夢幻の扉~field of dream~【本編1】

 翌日、三人は総合体育館の客席ではなく、ベンチのほうで伸尋の試合を観戦していた。前半戦が終わろうとしている頃、リードしているのは伸尋側のチームだ。
「なぁ海帆、あのスーツ着た人、誰やろ?」
 体育館の入り口付近に、五十代くらいの男が一人で座っていた。腕組みをして考え事をしているのだろうか、じっと試合を見ている。
「さぁ……史、あの人、知ってる?」
「ん? ああ……山野(やまの)芳明(よしあき)。JBL会長」
「会長? ってもしかして、伸尋に? そんなにすごいん?」
「そうらしいで。前に聞いてんけど、会長も若い時はトップレベルの選手やったらしくて、そのとき戦ったどの選手より、伸尋のほうがレベル高いらしい」
「ふぅん」
 海帆と叶依は伸尋を目で追っていた。
 味方からボールを受け取って……ドリブルして……
「おっしゃー!」
 シュートが決まり、史は立ち上がって叫んだ。その直後の一瞬、叶依は伸尋に見られたような気がしたけれど、彼はそのまま試合を続けたので確認のしようがない。
 前半が終了し、選手たちはベンチに戻ってきた。伸尋はもちろん、三人のところに来る。
「おまえやっぱすごいわ」
「楽勝楽勝。こんだけ点離してたら追いつけんやろ。俺に勝てる奴はおらんで」
 少しだけ話をして、伸尋はチームメイトのところへ戻った。それと同時に、史も「すぐ戻る」と言ってどこかへ消えた。
「伸尋ってさぁ」
 史が完全に見えなくなってから海帆が口を開いた。
「格好良いよなぁ」
「え? まぁ、そうかなぁ。あれ? 海帆って──史と付き合ってんじゃなかったっけ?」
 報告を聞いたわけではないけれど、二人の雰囲気から確信していた。二人で話していることが増えたし、距離も近くなった。
「え……あ……知ってた?」
「うん。だって」
「じゃなくって! 気づいてないん?」
「ん? 何に?」
「何って、伸尋が……」
 海帆が何を言いたいのか、叶依にはわからない。
「叶依のこと好きって」
「へ?」
 叶依の声は裏返っていた。そんなこと、考えたこともなかった。
「史に言ったらしいで。今年になってから、今までと全然様子違うみたいやし」
「二年になってから?」
「うん。今までは、特に仲良くしてる女子はいなかったって」
 ふと見ると、伸尋は真剣な顔でバスケをしていた。球技大会のとき以上に真剣な顔だった。
「伸尋……格好良いとは思うけど、別に好きではないなぁ……」
「なんで?」
 史が三人分のペットボトル飲料を買って戻ってきた。
「俺、おまえもあいつ好きなんかと思ってたけど。ま、俺らが首突っ込んでもしゃーないけどな。はい、これ」
 史は二人にペットボトルを渡して、自分も飲んだ。
 後半も気づけば残り僅かだった。けれどスコアボードの表示は、前半と全く変わっていない。
 伸尋は――ボールを持ってゴールの下でシュート体勢に入っていた。けれど、何故かそこから動くことが出来ず、シュートもできないまま試合は終わってしまった。伸尋側のチームが勝ったけれど、彼はあまり嬉しそうではなかった。
「史ー」
 もらったペットボトルを開けずに持ったまま、叶依は立ち上がった。
「これさぁ……伸尋にあげていい?」
「いいけど……なんで? さっきの話するん?」
「ううん。なんとなく」
「ええよ」
「ゴメンな」
 叶依はゆっくりと、伸尋のほうへ向かって歩き出した。

 伸尋は座ってタオルで汗を拭いていた。表情はさっきと変わっていない。近付いてくる叶依に気付いたのか、ゆっくりと顔を上げた。
「これ――あげる。史にもらったんやけど、喉乾いてないから」
 叶依は伸尋の隣に腰掛け、ペットボトルを渡した。
「あ──サンキュー……」
 伸尋は少しだけ微笑んだ。
「今日は調子悪かったわ」
「――後半?」
「うん……」
「でも──いいやん。結果良かってんから。格好良かったで」
 さっきよりは大きめに、伸尋は笑った。
「でもやっぱり――伸尋としては点取りたかったんよなぁ」
 伸尋は飲み物を一口飲んで、大きな溜息をついた。
「気持ちはわかるけどさぁ、終わったこと言っても仕方ないやん。伸尋らしくないで。元気出してよ。いつもの伸尋みたいに」
 叶依は伸尋の背中をポンと叩いた。もちろん、ユニフォームは汗で濡れていた──けれど、そんなことは気にならなかった。
「そやな……よし。次に備えて鍛え直すわ」
 元気になった伸尋を見て、叶依は少し嬉しくなった。
「じゃ、私行くわ」
 叶依が伸尋に背を向けて歩き出すと、
「あ、叶依」
「ん?」
「あ――なんでもない。これ、サンキュー」
 にっこり笑って伸尋に手を振り、叶依は再び歩き出した。

 総合体育館を出ると、一人の綺麗な女性が辺りを見回していた。地元の人に見える、けれどあまり道は知らなさそうで、美人の噂も聞いたことがない。
「おい、あれ、あの人ちゃうん?」
 史に言われて海帆と叶依が近付いてみると、
「あっ、叶依ちゃん!」
「え? あっ大川さん? なんで……今日何か……?」
 女性は大川緑だった。
「良かった。実はね、私、叶依ちゃんに知らせなきゃいけないことがあったから、寮に行ったのよ。でも鍵がかかってたからどうしたのかなって思って、寮母さんに聞いたら、ここに来たって言ってたから来たの。良かった、行き違いにならなくて」
 いつでもどこでもよぉ喋る女やなー……と、史は思った。
「でもなんでわざわざ東京から?」
「電話でも良かったんだけど、ちょうどこっちに旅行に来てたの。そのついでにね」
「大川先輩ー」
 別の、もっと若い女性の声がした。大川より少し小柄な女性が、走りながら手を振っていた。
 叶依の知っている顔だった。
 大川は海帆と史に向かって、
「紹介するわね。うちの会社の塚本(つかもと)瑞穂(みずほ)。叶依ちゃんのマネージャーなの」
「塚本瑞穂です。よろしくね」
 彼女は二人に握手を求めた。二人は瑞穂の手を握り返し、同じような挨拶をした。
「あれ? もう四人は? 先輩が、叶依ちゃんのほかに女の子四人と男の子三人って言ってたんだけど……?」
「あ──、一人は中でクラブの試合で、ほかは来てないんです」
 叶依が答えた。
「それじゃ、あと頼んだわね」
 大川は瑞穂を残して歩き出した。
「えーっ、大川先輩ー。待ってくださいよー。もーっ、いつも先に行っちゃうんだから……っと、早くしなきゃね、叶依ちゃん」
「はい」
「先輩から話は聞いてると思うんだけど、OCEAN TREEの二人が叶依ちゃんに会いたがってるって言ってたでしょ。それで、会える日が決まったんだって」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。それがね、ちょっとまだ先なんだけど、十二月九日の火曜日。大丈夫?」
「十二月九日……はい、大丈夫です」
「じゃ、決まり。また詳しいことは後で連絡するわね。何も予定入れちゃダメよー」
「はい!」
 叶依は元気よく返事をした。
「それじゃ、またね」
 瑞穂は大川を追って走り出した。
 そんなこんなですっかり上機嫌になったまま、叶依は夏休みを過ごしていた。ときどき友人の家に遊びに行ったり買い物に行ったりするときも、OCEAN TREEに会えるという楽しみを忘れることはなかった。宿題が終わる度、仕事に行く度に、彼らに会いたいという想いは強まっていった。

 そんなある晩。
 叶依は不思議な夢を見た。