元恋人と、今日から同僚です

 定時を過ぎて、編集部の人が減っていく。
 今日は朝倉が先に帰った。私は残業するふりをして、彼がいなくなるのを待っていた。これもいつも通り。

 パソコンに向かいながら、ぼんやりと考える。
 五年前のこと。

 あの頃の私は、今よりもっと尖っていた。
 仕事を覚えたばかりで、認められたくて必死だった。毎日終電まで働いて、土日も原稿を読んで、自分を追い込んでいた。
 朝倉は、そんな私を心配した。もっと休まないと身体を壊すと言っていた。

 でも私には、それが理解できなかった。
 応援して欲しかった。足を引っ張るようなことはしないで欲しかった。
 そう思っていた。

 だけど今なら、少しだけわかる。
 朝倉は私のことを心配していただけだ。間違っていたのは、私の方だったのかもしれない。

 でも、だからといって——

「結城さん、まだいたんですか」

 声に顔を上げると、宮本が立っていた。

「……宮本こそ、残業?」
「はい。原稿のチェックが終わらなくて」

 宮本が自分の席に戻り、パソコンを開く。
 静かな編集部に、キーボードの音だけが響く。

「真帆さん」

 しばらくして、宮本が言った。

「朝倉さんと、何かあったんですか?」

 直球だった。
 午前中よりも、踏み込んだ質問。

「……何もないよ」
「嘘ですよね?」

 宮本の声は責めるようなものじゃなかった。心配している、そんな雰囲気だった。

「会議の時、二人の空気、おかしかったですよ。単なる先輩後輩には見えませんでした」

 観察力が鋭すぎる。
 私は、キーボードを叩く手を止めた。

「……昔の、知り合い」

 嘘じゃない。嘘じゃないけど全部でもない。
 元彼。その一言だけは言いたくない。というよりも、口にしたくない。

「知り合い?」
「それ以上は、聞かないで」

 宮本は少し黙った。

「わかりました。でも、何かあったら言ってくださいね。私、真帆さんの味方ですから」

 その言葉が、やけに胸に沁みた。
 味方。そう言ってくれる人がいる。それだけで、少しだけ救われる気がした。

「……ありがとう」
「今日、このあと飲みに行きません? 愚痴でも聞きますよ」

 魅力的な誘いだった。
 でも、今夜は一人になりたかった。色々、整理したいことがある。

「ごめん、今日はやめとく。また今度ね」
「わかりました。約束ですよ」

 宮本が笑う。私も、少しだけ笑い返した。