「エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―」


 乾いた床板が軋む音。
 木と木がぶつかる重たい音。

 そして、押し殺すような荒い息の音が空間を響かせる。

 サフラン香房の中央、カウンター前――そこはすでに戦場と化していた。

 ステッキに備え付けられた防御の付与を帯びた、葉っぱ型の小盾。
 ハルネは歯を食いしばり、両腕でしっかりと構えたステッキで、圧をいなす。

 対するは、入り口付近に無造作に置かれていた売物の錬金用調合棒と、
 それを手にしたヒョロキモ客。

 無造作に振り下ろされる硬く丈夫な木の棒が、
 時に弾かれ鈍い火花を散らし、時に防がれ、
 ステッキと鍔迫り合う形となっては、また離れる。

 砕けた陶器や香料の葉、放られた投石なども、床に散らかり広がっている。

 緊迫と情動の濁りが、ぬるい空気の気配となって、店内を満たしていた。


―――――――


――時は戦闘前


「どうしてだよシャリエナちゃん! どうして僕の気持ちを分かってくれないんだよぉ! 毎日ここに来て……あんなに笑ってくれたじゃないか!」
「毎日来るのはアナタの勝手でしょ! お客さまなんだから笑顔で接するのは当たり前!」
「くっ……でも、他の人にはあんな笑顔見せてなかった! 僕にだけ笑ってくれてたろ?……毎日先輩にイびられて……キミの笑顔を見れば、明日も頑張ろうって気になって……僕の話だって聞いてくれたじゃないか!」
「お客さまなら誰でもそれくらいは会話するよっ! しかも、ほとんど話した記憶ないよっ!」
「そんな……僕の気持ちを弄んだの!?」
「弄んだも何も、全部アンタの思い込みじゃないのさ! 勝手に期待して、勝手に失望して、結局暴力に訴えるの? 自分勝手なのもいい加減にしろ!」
「うあああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 あれは……錬金用の調合棒!?
 このっ……うちの商品をっ!!

 ヒョロキモ客、もといヒョロキモは、棒を振り上げシャリエナに襲い掛かる
 ……が、

――カーーンッ!

 鈍く高い音が店内に響き渡る。
 ヒョロキモの前に躍り出たあたしが、シールドステッキを前面に構え、しっかり防いだ音だ。

 ――リーフシールドステッキ――
 色んなギミックを仕込んだ杖の中央に、葉っぱを模した小盾を取り付けた、あたし専用の香房武器。

「くっ……!」
「お姉ちゃんっ!」
「邪魔だっ! デブ! 僕はシャリエナちゃんと話したいんだ!」
「逆ギレして襲い掛かってるのに何言ってるのさ!」
「僕にはもう……シャリエナちゃんしかいないんだよぉ……あんなに可愛くて僕にだけ優しい子……他にいないんだよぉ……」

 グチャグチャだった感情色が、いくつかの色へまとまってくる。

――混乱の赤、恋慕のピンク、憎しみの黒褐色……

 いずれも瞬時に浮き出ては明滅して変わる。

 なんなの……! この……感情の渦はっ!

「誰もが僕に冷たい……世界が僕を憎んでる……君だけだ。 君だけが、僕に……俺に、俺にだけ……俺にだけ優しくしろよおぉ! シャリエナぁあ~~~!!」
「くっ!」

 言葉遣いすら変わり、豹変したヒョロキモの攻撃を、再びシールドステッキで防ぐ。

 幸い相手の攻撃は真っ直ぐそのまま棒を振り下ろすだけだ。
 ちゃんと見て腰を落として構えれば、防げない事はない。

 シールドステッキと調合棒、二つが鍔迫り合いの形に押し合う。

「グ、グ……押し切れない……! 僕には筋力すら無いのか……っ」
「んぎぎっ……押し合いなら負けないわよ……っ」 
「ちくしょう……俺が何をしたんだよ……俺を好きなんだろ、シャリエナぁ……世界が俺を一人にするんだよ……寂しいよ……きっと上手く行くって、勇気が出るって、だからあんな薬を…………もっと俺を、愛してよ!」

 混乱の隙間に、寂寥の冷たい感情温度が流れてくる。
 ……なんだか覚えのある感情。

 ……でも!

「甘えんなこのヒョロキモ野郎っ!! 同情なんかしてやるもんか! 人のせいにするな! 世界のせいにするな! アンタが自分に向き合えないだけでしょうが……この卑怯者! 愛されたかったら……もっと人を大事になさいよ! あたしの大事な妹を、傷つけるんじゃないわよ!!」

 踏ん張っていた下半身に力を籠め、大きくヒョロキモを押し飛ばす。

 バランスを崩したヒョロキモの姿を確認したあたしは、すかさず「シャリエナっ」と合図を飛ばす。

 分かってると言わんばかりに、
 シャリエナはアロマポシェットから投石用の石を取り出し……

「そもそもわたしは、もっと筋肉モリモリな人が好みなの! えやっ!」

 そのままヒョロキモに向かって、投げつけた。

 それなりの勢いで投げた投石は、ヒョロキモの顔面へと吸い込まれ、
 そのままヒットするかと思いきや……

「あ、あれ!?」

 あたる寸前でヒョイと身を捻り、投石を交わしたヒョロキモ。

「シャリエナちゃん……酷いよ……俺はこんなにもキミを愛してるのに、キミは俺を好きじゃなかったの? ……ううん、これは、もしかしてこの石が、君の愛なのか? だったら……」

 絶対当たると思ったのに……

 いつの間にか、ヒョロキモは冷静……というより冷酷な表情になっている。
 感情色もすっかり凪いでいた。

「デブ、お前は目障りだ。 お前は殺す。 シャリエナちゃんは連れて帰って……今夜は俺の部屋で一緒に寝よう。 その結い編んだ髪もほどいて……ほどいた髪に顔を埋めたらどんなにステキな香りで胸がいっぱいになるだろう。 その小さなイチゴのようなかわいらしい舌からは、やっぱりさっきのイチゴの紅茶の味がするのかな? ふふふ」

 ひぃ~~~! キモすぎる!
 こいつは根っからだ。 芯からキモ野郎だ。

 シャリエナは苦虫を噛み潰したような顔で、両腕で自分を抱き、身悶えている。

「……お姉ちゃん、こいつ、もう、いいよね?」
「そうね。 ちょっとでも同情したあたしがバカだったわ」

 くだらない言い合いをしてしまったが、あたし達は再び覚悟を決める。
 いや、最初からこうすればよかった。

「あ? てめえらが男の俺に勝てるワケないだろうが……」
「それは、どうかしら、ねっ!」

 姿勢を低くし、まっすぐシールドステッキを構え、ヒョロキモに向かってタックルする。
 衝撃や攻撃が目的でない、接近のための遅めのタックル。

 再び鍔迫り合いの押し合いとなる。

「シャリエナっ! アタックワン! フワモコ!」
「あいさ!」

 あたしが相手を押しとどめる。
 その隙に、シャリエナは再びアロマポシェットから投擲用の玉を取り出し、
 ヒョロキモに向かってまっすぐ投げつける!

「へっ! だからそんなもん当たるワケが……ぶわっ! なんだこりゃっ!!」

 シャリエナが投げた玉は、ヒョロキモにはなく、その頭上、天井を狙ったものだった。

 投げつけられた玉は大きな音を立てて破裂し、大量の真っ黒い粉塵がヒョロキモを襲った。

「へっへーんだ! 決まった! フワモコブラインド!」
「今よっ!」

 大量の粉塵の目つぶしを食らったヒョロキモが動けない所を、リーフシールドステッキでポコポコ殴る。

「つぅっ!」

 ただし殴るのはスネだ。

 顔は、腕で庇っているからダメージが取れない。
 下手に上半身を狙って、ステッキを掴まれても良くない。
 シャリエナもカウンターの裏から投石で足を狙う。

 たまらず距離を取るヒョロキモ。

「くっ! てめえらぁ!!」

 カウンター裏にいるシャリエナを狙いに行くヒョロキモ。

 あたしは再びくっつきタックルでそれを阻害し、押し合いを狙う。
 ヒョロキモはタックルをするあたしをいなさなければならない。
 そのため、再び鍔迫り合いの膠着状態になる。

 狙い通り!

「クソがっ、このデブ……重いっ! 押し返せねえ!」
「へっへーんだ! お姉ちゃんの体重を簡単に弾き飛ばせるなんて思わないでよ!」

 シャリエナ……体重の事は……あとで泣かす。

「えーい! くらえ! 今度はペッパーボム!」
「くっ!」

 同じ手は食らうかと、シャリエナの投げた玉を大きく回避するヒョロキモ。

 そう。

 大きく回避したせいで、態勢も大きく崩れている。
 そこへ……

「くらえ! 遠距離ペッパーボムからの~~、近距離ペッパーボム!」

 シールドステッキの裏にいくつか仕込んである中からペッパーボムを取り出す。
 躱されるのも想定済み!

 シャリエナに続き、今度はあたしの方が近距離で、思い切りヒョロキモに向かって投げつけた。

 直撃を避けようと腕で庇うヒョロキモだったが、命中しちゃえばこっちのもん!
 無駄よ、ガードなんて!

「ごっほごほ!! なんだこれは! 辛い! ごほっ!」

 これがあたしたちの考えた戦略。

 体重の重……もとい、人よりも少しだけぽっちゃりしているあたしが、シールドステッキとウエイトを生かして相手を押し止める。

 競り合っているところを、シャリエナが投石や投玉で攻撃。

 躱されても、防がれても、二段三段構えの香房武器と戦略で相手を襲う。

 これが――


『お客様お帰りはあちらですフォーメーションAっ!』


 咳込んでいる所を、再びステッキでスネ狙いでポコポコ殴る。

「ごほっ! クソがッ! 邪魔だ!!」

 横凪に調合棒を振り払うヒョロキモ。
 シールドステッキで、しっかりとガード。
 防御付与魔法の発動を示す緑色の光が、葉っぱ型の小盾を一瞬だけ包む。

「くっ!」

 ポコポコと膝やスネを殴っている最中も、あたしはしっかり感情色を視ている。

 攻撃の「起こり」さえ分かってちゃんと注意していれば……
 視界も呼吸も満足にできない相手の攻撃に対し、
 シールドステッキでそれを防ぐ事は、あたしでもなんとか出来る。

 再び姿勢を低くし、ヒョロキモに向かってタックル!

 ダメージ目的でない速度の遅い接触タックルは、とても回避が難しい。
 しかも狭い店内では大きく後ろに回避をする事も出来ず、サイドはステッキの長さでカバーする。

 再再々度、押し合い状態に。

「こいつを取り上げちまえば……」

 気付いたか。

 ヒョロキモは、あたしからステッキを取り上げようと掴む。
 それも対策済み!

「着火!」
「あっつっ!!」

 盾の裏についている魔石から、火の付与魔法を発動。

 火の付与魔法と言っても、ライターくらいの小さな火。
 効果が小さいだけに、ステッキのどの部分にでも火を灯せる。

 しかし、掴んだ手を離させるには十分!

「お姉ちゃん! ピカパフ行くよ! 合わせて!」
「おっけー!」

 シャリエナのアロマポシェットから小さな瓶を取り出す。
 2~3度振ってからヒョロキモの足元へと放り、瓶が割れる。

――カッ!
――ポポポンッ!!

「くっ! 眼がっ……!」

 ピカパフは、閃光茸と破裂茸を原料に作った光と音の爆弾だ。
 思いつき調合だからどちらも大きな効果はないけど……

「足止めには十分! せーいっ!」

 リーフシールドステッキの足払いが決まる。
 散々に足を攻めたかいあって、あっさり転倒するヒョロキモ。

「よし、位置もいいわ! アレでトドメよ!」
「っ! うん分かった! いつでもいいよ!」


「「 トリモチスライムトラップ!! 」」


 シールドステッキの盾の裏から、小麦ボールを取り出し、ヒョロキモにぶつける。

 命中したのを確認したシャリエナは、カウンターの脇のヒモを引っ張る。
 すると、事前に仕掛けてあった天井の水バケツから、多量の水がヒョロキモに降りかかった。

 トラップバケツの水には、小麦の粉に反応して、粘着トリモチになる薬剤を混ぜてある。

「おほほほほ。 どう? もう動けないでしょう?」
「やったあ! うまくいったね! お姉ちゃん!」

 ヒョロキモは膝を付き、粘性の強いトリモチに塗れ、もう身動きが取れないようだった。

「ぐっ……この、クソがっっ!…………っ!!」

 身をよじってなんとか動こうとしているみたいだけど、無駄よ、無駄。
 アンタみたいにヒョロい男が、どうにか出来る罠じゃないもの。

 ひとまずヒョロキモを制圧したおかげで、あたしたちは一息つく事が出来た。

「で、この後どうする? お姉ちゃん」
「このまま警備の衛兵を待つわ。 大きな音も出したし、きっと駆けつけてくるはずよ」

 裏通りに近いとは言え、元々サフラン香房の前の道は警備の巡回ルート。
 夜の片付け中に、警備の衛兵と挨拶した事も少なくは無い。

「許さねえ……絶対許さねえ!……この腐れデブがよぉっ!」

 いまだ身を捩り続けるヒョロキモを相手に、あたしはまだ兜の緒を緩めていなかった。
 なぜなら、感情色に諦めの青翠色が全く出ていないからだ。

 グチャグチャだったコイツの感情だけど、戦闘中は常に憎しみの黒褐色に塗りつぶされていた。
 そしてそれは今もそう。

 たまたま上手く制圧できた。
 もちろん沢山考えて、投石や盾受けの練習もして、練りに練った香房武器と戦略を考えた。
 まだ奥の手だってある。

 けど、あたし達の戦い方はすべてが奇襲。

 全部が初見殺し。

 弱そうな女の子だからと、相手はタカをくくっている……
 その前提に成り立つモノなんだという事を、あたしはちゃんと理解っている。

「へっへーんだ! ねえどんな気持ち? どんな気持ち? わたし達みたいなカワイくて弱そうな女の子にぼこぼこにされちゃう気持ちってねえどんな気持ち? アナタみたいに筋肉も薄いヒョロヒョロのガリガリくんが、わたしとお姉ちゃんに勝とうなんて十年早いんだよ~。 へっへーん!」

 そんなあたしの気持ちを知る由も無く、
 シャリエナはすでに勝ちモードで、ヒョロキモを煽りに煽りまくっていた。

「シャリエナちゃん…………なんでだよ……俺じゃあダメなのかよ……っ! 筋肉か? 筋肉があれば、シャリエナちゃんに相応しい男に……! うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」
「な、なに!?」
「下がってっ!!」

 勝利確信モードで呑気にしていたシャリエナを、すかさず下がらせる。

 雄たけびを上げたところで、そう簡単に動けるようになるはずない……!
 しかし……

――それは異形な光景だった。 

 ベリっと力づくで床からトリモチを剥がしたヒョロキモの腕は、見たこともないくらいに筋肉と骨が隆々と波打っていた。

――ベリベリベリッ!!

 トリモチに絡め捕られていた身体を無理やり起こす。

 その度、いやでも、その胸の、腕の、脚の、隆起した筋肉の異様さが目に入り、圧倒されてしまった。

「どうなってんのさ!? だって、さっきまでヒョロヒョロの、タダのキモいヤツが………あれじゃあヒョロキモじゃなくて、まるで……」
「マチョキモだあぁ~~~~!!」

 そう、マチョキモ!

 発達した筋肉が、身長すら大きく変えてしまっている。

 しかし所々アンバランスなままなのが、
 ヒョロキモだった頃よりも、さらにキモさを助長してしまっている。

「はぁ、はぁ……シャリエナちゃん。 これで、キミの、好みの男になれたかな? この筋肉なら、キミをいつでもお姫様抱っこしてあげられるよ。 お互いいっぱい体臭を吸い合おうね」
「キモキモキモ~~!!  やっぱムリこの人っ! どうしようお姉ちゃん!?」

 あたしに聞くな妹よ。
 あたしも何がどうなってるんだから全然分からない……けど!
 やる事は変わらない。
 妹とお店を守る事。

 それがあたしの正義!

「おっと、豚女ぁ。 てめえは許さねえ。 さっきはちょいと、デブのてめえに押し負けたりしちまったが、今度は……」

 マチョキモはそう言って腕を振り上げると、お店の床に向かってその隆々とした腕を振るった。
 ――バキィッ! と大きな音を立てて、丈夫な床板がやすやすと砕かれる。

「このパワーならもう押し負ける事はねえ。 潰してやる。 シャリエナちゃんは、それからだ」

 くっ、お店の床ぁ……
 床板張り替えるの、決して安くないし、大変なんだからね!
 それに『豚』ですってぇ?
 どこに『豚』がいるのよ! せめて頭に「可愛らしい」とかなんとかつけなさいよね!

「ふん、筋肉がついたからなんなのさ。
 さっきまでボコボコだったクセにえらそうに。
 気軽にお店を壊してくれちゃってさ……
 絶対弁償してもらうんだからね!
 あたし達サフラン姉妹を、ナメんな!!」

 当然、パワー型の迷惑客が来るのも想定済みだ。

 サフラン香房には、か弱い女性しかいない。

 だから、いっぱい考えたんだ。
 地の利、搦め手、卑怯な手。


「シャリエナ! 『フォーメーションD』よっ!」


 お店の中では……

 あたしは絶対負けないわ!!