元恋人と、今日から同僚です

 夕方、給湯室でコーヒーを淹れていると、足音が近づいてきた。
 振り返らなくても、わかる。この足音。

「結城さん」

 朝倉だった。

「……何?」
「さっき、田村さんと話してましたよね」

 見ていたのか。

「聞こえてたわけじゃないけど、なんとなく察しました。
 俺たちのこと、噂になってるんでしょう」

 否定する気にもなれなかった。

「……そうみたい」
「すみません。俺がもっとうまくやれれば——」
「あなたのせいじゃないでしょ」

 自分でも驚くほど、きつい言い方になった。

「私が避けてるから、変に見えてるだけ。あなたは普通にしてる」

 朝倉が黙る。
 給湯室に、お湯が沸く音だけが響いている。

「……普通になんて、してないですよ」

 朝倉が、静かに言った。

「俺だって動揺してる。毎日、真帆の顔を見るたびに色んなことを思い出す」

 真帆。
 また、名前で呼んだ。職場なのに。

「……やめて」
「何を?」
「名前で呼ぶの。ここ、職場だから」

 朝倉が苦笑する。

「結城さん、ね。わかりました」

 私は、コーヒーカップを手に取り、立ち去ろうとする。

「結城さん」

 背中に、朝倉の声が届く。

「今週末、時間ある?」

 足が止まる。

「……何?」
「話したいことがある。仕事じゃなくて、ちゃんと」

 振り返らない。振り返ったら、断れなくなる気がした。

「……考えとく」

 同じ答え。一週間前と、同じ答え。
 私は早足で給湯室を出た。