……!」
外れた黒いボールは、壁に黒い染みを残しただけで終わった。
「どうしてだよシャリエナちゃん……どうして僕の気持ちを分かってくれないんだよぉっ!!」
あれは……錬金用の調合棒!?
このっ……うちの商品をっ!!
――カーーンッ!
甲高く、木と木のぶつかる高い音が店内に響き渡る。
ヒョロキモの前に躍り出たあたしが、シールドステッキを前面に構え、しっかり防いだ音だ。
――リーフシールドステッキ――
色んなギミックを仕込んだ杖。
中央に葉っぱを模した小盾を取り付けた、あたし用の香房武器。
「くっ……!」
「お姉ちゃんっ!」
「邪魔だっ! デブ! 僕はシャリエナちゃんと話したいんだ!」
「逆ギレして先に暴力振るっておいて、何言ってるのさ!」
シールドステッキと調合棒、二つが鍔迫り合いの形に押し合う。
「毎日毎日、あんなに話して……笑ってくれたじゃないかっ!」
「毎日来るのはアナタの勝手でしょ! 笑顔で会話するのも当たり前だよ! しかも、ほとんど話した記憶ないよっ!」
あたしの背中越しに、小瓶を構えたシャリエナが文句を言う。
「そんな……! 毎日先輩にイビられて……キミの笑顔を見れば、明日も頑張ろうって気になって…………僕の気持ちを弄んだのか!?」
「弄んだも何も、全部アンタの思い込みじゃないのさ! 自分勝手なのもいい加減にしろ!」
体重を掛けて、一度ヒョロキモを押し離す。
激しく商品棚にぶつかったが、ヒョロキモの目は、もう正気じゃなかった。
「僕には……シャリエナちゃんしかいないんだよぉ……こんなに可愛くて、僕にだけ優しい子……他にいないんだよぉ……」
グチャグチャだった感情色が激しく明滅する。
――混乱の赤、恋慕のピンク、憎しみの黒褐色……
一体、なんなの……!
この……感情の渦はっ!
「む~~、嫌い! こっち来ないで! えいやっ!」
「あっ、こら!」
シャリエナがタイミングを合わせず小瓶を投げる。
ヒョロキモは投擲されたそれをあっさり避け、後ろの棚にぶつかった小瓶は、小さな焦げ痕を作った。
「あっ……」
「シャリエナっ! 落ち着いて! 練習したよね!? タイミングも考えて!」
「誰もが僕に冷たい……世界が僕を憎んでる。 キミだけなのに……キミは…………ボクに……オレに、俺にだけ! 優しくしろよおぉ! シャリエナぁあ~~~!!」
言葉遣いすら豹変したヒョロキモの攻撃を、再びシールドステッキで防ぐ。
シールドに仕込んだ防御の加護が、緑色の光を伴ってあたしごと包んだ。
相手の攻撃は真っ直ぐそのまま棒を振り下ろすだけの単純なもの。
感情色をしっかり見て、”起こり”さえ見誤らなければ、あたしにだって防げない事は無い。
「グ……押し切れない……! 俺には、筋力すら無いのかよ……っ」
「んぎぎっ……押し合いなら負けないわよ……っ」
「ちくしょう……俺が何をしたんだよ……俺を好きなんだろ、シャリエナぁ……世界が俺を一人にするんだよ。 寂しいよ……きっと上手く行くって、勇気が出るって、だからあんな薬を…………もっと俺を、愛せよっっ!!」
混乱の隙間に、寂寥の冷たい感情温度が流れてくる。
……なんだか覚えのある感情。
……でも!
「甘えんなこのヒョロキモ野郎っ!! 同情なんかしてやるもんか! 人のせいにするな! 世界のせいにするな! アンタが自分に向き合えないだけでしょうがっ! この……卑怯者がっ!!」
絶対に同情なんかしてやらないんだからっ!
「愛されたかったら、もっと、人を大事になさいよ! あたしの大事な妹を……傷つけるんじゃあないわよっ!!」
踏ん張っていた下半身に、全力を込める。
人より重い体重を生かし、再び大きくヒョロキモを押し飛ばす。
「おりゃぁっ!」
「くっ……!!」
バランスを崩した!
今度こそチャンスっ!
「今よっ!」
「そもそもわたしは……もっと筋肉モリモリな人が好みなの! えやっ!」
分かってると言わんばかりに、今度はタイミングよく小瓶を投げつけるシャリエナ。
そのままヒットするかと思いきや……
タイミングは良くとも、真正面からが良くなかった。
そのまま調合棒で叩き落とされ、小瓶は床に焦げ痕を作った。
「あ、あれ~!?」
「シャリエナちゃん……酷いよ……俺はこんなにもキミを愛してるのに、キミは俺を好きじゃなかったの? ……ううん、これは、もしかしてこの小瓶が、君の愛なのか? だったら……」
やっぱり正面からじゃダメか。
でも……想定通りではある。
ヒョロキモの顔を見ると、今度はその表情には冷酷さが宿っていた。
感情色もすっかり凪いでいる。
「デブ、お前は目障りだ。 お前は殺す。 シャリエナちゃんは連れて帰って……今夜は俺の部屋で一緒に寝よう。 その結い編んだ髪もほどいて……ほどいた髪に顔を埋めたらどんなにステキな香りで胸がいっぱいになるだろう。 小さなイチゴのような舌からは、やっぱりさっきのイチゴの紅茶の味がするのかな? ふふふ」
ひぃ~~~! キモすぎる!
こいつは根っからだ。 芯からキモ野郎だ。
シャリエナは苦虫を噛み潰したような顔で、両腕で自分を抱き、身悶えている。
「……お姉ちゃん。 こいつ、もう、いいよね?」
「そうね。 ちょっとでも同情したあたしがバカだったわ」
お客さんだからと、遠慮する気持ちがあったのかもしれない。
でももうそんなのいらない。
あたし達は、本気の覚悟を決めた。
いや、最初からこうすればよかった。
「あ? てめえらが男の俺に勝てるワケないだろうが……」
「それは、どうかしら、ねっ!」
姿勢を低くし、まっすぐシールドステッキを構え、ヒョロキモに向かってタックルする。
衝撃や攻撃が目的でない、接近のための、勢いを殺したタックル。
再び鍔迫り合いの押し合いとなる。
「シャリエナっ! 今度こそ! アタックワン! フワモコ!」
「あいさ!」
あたしが相手を押し留めている間、シャリエナがアロマポシェットに手を突っ込む。
「へっ! だからそんなもん当たるワケが……」
「えやっ!」
シャリエナが投げた玉は、今度は、ヒョロキモにではなく……
その頭上、天井に当たる。
「ぶわっ! なんだこりゃっ!!」
玉は大きく破裂し、大量の真っ黒い粉塵がヒョロキモに降りかかる。
「やったぁ! 今度は決まった! フワモコブラインド!」
「てりゃあぁっ!」
「ぐあっ! っつぅ!!」
大量の粉塵の目つぶしを食らったヒョロキモが動けない所を、リーフシールドステッキで執拗にスネをポコポコ叩く。
どうせ上半身を狙ったって防がれちゃう。
狙うなら当てやすく防ぎにくい、足だ!
「くっ! てめえらぁ!!」
カウンター裏にいるシャリエナを狙いに行くヒョロキモ。
「させないわよっ!」
あたしは再びくっつきタックルでそれを阻害し、押し合いを狙う。
「クソがっ、このデブ……重いっ! 押し返せねえ!」
「へっへーんだ! お姉ちゃんの体重を簡単に弾き飛ばせるなんて思わないでよ!」
シャリエナ…………あとで泣かす。
「えーい! くらえ! 今度はペッパーボム!」
「くっ!」
同じ手は食らうかと、シャリエナの投げた玉を大きく回避するヒョロキモ。
態勢の崩れたそこへ……
「くらえ! 遠距離ペッパーボムからの~~、近距離ペッパーボム!」
シールドステッキの裏から取り出したペッパーボムを、思い切りヒョロキモに向かって投げつける。
直撃を避けようと腕で庇ってはいたけど、命中しちゃえばこっちのもんだ!
「ごっほごほ!! なんだこりゃ! 辛い! ごほっ!」
これがあたしたちの考えた戦略。
人よりもちょっとだけぽっちゃりしているあたしが相手を押し留め……
シャリエナが投擲物で攻撃。
躱されても、防がれても、二段三段構えの香房武器と戦略が相手を襲う。
これが――
『お客様お帰りはあちらですフォーメーションAっ!』
咳込んでいる所に、執拗にステッキで足を殴る。
「ていていていっ!!」
「ぐっ、ごほっ! クソがッ! 邪魔だ!!」
ヒョロキモが乱暴に振り払った調合棒は、棚や商品にはぶつかっても、あたし達には当たらない。
再び姿勢を低くし、ヒョロキモに向かってタックル!
何度目になるか分からない、押し合い状態に持ち込む。
「クソっ! こいつを取り上げちまえば……」
「それも想定済み! 着火ぁ!!」
「アっツっ!!」
盾の裏についている魔石から、火の付与魔法を発動。
小さな火しか出せないが、掴んだ手を離させるには十分!
「お姉ちゃん! ピカパフ行くよ! 合わせて!」
「おっけー!」
うん! 調子が乗って来たじゃないのさ!
シャリエナの取り出した小瓶。
2~3度振ってからヒョロキモの足元へと放り、瓶が割れる。
――カッ!
――ポポポンッ!!
「ぐあっ! 眼がっ……!」
閃光茸と破裂茸の成分が光と音をまき散らす!
思いつき調合だからどちらも大きな効果はないけど……
「足止めには十分! うりゃあっ!」
リーフシールドステッキでの、大きな足払いが決まる。
散々に足を攻めたかいあって、あっさり転倒するヒョロキモ。
「よし、位置もいいわ! アレでトドメよ!」
「分かった! いつでもいいよ!」
シールドステッキの盾から、小麦ボールを取り出し、ヒョロキモにぶつける。
「くぅっ!」
顔を庇うヒョロキモだったが、小麦ボールだからダメージは無い。
ボフンっと命中したのを確認したシャリエナは、カウンターの脇のヒモを引っ張った。
「「 トリモチスライムトラップ!! 」」
天井の水バケツから、多量の水がヒョロキモに降りかかる。
「くっ……ぶわぁっ!!」
トラップバケツの水には、小麦の粉に反応して、粘着トリモチになる薬を混ぜてある。
「おほほほほ! どう? もう動けないでしょう?」
「やったあ! うまくいったね! お姉ちゃん!」
ヒョロキモは膝を付き、粘性の強いトリモチに塗れ、もう身動きが取れないようだった。
「ぐっ……この、クソがっっ!…………動けねぇっ!!」
身をよじってなんとか動こうとしているみたいだけど、無駄よ、無駄。
アンタみたいにヒョロい男が、どうにか出来るトリモチじゃないもの。
ひとまずヒョロキモを制圧したおかげで、あたしたちは一息つく事が出来た。
「で、この後どうする? お姉ちゃん」
「このまま警備の衛兵を待つわ。 大きな音も出したし、きっと駆けつけてくるはずよ」
「許さねえ……絶対許さねえ!……この腐れデブがよぉっ!」
いまだ身を捩り続けるヒョロキモ。
あたしはまだ終わったとは思っていなかった。
なぜなら、感情色に――諦めの青灰色が全く出ていないからだ。
グチャグチャだったコイツの感情だけど、戦闘中は常に憎しみの黒褐色に塗りつぶされていた。
そしてそれは今もそう。
たまたま上手く制圧できた。
もちろん沢山考えて、投石や盾受けの練習もして、練りに練った香房武器と戦略を考えた。
まだ奥の手だってある。
けど、あたし達の戦い方はすべてが奇襲。
全部が初見殺し。
弱そうな女の子だからと、相手はタカをくくっている……
その前提に成り立つモノなんだという事を、あたしはちゃんと分かってる。
「へっへーんだ! ねえどんな気持ち? どんな気持ち?? わたし達みたいな可愛くて弱そうな女の子にボコボコにされちゃう気持ちってねえどんな気持ち?? アナタみたいに筋肉も薄いヒョロヒョロのガリガリくんが、わたしとお姉ちゃんに勝とうなんて十年早いんだよ~。 へっへーん!」
そんなあたしの気持ちを知る由も無く、
シャリエナはすでに勝ちモードで、ヒョロキモを煽りに煽りまくっていた。
「シャリエナちゃん…………なんでだよ……俺じゃあダメなのかよ……っ! 筋肉か? 筋肉があれば、シャリエナちゃんに相応しい男に……! うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」
「な、なに!?」
「下がってっ!!」
――刹那、世界のルールが変わる音がした。
何が起きているのか、理解が全然追いつかなかった。
それは、異様な光景だった。
ベリっと力づくで床からトリモチを剥がしたヒョロキモの腕は、見たこともないくらいに筋肉と骨が隆々と波打っていた。
――ベリベリベリッ!!
トリモチに絡め捕られていた身体を無理やり起こす。
その度、いやでも、その胸の、腕の、足の、隆起した筋肉の異様さが目に入り、圧倒されてしまった。
「どうなってんのさ!? だって、さっきまでヒョロヒョロの、タダのキモいヤツが………あれじゃあヒョロキモじゃなくて、まるで……」
「マチョキモだあぁ~~~~!!」
そう、マチョキモ!
異常に発達した筋肉が、身長すら大きく変えている。
アンバランスな体型は、さらにキモさを助長していた。
「シャリエナちゃん。 これで、キミの、好みの男になれたかな? この筋肉なら、キミをいつでもお姫様抱っこしてあげられるよ。 お互いいっぱい体臭を吸い合おうね」
「キモキモキモ~~!! やっぱムリこの人っ! どうしようお姉ちゃん!?」
うぅ~……何がどうなってるんだか全然分からない……けど!
やる事は変わらない。
妹とお店を守る事。
それがあたしの正義!
「おっと、豚女ぁ。 てめえは許さねえ。 さっきはちょいと、デブのてめえに押し負けたりしちまったが、今度は……」
マチョキモはそう言って腕を振り上げると、お店の床に向かってその隆々とした腕を振るった。
――バキィッ! と大きな音を立てて、丈夫な床板がやすやすと砕かれる。
「このパワーならもう押し負ける事はねえ。 潰してやる。 シャリエナちゃんは、それからだ」
くっ、お店の床ぁ……
床板張り替えるの、決して安くないし、大変なんだからね!
それに『豚』ですってぇ?
どこに『豚』がいるのよ! せめて頭に「可愛らしい」とかなんとかつけなさいよ!
「ふん、筋肉がついたからなんなのさ。 さっきまでボコボコだったクセにえらそうに」
サフラン香房には、か弱い女性しかいない。
当然、パワー型の迷惑客が来るのも想定済みだ。
「気軽にお店を壊してくれちゃってさ……絶対弁償してもらうんだからね!」
だから、いっぱい考えたんだ。
地の利、搦め手、卑怯な手!
「あたし達サフラン姉妹を、ナメんな!!」
お店の中では……
「シャリエナ! 『フォーメーションD』よっ!!」
あたしは、絶対負けないわ!!
