球技大会当日は、気持ちの良い快晴だった。
グラウンドにひかれた白線を避けて、あちこちでクラスごとに集まっている生徒たち。各競技とも男女別の、クラス対抗だ。
「伸尋ー、非常に申し訳ないんやけど、バレーとドッジで補欠で出てくれへん?」
七組とのバスケの試合終了後、息を整えていた伸尋のところに体育委員が来た。十組が圧勝したのが伸尋の活躍のおかげなのは、見ていた全員がわかっていた。体育委員は、疲れているから断られるだろう、と思っていたけれど、
「両方? 別にええよ」
伸尋は断らなかった。
「おまえ、よぉ体もつなぁ」
史が感心しているのを聞きながら、伸尋は次の一年生とのバレーの試合へ向かっていった。
そして、十分もせずに戻ってきた。
伸尋はつまらなさそうに溜息をついた。集合がかかって五分経っても選手が揃わなかったため、一年生は棄権になったらしい。その後も何度か二年十組の試合があったけれど、これといって強い敵は現れなかった。というより、敵の大半は一年生で、怖いもの知らずの伸尋を相手に後込んでしまったのだけれど。
昼休み、教室で話題になっているのは、もちろん伸尋のことだ。
「あれ見た? シュッて上げてバチーン叩いて、帰ってきたやつバーンって」
三年生とのバレーの試合での伸尋の活躍を、時織が大袈裟に説明する。その隣で弁当箱を持ったまま、お腹を抱えて夜宵が笑っている。
「なぁ、夜宵、うちらなぁ、自分のクラスも放って見ててん。なぁ夜宵、どう思う? あいつすごすぎんでなぁ」
時織ももちろん笑っている。
「見てたけどー、敢えて言わんとく」
「ははは、また敢えて……。敢えて言わんとくじゃなくって、言って」
もちろん、同じグループには叶依と海帆、珠里亜もいるけれど。笑い続けているおかげで、弁当箱はなかなか空にならない。
昼から予定されている試合は決勝戦のみで、運良く十組男子陣はバスケとドッジで勝ち進んでいた。バスケの相手は三年生で、ドッジは再び七組だった。
「決勝戦って一個ずつやんかぁ。夜宵見る?」
「敢えてー、見る」
「見るんかいっ」
五人の間で笑いが絶えることはなかった。
一方。
伸尋はというと、史の隣で──。
「あんなん朝飯前やで」
「おまえなんでそんな体力あるん? どこで鍛えてんのか教えてくれよ」
「別に何も鍛えてないで。クラブ行ってバスケやって、家帰って飯食って、風呂入って寝るだけ」
さらっと言って、弁当の玉子焼きを口に放り込んだ。
「おまえのおっちゃんってどんな人やったっけ?」
静かにしていた五組の鷲尾采が、やはり静かに聞いた。昼休みに弁当を持って他のクラスに移動する生徒は、結構いるらしい。
「俺、小さい頃からおばあちゃんに育てられたからお父さん見たことないけど、すごい人やったって聞いたで」
「おばちゃんは?」
「おばちゃんは……わからん」
弁当を約五分で平らげ、三人は校庭へと飛び出していった。そしてそこで決勝戦に備えて、体力作りをしたことは言うまでもない。
午後、太陽が少し西に傾いた頃、決勝戦が始まろうとしていた。
バスケットボールのメンバーに入っている伸尋は、誰よりも気合を十分に入れてコートへと向かった。もちろん他のメンバーもクラスメイト達も、誰もが彼の活躍を期待していた。
ピーッ!
各チーム一人がセンターサークルに入り、他の選手はコートに散らばる。主審がトスアップし――ボールを叩いたのは相手チームのキャプテンだった。
ボールは三年生に渡り――
ダッダッダッ……
「くそっ」
伸尋は敵の前へ防御に入り、手を広げて行く手を阻んだ。瞬間、
「――っと」
ボールは三年生のキャプテンに戻された。
ダッダッダッ……ドッドッドッ……
史がそれを追い――シュートしようとしているキャプテンの前に入り、ボールを奪い取った。そのまま一気にコートの反対側までドリブルし、
「伸尋っ」
待ち構えていた伸尋にボールを投げた。
伸尋はジャンプしてそれを受け取ってからすぐに史に戻し、なるべく人の少ないところに移動する。
「史っ」
史はボールをリバウンドさせてから伸尋に渡した。相手チームが防げなかったのは、ボールが速かったからだ。それでも伸尋はジャンプして受け取って、そのままゴールを狙い──。
「キャーーーーー!」
シュートが決まり、女子生徒たちから歓声が起こった。
「ナイスショット!」
はしゃぐ女子生徒に混じって、田礼がジャンプしながら拍手して喜んでいた。
休む間もなく試合は続けられた。けれど、最初にボールを取るのはいつも三年生で、いくら史が走っても、いくら伸尋が防いでも、結果は同じだった。三年生がシュートを決め続けて点差は大きくなり、逆転不可能なほどになっていた。
「くそっ……どうすれば……」
伸尋はかなり焦っていた。
ピーッ。
「集合っ!」
田礼が作戦タイムをとった。
「お茶っ、お茶あげてっ」
何人かの男子は、選手たちに自分のお茶を捧げた。
「若崎、焦るのはわかるけどちょっと落ち着け。いけるか? おまえらな、攻めも防御も完璧やねん。けど、あっちのほうが強い――」
ピーッ。
残り時間はわずかしかなかった。
ボールが投げられた瞬間、味方は皆、敵にぴったり張り付いていた。その間を伸尋がジグザグにドリブルし――、シュートは失敗した。
ピーッ。
試合終了。
最後まで流れを変えることは出来ず、三年生に負けてしまった。
汗を拭いて水分を補給し、史は伸尋を探した。
伸尋は頭にタオルをかぶって、地面にしゃがみ込んでいた。
「俺もショックやけどさぁ……おまえはもっとショックなんやでな……でもさ、まだドッジあるやん。頑張ろうや」
伸尋は頭からタオルを外して首にかけ、
「俺もまだまだ修行が足りんわ」
両手で頬をパチンと叩いた。
そして、ドッジボールの集合がかかると、勢い良く走って行った。
そんな様子を近くで観察していた叶依と海帆は、もちろん伸尋を心配していた。大好きで超得意なバスケの試合で、まさかの大敗をしてしまった。ドッジボールの試合に走っていったけれど、元気そうには見えなかった。
コートのほうから鼓膜が破れそうなほどの歓声が届いたのは、試合開始後間もない時だった。コートを見て、叶依は驚いた。十組側はまだ全員が残っているのに、七組側は一人しか残っていなかった。
「何が起こったん?」
海帆がクラスメイトに聞くと、興奮しながら教えてくれた。最初、ボールかコートを選ぶ時に伸尋は迷わずボールを選び、試合が始まったと同時に強いボールを投げ、一投で連続五人も当てた。誰の手にも渡らずに自分の元へ帰ってきたボールで更に三人当て、それからも気が狂ったかのように当て続け、今に至る、らしい。
「あと一人! あと一人! あと一人! あと一人!」
伸尋は相手をじっと睨みつけたまま呼吸を整えている。
(一体どうしたん……?)
(早く投げたったらいいのに……)
(どうせ当てられるってわかってて、それ待ってるのって嫌やでな……)
そんなひそひそ話も聞こえ始めていた。
三十秒ほど経っただろうか――伸尋はボールを持った右手をゆっくり挙げた。瞬間、ボールは敵めがけて超スピードで飛んでいった。
ピーッ。
試合終了と同時に、伸尋は自分が倒れたのを知った。
グラウンドにひかれた白線を避けて、あちこちでクラスごとに集まっている生徒たち。各競技とも男女別の、クラス対抗だ。
「伸尋ー、非常に申し訳ないんやけど、バレーとドッジで補欠で出てくれへん?」
七組とのバスケの試合終了後、息を整えていた伸尋のところに体育委員が来た。十組が圧勝したのが伸尋の活躍のおかげなのは、見ていた全員がわかっていた。体育委員は、疲れているから断られるだろう、と思っていたけれど、
「両方? 別にええよ」
伸尋は断らなかった。
「おまえ、よぉ体もつなぁ」
史が感心しているのを聞きながら、伸尋は次の一年生とのバレーの試合へ向かっていった。
そして、十分もせずに戻ってきた。
伸尋はつまらなさそうに溜息をついた。集合がかかって五分経っても選手が揃わなかったため、一年生は棄権になったらしい。その後も何度か二年十組の試合があったけれど、これといって強い敵は現れなかった。というより、敵の大半は一年生で、怖いもの知らずの伸尋を相手に後込んでしまったのだけれど。
昼休み、教室で話題になっているのは、もちろん伸尋のことだ。
「あれ見た? シュッて上げてバチーン叩いて、帰ってきたやつバーンって」
三年生とのバレーの試合での伸尋の活躍を、時織が大袈裟に説明する。その隣で弁当箱を持ったまま、お腹を抱えて夜宵が笑っている。
「なぁ、夜宵、うちらなぁ、自分のクラスも放って見ててん。なぁ夜宵、どう思う? あいつすごすぎんでなぁ」
時織ももちろん笑っている。
「見てたけどー、敢えて言わんとく」
「ははは、また敢えて……。敢えて言わんとくじゃなくって、言って」
もちろん、同じグループには叶依と海帆、珠里亜もいるけれど。笑い続けているおかげで、弁当箱はなかなか空にならない。
昼から予定されている試合は決勝戦のみで、運良く十組男子陣はバスケとドッジで勝ち進んでいた。バスケの相手は三年生で、ドッジは再び七組だった。
「決勝戦って一個ずつやんかぁ。夜宵見る?」
「敢えてー、見る」
「見るんかいっ」
五人の間で笑いが絶えることはなかった。
一方。
伸尋はというと、史の隣で──。
「あんなん朝飯前やで」
「おまえなんでそんな体力あるん? どこで鍛えてんのか教えてくれよ」
「別に何も鍛えてないで。クラブ行ってバスケやって、家帰って飯食って、風呂入って寝るだけ」
さらっと言って、弁当の玉子焼きを口に放り込んだ。
「おまえのおっちゃんってどんな人やったっけ?」
静かにしていた五組の鷲尾采が、やはり静かに聞いた。昼休みに弁当を持って他のクラスに移動する生徒は、結構いるらしい。
「俺、小さい頃からおばあちゃんに育てられたからお父さん見たことないけど、すごい人やったって聞いたで」
「おばちゃんは?」
「おばちゃんは……わからん」
弁当を約五分で平らげ、三人は校庭へと飛び出していった。そしてそこで決勝戦に備えて、体力作りをしたことは言うまでもない。
午後、太陽が少し西に傾いた頃、決勝戦が始まろうとしていた。
バスケットボールのメンバーに入っている伸尋は、誰よりも気合を十分に入れてコートへと向かった。もちろん他のメンバーもクラスメイト達も、誰もが彼の活躍を期待していた。
ピーッ!
各チーム一人がセンターサークルに入り、他の選手はコートに散らばる。主審がトスアップし――ボールを叩いたのは相手チームのキャプテンだった。
ボールは三年生に渡り――
ダッダッダッ……
「くそっ」
伸尋は敵の前へ防御に入り、手を広げて行く手を阻んだ。瞬間、
「――っと」
ボールは三年生のキャプテンに戻された。
ダッダッダッ……ドッドッドッ……
史がそれを追い――シュートしようとしているキャプテンの前に入り、ボールを奪い取った。そのまま一気にコートの反対側までドリブルし、
「伸尋っ」
待ち構えていた伸尋にボールを投げた。
伸尋はジャンプしてそれを受け取ってからすぐに史に戻し、なるべく人の少ないところに移動する。
「史っ」
史はボールをリバウンドさせてから伸尋に渡した。相手チームが防げなかったのは、ボールが速かったからだ。それでも伸尋はジャンプして受け取って、そのままゴールを狙い──。
「キャーーーーー!」
シュートが決まり、女子生徒たちから歓声が起こった。
「ナイスショット!」
はしゃぐ女子生徒に混じって、田礼がジャンプしながら拍手して喜んでいた。
休む間もなく試合は続けられた。けれど、最初にボールを取るのはいつも三年生で、いくら史が走っても、いくら伸尋が防いでも、結果は同じだった。三年生がシュートを決め続けて点差は大きくなり、逆転不可能なほどになっていた。
「くそっ……どうすれば……」
伸尋はかなり焦っていた。
ピーッ。
「集合っ!」
田礼が作戦タイムをとった。
「お茶っ、お茶あげてっ」
何人かの男子は、選手たちに自分のお茶を捧げた。
「若崎、焦るのはわかるけどちょっと落ち着け。いけるか? おまえらな、攻めも防御も完璧やねん。けど、あっちのほうが強い――」
ピーッ。
残り時間はわずかしかなかった。
ボールが投げられた瞬間、味方は皆、敵にぴったり張り付いていた。その間を伸尋がジグザグにドリブルし――、シュートは失敗した。
ピーッ。
試合終了。
最後まで流れを変えることは出来ず、三年生に負けてしまった。
汗を拭いて水分を補給し、史は伸尋を探した。
伸尋は頭にタオルをかぶって、地面にしゃがみ込んでいた。
「俺もショックやけどさぁ……おまえはもっとショックなんやでな……でもさ、まだドッジあるやん。頑張ろうや」
伸尋は頭からタオルを外して首にかけ、
「俺もまだまだ修行が足りんわ」
両手で頬をパチンと叩いた。
そして、ドッジボールの集合がかかると、勢い良く走って行った。
そんな様子を近くで観察していた叶依と海帆は、もちろん伸尋を心配していた。大好きで超得意なバスケの試合で、まさかの大敗をしてしまった。ドッジボールの試合に走っていったけれど、元気そうには見えなかった。
コートのほうから鼓膜が破れそうなほどの歓声が届いたのは、試合開始後間もない時だった。コートを見て、叶依は驚いた。十組側はまだ全員が残っているのに、七組側は一人しか残っていなかった。
「何が起こったん?」
海帆がクラスメイトに聞くと、興奮しながら教えてくれた。最初、ボールかコートを選ぶ時に伸尋は迷わずボールを選び、試合が始まったと同時に強いボールを投げ、一投で連続五人も当てた。誰の手にも渡らずに自分の元へ帰ってきたボールで更に三人当て、それからも気が狂ったかのように当て続け、今に至る、らしい。
「あと一人! あと一人! あと一人! あと一人!」
伸尋は相手をじっと睨みつけたまま呼吸を整えている。
(一体どうしたん……?)
(早く投げたったらいいのに……)
(どうせ当てられるってわかってて、それ待ってるのって嫌やでな……)
そんなひそひそ話も聞こえ始めていた。
三十秒ほど経っただろうか――伸尋はボールを持った右手をゆっくり挙げた。瞬間、ボールは敵めがけて超スピードで飛んでいった。
ピーッ。
試合終了と同時に、伸尋は自分が倒れたのを知った。



