元恋人と、今日から同僚です

 九時を過ぎて、やっと仕事を切り上げた。
 編集部には、もう誰もいない。

 荷物をまとめて、オフィスを出る。
 エレベーターホールに向かうと、そこに人影があった。

 朝倉だった。

「……なんで、いるの?」
「待ってた」
 あっさりと言われて、言葉に詰まる。

「帰ったんじゃなかったの」
「一回出て、戻ってきた。結城さん、遅くまで残ってるから」

 ストーカーじゃないか。そう言いたかったけれど、声にならなかった。

「……何の用」
「明日のこと。返事、まだ聞いてないから」

 明日は土曜日。「話したい」と言われた日だ。

「……」
「だから、待ってた」

 朝倉が一歩、近づく。
 エレベーターホールには、私たち二人だけ。逃げ場がない。

「真帆」

 名前で呼ばれて、心臓が跳ねる。

「五年間、ずっと気になってた。
 俺たち、ちゃんと話し合ってない。
 それが、ずっと引っかかってたんだ」

 私も、同じだった。
 ちゃんと話し合わなかった。お互いの気持ちを、最後まで伝えなかった。
 だから、五年経っても、ふとした時に思い出す。

 けど??

「……今さら、話し合って何になるのよ」

 声が震えそうになるのを、必死で抑えた。

「五年も経ったんだよ。お互い、別の人と付き合ったりもした。
 今さら昔のことを掘り返して、何の意味があるの」

 朝倉が黙る。
 その沈黙が、重い。

「……意味があるかどうかは、話してみないとわからない」
「わからないことに、時間を使いたくない」
「逃げてるだけだろ」

 その言葉に、カチンときた。

「逃げてないよ」
「逃げてる。俺と向き合うのが怖いから、避けてるだけだ」

 図星だった。
 だからこそ、腹が立った。

「怖くなんかない。ただ、必要ないって言ってるの。
 終わった恋を蒸し返す必要なんて、どこにもない」

 声が大きくなる。
 エレベーターホールに、私の声が響いた。

「私は前に進んでるの。五年前のことは、もう過去。
 今さら振り返っても、何も変わらない」

 強がった。私の精一杯の強がり。
 前になんか、進めていない。ずっと立ち止まったままだ。