元恋人と、今日から同僚です

 八時過ぎ、やっと仕事を切り上げた。
 編集部には、まだ何人か残っている。
 その中に朝倉もいた。

 帰り支度をしていると、朝倉が立ち上がった。
 同じタイミング。気まずい。

「……お先に」

 私は足早に編集部を出た。
 エレベーターホールに向かい、ボタンを押して待つ。
 背後から、足音が近づいてくる。

 朝倉だった。

「…………」
「…………」

 重い沈黙。
 
 無言で、エレベーターを待つ。
 何か話すべきなのか、黙っているべきなのか、わからない。

 チン、と音がして、ドアが開いた。
 二人で乗り込む。私が一階のボタンを押す。
 ドアが閉まり、エレベーターが下降を始めた。

「結城さん」

 朝倉が口を開いた。

「何?」
「今日の打ち合わせ、ありがとうございました。わかりやすかったです」

 仕事の話。それだけ。

「……どういたしまして」
「撮影、頑張ります」

 その言葉が、妙に真っ直ぐで、胸に刺さった。
 彼は、純粋に仕事を頑張ろうとしている。
 私情を挟まず、プロとして。

 私は、どうだろう。
 朝倉のことを意識しすぎて、仕事に影響が出ていないだろうか。
 気を遣いすぎて、おかしな態度になっていないだろうか。

 エレベーターが一階に着く。
 ドアが開き、二人で降りる。

「じゃあ、お疲れ様でした」

 朝倉がそう言って、出口に向かう。
 私も、少し遅れてついていく。

 外に出ると、四月の夜風が頬を撫でた。
 朝倉は駅とは反対方向に歩いていく。
 自宅が逆方向なのか、それとも私と同じ方向に歩きたくないのか。

 後者だとしたら、それは私のせいだ。
 私が拒否したから、朝倉は距離を取っている。望んでいた通りの状況。なのに——

「……」

 私は、駅への道を歩き始めた。

 仕事だけの関係。
 それでいいはずだった。それが一番いいはずだった。
 仕事に影響のない、同僚としての適切な距離感。

 なのに、胸の奥が……

 朝倉の背中が見えなくなるまで、私は何度も振り返っていた。