叶依が伸尋と話す時間を減らしたせいか、二人の噂はいつの間にか聞かなくなっていた。避けていたわけではなく、叶依はプライベートの用事ができて彼のことを気にする余裕があまりなかった。
もちろん、学校にはちゃんと通っているし、勉強も──苦手ではあるけれどちゃんとしている。友人たちとはもちろん、史や伸尋とも、顔を合わせれば話もしている。クラブに顔を出すことは減ってしまったけれど、叶依はそれなりに学校を楽しんでいた。
一学期の期末試験最終日、最後のチャイムが鳴った瞬間、ほとんどのクラスから喜びの声が上がった。解答用紙が集められてから、ホームルームになった。特に大事な話はなく、翌日は球技大会が予定されているので、その連絡だけで簡単に終わった。
叶依が帰り支度をしていると、
「テストどうやった?」
史が笑いながら聞いてきた。
「どうやったって、別に……」
特にこたえは求めていなかったようで、史は叶依の返事を聞き流しながら後ろの席の伸尋に話しかけていた。今までに何度か席替えはしていたけれど、試験期間中は出席番号順だ。
「おまえさぁ、明日の対戦相手、聞いたか?」
「うん、七組やろ?」
机の中に忘れ物がないか確認しながら、妙に明るい声で伸尋は答えた。
「そんな、七組やろ、って言ってるけど、めっちゃ強豪やで」
「らしいな」
やはり伸尋は明るかった。
「らしいなっておまえ……自信満々やん」
「任しとけって。強豪っつったって、パンチが言ってるだけやろ? それに七組ってあんまり強いとか聞いたことないし、俺に勝てるわけないって」
そんなことをさらっと言う伸尋は、余裕の表情だ。運動神経が良いのは聞いているし、特にバスケが得意だとも言っていたけれど──。
「伸尋、何出んの?」
叶依の隣には、いつの間にか海帆が来ていた。
「おう。ちゃんと見とけよ。俺の勇姿!」
「だから、何出んの?」
「ああ、全部」
「全部? 全部って……バレーとバスケとドッジ?」
「うん」
目を丸くする叶依の前で鞄をさっと引っ掛け、「じゃ」と片手を軽く挙げると伸尋は久々のクラブ活動へ行ってしまった。
「伸尋ほんまに全部出んの?」
叶依が史に聞いた。
「……選手に登録してあるのはバスケだけやけど、バレーとドッジで補欠らしい」
史も伸尋と同様、久々のクラブ――サッカー部へと飛んでいった。
教室に残された叶依と海帆は、言葉なく呆然と立ち尽くしていた。
────静寂を破ったのは、海帆の腹の虫。
ぐるるるる……。
きゅるるる……。
と、叶依の腹の虫。
珠里亜が荷物を持って現れたのは、ちょうどそのときだった。時織と夜宵は用があったので先に帰ったらしい。
「早く食堂行こー。お腹ぺこぺこや」
ペットボトルで凍らせて未だに溶けずに残っているお茶をカタカタ鳴らしながら、珠里亜は食堂のほうを見た。
食堂は特に混んではいなかった、けれど。
「ちょっとあれ見てー。パンチと巻ちゃん」
珠里亜が指したほうを見ると、そこには間違いなく、田礼巻雄と範池葉亜真――七組の担任が向かい合って座っていた。生徒に混じって先生が食堂で食事をするのは、特に珍しくない。
「そういえば珠里亜って七組やったっけ?」
「うん……うちカツ丼ー☆」
珠里亜はさっさと食券を買って、調理場の前に並んだ。叶依と海帆が何を考えているのかなど、もちろん気にしていない。
他の生徒に越される前に、と叶依と海帆も珠里亜と同じカツ丼を買って、席は叶依が選んだ。田礼と範池の会話がギリギリ聞こえる場所だ。
田礼と範池の会話は、やはり球技大会のことだった。
「えらい事んなったな」
ラーメンのスープをすすりながら、田礼が笑った。
「楽しみやわ。第一試合か。覚悟しとけよ」
言ってから範池は、日替わりランチの海老フライにかぶりついた。
「でも、僕のクラス、バスケ部キャプテンいてますんでね──他にも運動部のやつらいっぱいおるし」
「俺んとこも運動神経良いヤツめっちゃおるで。運動部員よおけおったってあかんあかん。運動神経良いヤツおらな」
「でも、若崎はかなり使える奴ですよ」
「そやけどなぁ」
田礼と範池はもうしばらく会話を続け、お茶を一気に飲み干してから食堂をあとにした。
「もしかして、明日……うちのクラスと十組、対決するん?」
「うん、男子のバスケで当たるんやって」
「へぇ……。うちのクラスどうなんやろう? 男子の体育なんか見たことないしなぁ」
もちろん、叶依と海帆も、男子生徒の体育を見たことはない。グラウンドを分けて使うときに偶然見るか、話しているのを信じて想像するしかない。
「田礼とパンチ、いつも無駄に競ってるよなぁ」
「そうそう、しかも、生徒がすることで担任が対決されても、良い迷惑やわ」
はじめの頃に頼りない印象だった田礼は、数ヵ月の間に逆の印象に変わっていた。話し方は変わらないけれど、長めだった髪は短くなって、着ていたスーツも淡い色から黒や紺など濃い色になった。もともとそういう色を着ていた範池と一緒に、校長や教頭を除くすべての先生たちの頂点に立とうとしているように見えた。
「叶依と海帆は何に出るん?」
「私らドッジ。バレーはバレー部の子らが気合い入れてたわ」
叶依は勉強があまり得意ではない上に、運動はもっと得意ではない。三つの種目の中で単純そうなドッジボールを選んだけれど、ボールを当てられる可能性が高いので本音を言うと参加したくない。
「そういえば叶依、明後日──やるんやろ? 前に言ってたやつ」
「……うん。あー、緊張するなぁ。球技大会サボって練習しときたいわ」
球技大会の翌日は夏休み直前の週末で、近隣地域の高校の音楽部が集まってのコンサートが予定されていた。叶依たちコーラス部も出場予定で、コンサートのトリは叶依が一人で務めることになっている。
「頑張って、応援してるから」
「余計緊張する……」
もともとコーラス部としての出番だけだったはずが、叶依のことを知った運営担当がトリをしてほしいと声をかけてきた。
「何歌うん?」
「……私がソロで歌えると思う?」
叶依は歌が好きではあるけれど、得意ではない。
「まぁ、歌もやるけど。歌有りと無しと一個ずつ」
もちろん、学校にはちゃんと通っているし、勉強も──苦手ではあるけれどちゃんとしている。友人たちとはもちろん、史や伸尋とも、顔を合わせれば話もしている。クラブに顔を出すことは減ってしまったけれど、叶依はそれなりに学校を楽しんでいた。
一学期の期末試験最終日、最後のチャイムが鳴った瞬間、ほとんどのクラスから喜びの声が上がった。解答用紙が集められてから、ホームルームになった。特に大事な話はなく、翌日は球技大会が予定されているので、その連絡だけで簡単に終わった。
叶依が帰り支度をしていると、
「テストどうやった?」
史が笑いながら聞いてきた。
「どうやったって、別に……」
特にこたえは求めていなかったようで、史は叶依の返事を聞き流しながら後ろの席の伸尋に話しかけていた。今までに何度か席替えはしていたけれど、試験期間中は出席番号順だ。
「おまえさぁ、明日の対戦相手、聞いたか?」
「うん、七組やろ?」
机の中に忘れ物がないか確認しながら、妙に明るい声で伸尋は答えた。
「そんな、七組やろ、って言ってるけど、めっちゃ強豪やで」
「らしいな」
やはり伸尋は明るかった。
「らしいなっておまえ……自信満々やん」
「任しとけって。強豪っつったって、パンチが言ってるだけやろ? それに七組ってあんまり強いとか聞いたことないし、俺に勝てるわけないって」
そんなことをさらっと言う伸尋は、余裕の表情だ。運動神経が良いのは聞いているし、特にバスケが得意だとも言っていたけれど──。
「伸尋、何出んの?」
叶依の隣には、いつの間にか海帆が来ていた。
「おう。ちゃんと見とけよ。俺の勇姿!」
「だから、何出んの?」
「ああ、全部」
「全部? 全部って……バレーとバスケとドッジ?」
「うん」
目を丸くする叶依の前で鞄をさっと引っ掛け、「じゃ」と片手を軽く挙げると伸尋は久々のクラブ活動へ行ってしまった。
「伸尋ほんまに全部出んの?」
叶依が史に聞いた。
「……選手に登録してあるのはバスケだけやけど、バレーとドッジで補欠らしい」
史も伸尋と同様、久々のクラブ――サッカー部へと飛んでいった。
教室に残された叶依と海帆は、言葉なく呆然と立ち尽くしていた。
────静寂を破ったのは、海帆の腹の虫。
ぐるるるる……。
きゅるるる……。
と、叶依の腹の虫。
珠里亜が荷物を持って現れたのは、ちょうどそのときだった。時織と夜宵は用があったので先に帰ったらしい。
「早く食堂行こー。お腹ぺこぺこや」
ペットボトルで凍らせて未だに溶けずに残っているお茶をカタカタ鳴らしながら、珠里亜は食堂のほうを見た。
食堂は特に混んではいなかった、けれど。
「ちょっとあれ見てー。パンチと巻ちゃん」
珠里亜が指したほうを見ると、そこには間違いなく、田礼巻雄と範池葉亜真――七組の担任が向かい合って座っていた。生徒に混じって先生が食堂で食事をするのは、特に珍しくない。
「そういえば珠里亜って七組やったっけ?」
「うん……うちカツ丼ー☆」
珠里亜はさっさと食券を買って、調理場の前に並んだ。叶依と海帆が何を考えているのかなど、もちろん気にしていない。
他の生徒に越される前に、と叶依と海帆も珠里亜と同じカツ丼を買って、席は叶依が選んだ。田礼と範池の会話がギリギリ聞こえる場所だ。
田礼と範池の会話は、やはり球技大会のことだった。
「えらい事んなったな」
ラーメンのスープをすすりながら、田礼が笑った。
「楽しみやわ。第一試合か。覚悟しとけよ」
言ってから範池は、日替わりランチの海老フライにかぶりついた。
「でも、僕のクラス、バスケ部キャプテンいてますんでね──他にも運動部のやつらいっぱいおるし」
「俺んとこも運動神経良いヤツめっちゃおるで。運動部員よおけおったってあかんあかん。運動神経良いヤツおらな」
「でも、若崎はかなり使える奴ですよ」
「そやけどなぁ」
田礼と範池はもうしばらく会話を続け、お茶を一気に飲み干してから食堂をあとにした。
「もしかして、明日……うちのクラスと十組、対決するん?」
「うん、男子のバスケで当たるんやって」
「へぇ……。うちのクラスどうなんやろう? 男子の体育なんか見たことないしなぁ」
もちろん、叶依と海帆も、男子生徒の体育を見たことはない。グラウンドを分けて使うときに偶然見るか、話しているのを信じて想像するしかない。
「田礼とパンチ、いつも無駄に競ってるよなぁ」
「そうそう、しかも、生徒がすることで担任が対決されても、良い迷惑やわ」
はじめの頃に頼りない印象だった田礼は、数ヵ月の間に逆の印象に変わっていた。話し方は変わらないけれど、長めだった髪は短くなって、着ていたスーツも淡い色から黒や紺など濃い色になった。もともとそういう色を着ていた範池と一緒に、校長や教頭を除くすべての先生たちの頂点に立とうとしているように見えた。
「叶依と海帆は何に出るん?」
「私らドッジ。バレーはバレー部の子らが気合い入れてたわ」
叶依は勉強があまり得意ではない上に、運動はもっと得意ではない。三つの種目の中で単純そうなドッジボールを選んだけれど、ボールを当てられる可能性が高いので本音を言うと参加したくない。
「そういえば叶依、明後日──やるんやろ? 前に言ってたやつ」
「……うん。あー、緊張するなぁ。球技大会サボって練習しときたいわ」
球技大会の翌日は夏休み直前の週末で、近隣地域の高校の音楽部が集まってのコンサートが予定されていた。叶依たちコーラス部も出場予定で、コンサートのトリは叶依が一人で務めることになっている。
「頑張って、応援してるから」
「余計緊張する……」
もともとコーラス部としての出番だけだったはずが、叶依のことを知った運営担当がトリをしてほしいと声をかけてきた。
「何歌うん?」
「……私がソロで歌えると思う?」
叶依は歌が好きではあるけれど、得意ではない。
「まぁ、歌もやるけど。歌有りと無しと一個ずつ」



