永い永い年月のあと──。
「最近は良い天気が続いてるでしょ? だからあの子を外で遊ばせたくて。さっきも蝶々を追いかけて、楽しそうに走り回ってたわ」
「本当ね。うちの子も好奇心旺盛で、目が離せないんだから」
ルクス・テラの王宮の庭園で二人の婦人が花の香りを楽しみながら、穏やかな笑顔で語り合っていた。王妃アルラと、惑星一の騎士を夫に持つパフェット。アルラには娘が、パフェットには息子がいる。アルラとパフェットは仲が良く、子供たちをよく一緒に遊ばせていた。天気が良いので外に、とアルラが娘を連れて出ると、パフェットとその息子に会った。
あの日、スコティア・ゲーの襲撃によって街は廃墟同然になってしまった。一度の攻撃で、光の都は一瞬にして輝きを失ってしまった。けれどいま彼女たちが見ているのは、かつてないほどに光に満ちたルクス・テラだ。花々は再び咲き誇り、空はまるで宝石のような青さを取り戻していた。悪夢など最初から存在しなかったかのように──。
「王様も幸せよね。アルラみたいな美しい奥さんがいて、あんな可愛らしいカーナがいるんだから」
「そんな、あなたこそ、惑星一の騎士を夫に持って、ノーブルっていう美しい息子まで!」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。地位も美貌も兼ね備えた彼女たちの会話は、まるで春風のように軽やかだった。木陰のベンチに腰を下ろし、アルラは視線を庭の先へ向けた。そこでは、噴水のそばでカーナとノーブルが無邪気に笑い合っていた。
「本当に仲がいいわよね、あの子たち」
パフェットが微笑みながら言った。
「数えるほどしか会ってないのに……。もう何年も前から一緒にいるみたい」
アルラは目を細め、娘の小さな背中を見つめた。
「カーナが十八歳になったら、私はあの子が、私の後を継いでくれると思うんだけど……ノーブルは、王になってくれるかしら?」
アルラが不安そうに聞くと、パフェットは自信たっぷりに頷いた。
「大丈夫よ。ほら、今だってあんなに楽しそうに遊んでる。きっと二人で、ルクス・テラを立派に治めてくれるわ」
「そう……そうよね……きっと、そう……」
二人は未来を夢見て、楽しげに語り合った。カーナとノーブルがやがて王位を継ぎ、このルクス・テラを導くときが来る。それはすでに両家で決められた運命だ。
「でも、ちょっと可哀想な気もするのよね……」
アルラがぽつりと呟いた。
「そうね。あまり他の人を知らずに育つなんて。でも、だからこそ、二人の絆は特別なものになるわ」
三歳にも満たない子供たちの未来を語りながら、二人は陽気に笑い合った。子供たちの無邪気な笑顔は、まるでこの世界の光そのものだった。
その頃、カーナとノーブルは、噴水の裏側でこっそり遊んでいた。二人は隠れようとしたわけではなく、偶然にそうなったのだけれど。大人たちの視線から隠れたその場所は、まるで二人だけの秘密の王国だった。
カーナが初めてノーブルに会ったとき、彼にものすごく惹かれた。もちろん、その感情が何なのか理解できる年齢ではないけれど、アルラが言う通りに彼は確かに美しかった。それはノーブルも同じだったようで、顔を合わせるといつも二人で仲良く遊んでいた。
二人が遊んでいる噴水は、かつてルミナたちが力を引き出していた光の泉だ。泉はルクス・テラの繁栄とともに大きくなり、やがて庭の中心に噴水として整備された。
蝶々を追いかけてカーナは、噴水の際に生えている小さな花にたどり着いた。しゃがんで顔を近づけると、オレンジ色の花びらからひらひらと、何かが顔を出した。何だろう、と手を伸ばすと、それはふわりとカーナの手に乗り、くるりと一周まわって見せた。それが何なのか分からずに、カーナは首を傾げた。
「初めまして、カーナさま」
「……わぁ!」
「私はクロリス、花の妖精です!」
「くろいす? ……かわいい! よーせーさん?」
カーナが無邪気に尋ねると、クロリスはまたくるりと回ってから深くお辞儀をした。白く透き通った羽を背中にぱたつかせ、花と同じ色のひらひらのドレスを着て、金色の髪を靡かせていた。
「はい! カーナさま、お外は初めてですか?」
「うん!」
それなら教えてあげましょう、とクロリスはカーナの顔の高さまで飛び上がり、花や水、土、風など自然の全てのものに妖精がいると教えてくれた。
「でも、どこにいるかはお楽しみ! 探してみて!」
「わかった! よーせーさんと、おともだちになりたい!」
「かーなちゃーん!」
カーナがクロリスと笑い合っていると、少し離れたところから誰かに呼ばれた。
「カーナさま、お友達が呼んでますよ」
「……のーくん!」
カーナを呼んだのは、パフェットの息子のノーブルだった。彼は噴水から続く石畳の道に興味をもち、不規則に並べられた石を辿って遠くのほうまで行っていたらしい。
「なぁに?」
立ち上がって振り返り、カーナは不器用に走りながらノーブルに駆け寄った。先ほどまで話していたクロリスに見守られながら──けれどカーナはクロリスのことをすっかり忘れ──。
カーナがノーブルに近づくと、彼は目を輝かせてカーナを見ていた。
「なぁに、のーくん?」
「あっちに何かあるよ!」
ノーブルは石畳の道の遠くのほうを指差した。道は途中で無くなっているようにも見えるけれど、その先に自分たちの背の高さくらいの何かが見えた。庭の外れの木がたくさんある、森のような場所だ。
「なんだろー? 行ってみよー!」
「うん!」
ノーブルは来た道を引き返しながら一瞬振り返り、テテテとついてくるカーナの手を引いた。それがカーナは嬉しかったけれど、もちろんその感情が何なのかは知らず……。
「カーナちゃん、きをつけて」
「うん……」
「えっとぉ……こっち!」
石の上を歩くパタパタという足音が、草の上を歩きだしてサササと軽くなった。ノーブルは〝さっき見たあれは何だったのか〟という好奇心で、カーナは〝これから何が起こるのか〟という少しの不安で前を見つめる。二人はだんだんと森の中に入っていき、やがて開けた場所に辿り着いた。
アルラとパフェットが二人の姿を見失ったことに気づいたのは、それから小一時間後のことだった。庭は静寂に包まれ、噴水の水音だけが穏やかに響いていた。
「最近は良い天気が続いてるでしょ? だからあの子を外で遊ばせたくて。さっきも蝶々を追いかけて、楽しそうに走り回ってたわ」
「本当ね。うちの子も好奇心旺盛で、目が離せないんだから」
ルクス・テラの王宮の庭園で二人の婦人が花の香りを楽しみながら、穏やかな笑顔で語り合っていた。王妃アルラと、惑星一の騎士を夫に持つパフェット。アルラには娘が、パフェットには息子がいる。アルラとパフェットは仲が良く、子供たちをよく一緒に遊ばせていた。天気が良いので外に、とアルラが娘を連れて出ると、パフェットとその息子に会った。
あの日、スコティア・ゲーの襲撃によって街は廃墟同然になってしまった。一度の攻撃で、光の都は一瞬にして輝きを失ってしまった。けれどいま彼女たちが見ているのは、かつてないほどに光に満ちたルクス・テラだ。花々は再び咲き誇り、空はまるで宝石のような青さを取り戻していた。悪夢など最初から存在しなかったかのように──。
「王様も幸せよね。アルラみたいな美しい奥さんがいて、あんな可愛らしいカーナがいるんだから」
「そんな、あなたこそ、惑星一の騎士を夫に持って、ノーブルっていう美しい息子まで!」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。地位も美貌も兼ね備えた彼女たちの会話は、まるで春風のように軽やかだった。木陰のベンチに腰を下ろし、アルラは視線を庭の先へ向けた。そこでは、噴水のそばでカーナとノーブルが無邪気に笑い合っていた。
「本当に仲がいいわよね、あの子たち」
パフェットが微笑みながら言った。
「数えるほどしか会ってないのに……。もう何年も前から一緒にいるみたい」
アルラは目を細め、娘の小さな背中を見つめた。
「カーナが十八歳になったら、私はあの子が、私の後を継いでくれると思うんだけど……ノーブルは、王になってくれるかしら?」
アルラが不安そうに聞くと、パフェットは自信たっぷりに頷いた。
「大丈夫よ。ほら、今だってあんなに楽しそうに遊んでる。きっと二人で、ルクス・テラを立派に治めてくれるわ」
「そう……そうよね……きっと、そう……」
二人は未来を夢見て、楽しげに語り合った。カーナとノーブルがやがて王位を継ぎ、このルクス・テラを導くときが来る。それはすでに両家で決められた運命だ。
「でも、ちょっと可哀想な気もするのよね……」
アルラがぽつりと呟いた。
「そうね。あまり他の人を知らずに育つなんて。でも、だからこそ、二人の絆は特別なものになるわ」
三歳にも満たない子供たちの未来を語りながら、二人は陽気に笑い合った。子供たちの無邪気な笑顔は、まるでこの世界の光そのものだった。
その頃、カーナとノーブルは、噴水の裏側でこっそり遊んでいた。二人は隠れようとしたわけではなく、偶然にそうなったのだけれど。大人たちの視線から隠れたその場所は、まるで二人だけの秘密の王国だった。
カーナが初めてノーブルに会ったとき、彼にものすごく惹かれた。もちろん、その感情が何なのか理解できる年齢ではないけれど、アルラが言う通りに彼は確かに美しかった。それはノーブルも同じだったようで、顔を合わせるといつも二人で仲良く遊んでいた。
二人が遊んでいる噴水は、かつてルミナたちが力を引き出していた光の泉だ。泉はルクス・テラの繁栄とともに大きくなり、やがて庭の中心に噴水として整備された。
蝶々を追いかけてカーナは、噴水の際に生えている小さな花にたどり着いた。しゃがんで顔を近づけると、オレンジ色の花びらからひらひらと、何かが顔を出した。何だろう、と手を伸ばすと、それはふわりとカーナの手に乗り、くるりと一周まわって見せた。それが何なのか分からずに、カーナは首を傾げた。
「初めまして、カーナさま」
「……わぁ!」
「私はクロリス、花の妖精です!」
「くろいす? ……かわいい! よーせーさん?」
カーナが無邪気に尋ねると、クロリスはまたくるりと回ってから深くお辞儀をした。白く透き通った羽を背中にぱたつかせ、花と同じ色のひらひらのドレスを着て、金色の髪を靡かせていた。
「はい! カーナさま、お外は初めてですか?」
「うん!」
それなら教えてあげましょう、とクロリスはカーナの顔の高さまで飛び上がり、花や水、土、風など自然の全てのものに妖精がいると教えてくれた。
「でも、どこにいるかはお楽しみ! 探してみて!」
「わかった! よーせーさんと、おともだちになりたい!」
「かーなちゃーん!」
カーナがクロリスと笑い合っていると、少し離れたところから誰かに呼ばれた。
「カーナさま、お友達が呼んでますよ」
「……のーくん!」
カーナを呼んだのは、パフェットの息子のノーブルだった。彼は噴水から続く石畳の道に興味をもち、不規則に並べられた石を辿って遠くのほうまで行っていたらしい。
「なぁに?」
立ち上がって振り返り、カーナは不器用に走りながらノーブルに駆け寄った。先ほどまで話していたクロリスに見守られながら──けれどカーナはクロリスのことをすっかり忘れ──。
カーナがノーブルに近づくと、彼は目を輝かせてカーナを見ていた。
「なぁに、のーくん?」
「あっちに何かあるよ!」
ノーブルは石畳の道の遠くのほうを指差した。道は途中で無くなっているようにも見えるけれど、その先に自分たちの背の高さくらいの何かが見えた。庭の外れの木がたくさんある、森のような場所だ。
「なんだろー? 行ってみよー!」
「うん!」
ノーブルは来た道を引き返しながら一瞬振り返り、テテテとついてくるカーナの手を引いた。それがカーナは嬉しかったけれど、もちろんその感情が何なのかは知らず……。
「カーナちゃん、きをつけて」
「うん……」
「えっとぉ……こっち!」
石の上を歩くパタパタという足音が、草の上を歩きだしてサササと軽くなった。ノーブルは〝さっき見たあれは何だったのか〟という好奇心で、カーナは〝これから何が起こるのか〟という少しの不安で前を見つめる。二人はだんだんと森の中に入っていき、やがて開けた場所に辿り着いた。
アルラとパフェットが二人の姿を見失ったことに気づいたのは、それから小一時間後のことだった。庭は静寂に包まれ、噴水の水音だけが穏やかに響いていた。



