青い瞳の少女は時をこえる



「ハレルーヤ!エリちゃん、元気にしてますか!」



 優しい声で話しながら、眠っていた私の夢の中に天使が舞い降りてくる。

 頭の上に光り輝く丸い輪、背中から大きな翼がはえている。



 長い金髪に青い瞳をした天使は、驚くほど私にそっくりな外見をしていた……





「えええっ!」


 私は夢の中で叫んだ後、驚いて目を覚ます。

 ベットから立ち上がり、周りを見回すけど自分の部屋。

 いつもの見なれた風景が、そこにあった。


「また見ちゃった、今日は何もなければいいけど……」


 小声でつぶやいた後、私は大きな溜息をつく。

 何度も見てる夢だけど、いつも驚いてしまう。

 心の中で、そう思いながら時計に目を向けると。


「えっ!もうこんな時間っ!」


 小学校を卒業して、今日から中学一年生。

 眠い目をこすりながら、いそいで身支度を整える。



 鏡の前に立つ制服姿の私、七瀬エリは青い瞳をしていた。

 外国人のお母さんから受け継いだ容姿なので、髪の色も金髪。

 顔立ちや体型は日本人の父親にそっくり。

 ハーフだけど、母親の血筋を強く引き継ぐ女の子。


 国外に住んでいて会えないまま天国へ旅立ってしまった、お婆ちゃん。

 私に見た目がそっくりだと、親戚の人と顔を合わせるたびに言われてしまう。



 生前のお婆ちゃんが愛用していた懐中時計を、私は遺品として譲り受けていた。

 鎖の長いチェーンが付いているのでネックレスのように、いつも首から吊り下げている。

 一人で不安だったり、寂しい思いをしている時は、無意識に懐中時計を両手で握り締めていた……


「そうだ、いそがないと!」


 時計に目を向け、驚く私。

 長い金髪をポニーテールにして、トレードマークの大きな赤いリボンを結ぶ。

 今日は中学校の入学式、身支度を整えた私は慌てて家を飛び出す。




 桜並木の通学路を、私は制服姿で歩いてる。

 新しい環境に不安を感じ、ちょっと緊張しながら一人で学校に向かっていた。


 その時、黒光りした高級外車が私のすぐ横で止まる。

 後部座席の窓ガラスが開き、車に乗っていた誰かが挨拶をしてきた。


「おはようございます、エリさん」


 よく見ると、小学生の時に同じクラスだった女の子が車の中で笑顔を見せている。


「三船さん、おはよう!」


 大きな会社の社長令嬢で一人娘、近所でも有名な財閥のお嬢様に元気な声で私は挨拶を返した。


「早くしないと遅刻ですわよ、今日は始業式なんですから」


「そういえば、ちょっと早く登校するように言われてたよね」


「それではエリさん、お先に失礼しますわよ~」


 そう言い放った三船さんは、車の窓ガラスを閉じてしまう。


「乗せて……くれないようね……」


 遅刻したら大変だから、送ってあげる。と言われるのを期待していたけど。

 三船さんを乗せた高級車は、私をその場に残して走り去って行く。


「なにさ、ケチ!」


 性格は悪くないけど、ちょっと上から目線で私に接してくる三船さん。

 小学校からの付き合いなので色々とわかってるけど。

 お嬢様育ちだから、こんな感じかなと今では納得している。


「本当に遅刻しちゃう!」


 立ち止まって胸元の懐中時計に目を向けた私。

 時間を見てすぐ、小走りで歩き始め視線を前に向けた時。

 三船さんを乗せた車が青信号の交差点を通過するところだった。



 ――その時



「キャッ、あぶないっ!」


 横から信号無視のトラックが飛び出してきて、三船さんが乗った車に衝突。

 私のすぐ目の前で、同級生の子が大事故に巻き込まれてしまった。

 ぶつかった衝撃で、車の後部座席に乗っていた三船さんはグッタリして意識がない。


「うそでしょ、誰か助けてあげてっ!」


 周りにいた通行人が救急車を呼ぶ手配をしている。

 私は恐怖で両足がガクガク震え、今にも泣き出してしまいそう。

 私はその場に立ったまま、事故現場を見つめていた。


「三船さん……」


 中学生になったばかりで、始業式も終えてないのに。

 何とかしないと……


 悩んでみたけど、アレをするしか方法がない。

 周りで私を見てる人がいない、今がチャンス。

 みんな事故現場に視線を向けてるし、少し離れた場所だけど大丈夫。


「不安だけど、やるしかないよね」


 真新しいセーラー服を着ている私は、胸元の前で両手を重ねる。

 ネックレスのように首から下げていた、古い懐中時計を握り締めながら。

 青い瞳が見えないように目を閉じて、私は集中する。

 長い金髪の毛先がフワフワ揺れはじめ、頭に結んでいた赤いリボンの先もピンと立つ。


「どうかどうか、私の願いを聞いてください……」


 ひどい頭痛と同時に、私の体が軽くなってくる。

 日中の明るい時間帯にも係わらず、地面で何かが光り始めた。

 私の足下を中心に丸い波紋が広がり、魔方陣のようなものが作られていく。


「すこしでいいの、時間をもどして……」


 声を押し殺すように、私は小声でつぶやく。

 スカートの裾もユラユラ揺れ始め、時空がねじれていくのが分かる。

 タイミングを逃さないように、私は大きな声で叫んだ。



「リバース!」



 背中を叩かれたような衝撃が体を突き抜ける。

 ゆっくりと目を開け、青い瞳で周囲を見つめる。


「うまく……いったかな……」


 私の目に映る景色は白黒で、モノトーンのように色がない。

 人や車の動きも止まり、完全に時間が停止した状態だ。


「おひさしぶりですエリさま、パラレルワールドの世界へようこそ!」


 タキシードを着た黒いウサギが、私の目前に立っている。

 二足歩行で歩き回り、言葉を話す怪しい黒ウサギが私を見て驚きながら話し始めた。


「いやいや、立派に成長されましたな!制服姿も似合っますし、金髪を結ぶトレードマークの赤いリボンもウサギの耳みたいにピョンと立ってステキですぞっ!」


 おしゃべりで、おせじばかり言ってくる動物。

 見た目はウサギだけど、自分でもよく分かってない存在だったりする。


「こんにちは、黒ラビくん」


「名前を覚えててくれたのですね!うれしくて、ぴょんと飛び跳ねたい気分なのです!」


 ふざけながらケタケタ笑う黒いウサギに向かって、私は言う。


「ごめんね、急いでるの。さっそくいいかな?」


「現世から離れたパラレルワールドの空間で、何をお急ぎなのですか?エリさま」


「ちょっとね、5分だけでいいから時間を巻き戻してほしいの」


「それぐらいでしたら、わたくし黒ラビだけで任務遂行できまする」


「お願い、はやくして!」


「エリさま、今回の事も組織へは内密にしますので……いつもの、ささいな代償を……」


「知られたら面倒なのね、それは秘密にしとくから……」


「かしこまり、でございまする~!」


 私は胸元の懐中時計を手に取り、指先でボタンをつまむ。

 今より5分ほど時間を戻したところで、時計の針をセットした。


「それではエリさま、いきますぞ~!」


 足下に丸い波紋が広がり、魔方陣が作られていく。

 私は胸元の懐中時計を両手で握り締めながら、青い瞳を静かに閉じた。

 準備が整うと、黒いウサギが大きな声で言い放つ。



「リバ~~~ス!」



 黒ラビの大きな声が耳に響く。

 その直後、春の臭いと爽やかな風を感じた。


 目を開くと、周りには桜並木。

 制服姿の私は胸元で懐中時計を握り締めたまま、その場に立っていた。


「成功かな……」


 目の前にある交差点で、事故はおきてない。

 私が胸を撫で下ろして溜息をついてると、背後から車が近づいてくる。


「おはようございます、エリさん」


 高級車の後部座席に座った三船さんが、窓ガラスを開けて私に挨拶してきた。


「三船さん、おはよう……」


「あら?エリさん元気ありませんわね」


「私はだいじょうぶ、それより三船さん体調はいいの」


「もちろんですわ、今日から中学生なので頑張りますよ」


「そう、よかった……」


 私は安心して、三船さんに笑顔を見せた。


「エリさん早くしないと遅刻しますわよ!お先に失礼、おたっしゃで~」


 手を振りながら、三船さんが車の窓ガラスを閉じようとしてる。

 私はハッと我に返り、時間を巻き戻す前の事故を思い出す。


「まって三船さん、窓を閉じないで!」


「えっ、なんですの?」


 大きな声で必死に叫び、話しかける。

 呼び止めないと、時間を巻き戻す前の事故がおきてしまう。


「そっ、そうね……中学校の制服、すごく似合っててカワイイよ!」


「エリさんもね、それでは失礼します」


「まってよ三船さ~ん!」


「なんですのエリさん、本当に遅刻しますわよ」


 窓を閉じたら、車が走り去ってしまいそう。

 こうなったら最後の手段、私は行動に出る。


「失礼しま~す!」


 私は開いた窓から車の中に飛び込んだ。


「ちょっとエリさん、非常識ですわよ!」


 非常識でも何でもいい、三船さんが事故に巻き込まれなければ。

 強引に車内へ飛び込んだ私に向かって、三船さんは渋い顔をしてる。


「高級車の中ってすごいね、おおきいな!」


 わざとらしいリアクションで話題を反らし時間稼ぎ。

 でも、その行動が裏目にでてしまう。


「このままだと遅刻してしまうわ、車を出して」


 三船さんが運転手に指示をする。


「ちょっと、まって!」


「エリさんも車で学校へ送ってさしあげますから、だいじょうぶですよ」


 走り出した車、私は思わず大きな声で叫んだ。


「止まれ~っ!」


 驚いた運転手さんが交差点の手前で急ブレーキ。


「なんですのエリさん!」


 私の行動に、怒った三船さんが声を上げる。

 その直後。


 赤信号を無視したトラックが、高級車の目前を通過していった。

 顔が青ざめ、血の気が引いていく三船さん。

 私は胸を撫で下ろし、安心して体の力が抜けていく。


「あのトラックに衝突していたら、大事故でしたわね……」


「中学校の始業式どころじゃなかったよ」


「なんだか、エリさんに助けられたような感じですけど」


「べつに、私はなにもしてないから」


 私の顔を見た三船さんが、口元に手をあてて驚いた表情をしてる。


「どうしたの?」


「エリさんの美しくて可愛らしい顔に……」


「なによ、ハッキリ言ってほしいな」


「その……鼻血が出ていますわ……」


「えっ」


 原因は分かってる。

 時間とパラレルワールドの管理人、黒ラビへ代償を渡した後遺症のせいだ。

 彼が自分の組織へ内密にする代わりに、私の血液を少し提供しただけ。


「ウサギみたいな可愛い姿をして、吸血族が……」


「エリさん、何か言いました?」


「なんでもないよ!」


 三船さんが、スカートポケットから高級そうなハンカチを差し出してきた。

 その直後、不思議顔で私を見つめながら静かに口を開く。


「鼻血が消えましたわ……」


 吸血族の末裔、あいつの仕業だ。


「三船さんの見まちがいかもね」


「そうでしたか、すみません」


 私の言葉を聞いて、三船さんは顔を横に傾げながら納得している。


 車は何事もなく走り出し、学校へ向かう。

 おかげで、遅刻をすることなく少し早めに到着した。


 私は貧血で、ちょっとフラフラしてるけど気にしてない。

 それより、今日から始まる学校生活を思うと胸がドキドキしている。



 車から降りて校舎の前に立つ。

 私、七瀬エリは胸元の懐中時計を両手で握り締めながら小声でつぶやいた。


「あたらしい学校生活が始まるよ。私を見守ってね……」





【第2回1話だけ大賞作品】