「お願い京介! 那月くんから好きな女の子のタイプ聞き出してほしいの!」
「…………は?」
日曜日の午後。
ベッドで漫画を読んでいたら、幼なじみの流花が部屋に飛び込んできた。
顔の前で両手を合わせ、必死な顔でこちらに迫ってくる。
「入るときはノックしろって、いつも――───」
「4組の白鳥さんがね、那月くんに告白したらしいの!!」
「待て待て、話が急すぎる!」
「だって白鳥さんだよ!?うちの高校で一番美人って噂の!」
俺の制止など聞く気もないらしく、流花はそのまま続ける。
「それなのに……那月くん、あっさり断ったんだって!!」
「へ、へぇ……」
思わず間の抜けた相づちが溢れた。
急すぎて驚きはしたけど正直、“だろうな”と思ったから。
白鳥さんといえば、男子の半分が振り向くレベルの美人で、告白された回数は二桁いってるとか、いないとか。
そんな相手でも断るなんて、那月らしいといえば那月らしい。
身長が高くてルックスもピカイチなバスケ部のエース。
放っておいても勝手にモテるいけ好かない野郎だけど、俺の親友だったりもする。
あいつ、告られるたび“今はそういうの考えてない”しか言わないんだよなぁ。
相手が誰でも関係なし。校内一美人だろうと容赦無くスルーするほど恋愛に興味がない。
「白鳥さんですら無理なら、どんな子がいいの!?ってなるじゃん!」
「いや、知らねーよ……」
少し引き気味に答えると、流花は急にしゅんとした。
「のんびりしてたら、他の子に先越されちゃうかも………」
不安そうな目でこちらを見る。
「お願い京介!こんなこと、京介にしか頼めないの」
そう言って、俺の手をぎゅっと握った。
…………あーあ、最悪だ。
さっきまでビービー騒いでたくせに、急に泣きそうな顔すんな。
何度も何度も……“好きな子”から、他の男の話を聞かされるこっちの身にもなってくれよ。
俺を都合のいい存在としか見ていない無神経なところが嫌いだ。
それでも、俺を一番に頼ってくれるのが嬉しいと思ってしまう自分がいる。
16歳にもなって叶いもしない初恋を追い続けてるなんて………。
ほんと、どうしようもないな。
心の中でツッコミを入れてから、俺は肩をすくめた。
「……わかったよ。聞けばいいんだろ」
短く答えると、流花の表情がパッと明るくなった。
◇
「好きな女のタイプ………?」
翌日の昼休み。
俺はさっそく例の質問を切り出した。
「急にどうしたんだよ」
パンをかじっていた那月がもぐっと動きを止めてこちらを見る。
「その……白鳥さんレベルを振る男はどんな人が好きなのか気になって、さ」
「へー」
他人事のような薄い反応。
那月がこの手の話に無関心なのは今さら説明するまでもない。
お茶を一口飲んでから「そうだなぁ」と、空を仰ぎながら答えた。
「京介みたいな子!」
「……は?」
語尾にハートでも付いてんのかってくらい、妙に明るい声でおかしなことを言ってくる。
「京介ってその辺の女子より断然可愛いじゃん。背もちっこいし、結構アリじゃね?」
こいつ、俺のコンプレックスを堂々といじりやがって。
ニヤニヤと楽しそうな顔で距離を詰めてくるから、流石にキレそう。
「おまえ……いい加減にしろよ」
「冗談だって!そんな怖い顔すんなよ〜」
本気で睨んだのに那月はケラケラと笑っていた。
……ったく、こんな適当野郎に好きなタイプとかあんのかよ。
内心呆れてはいたが、仕方なく話を戻す。
「そんで、まじのやつはあんの?」
「えー、まじのやつかぁ……」
間延びした声を出しながら首を傾げる那月。
さっきまでの適当さを上書きするように、少しだけ考える素振りを見せた。
「クールだけど照れ屋な黒髪ロングの清楚系かな〜」
黒髪清楚のクーデレ………?
心の奥で復唱してしまった。
どっかの漫画に登場しそうな2次元設定に思わずツッコミたくなる。
どうせ適当に答えたんだろうと思いながら、密かにほっとしていた。
………口うるさい流花とは真逆じゃんか。
クール要素は皆無だし、清楚な姿も照れてるところも全く見たことがない。
「なるほどな〜」
俺は適当に相づちを打つ。
那月もそれ以上広げる気はないらしく、すぐに別の話題に移っていった。
・
・
その日の夜。
那月に聞いた話をメッセージで流花に送った。
すぐに既読がついたかと思えば返ってきたのは短い一文。
『ありがとう!』
……おいおい、それだけかよ。
相変わらずこっちの気持ちなんて1ミリも考えてくれないらしい。
スマホを握りしめたまま、ベッドに倒れ込む。
俺が流花を好きなんて……口に出さなきゃ一生伝わらないんだろうな。
これからも変わらない関係が続くんだと思う。
───なんて思っていた矢先。
俺の恋は、とんでもない方向に動き出すことになる。
◇
数日後の放課後。
校門を抜けて家に帰る途中。突然鳴り響いた着信に足を止めた。
『京介ーーー!助けてーーー!」
キーン、と流花の声が耳に響く。
瞬時に“またか”と察してしまった。
「……なに?」
『バイト先のスタッフが急に辞めちゃって人手が足りないの!お願い、手伝って!』
「お前、バイトなんかしてたっけ?」
『最近始めたの! 店長がすっごく困ってて、誰か代わりの人いないかって半泣き状態なのー!』
電話越しでも必死さが伝わってきた。
助けてやりたい気持ち半分と面倒くさい気持ちが半分。
迷う俺に流花は容赦無く追い討ちをかけてくる。
『お願い!京介しか頼れる人いないの!』
こいつ……絶対わかってて言ってるだろ。
流花の“お願い”と“京介しかいない”は、もはや呪文だ。
「……わかった。今度なんか奢れよ」
『ありがとう!持つべきものは京介様だよー!!』
今日も今日とて、俺は便利屋か……。
「で、どこ向かえばいい?」
『駅前にあるメイドカフェ・ルミエールに来て!』
そう言うと、電話は一方的に切れた。
スマホを耳に押し当てたまま、流花の言葉をなぞるように呟く。
「メイドカフェ………?」
胸の奥が嫌な方向にざわつくのを感じた。
気のせい……だよな。
自分に言い聞かせながら、俺は駅前へ向かって走り出した。
・
・
・
「手伝うとは言ったけど………なんだよこれ!?」
鏡に映った自分の姿を見て、俺は言葉を失った。
フリフリのメイド服。キラキラのメイク。胸元まで伸びた黒髪。
一言で表すなら、絶望。
「いや〜、まさかここまで“女装”が似合うなんて、さすが京介だね!」
「褒められても嬉しくねーよ!」
店に着いたかと思えば流花に腕を掴まれ、抵抗する暇もなく更衣室に放り込まれた。
着替えやらメイクやらのフルコースをお見舞いされ、気づけば女装メイド爆誕………。
「なんで俺がこんな目に……」
「だって店長が“可愛い子連れてきて”って言うんだもん」
「俺は男だぞ!?」
「京介はその辺の女子より断然可愛いし、店長も“ビジュが良ければ性別なんて関係ない”って言ってたよ!」
グッと楽しそうに親指を立てる流花。
好きな人に可愛いと言われ、女装姿を見られるとか……地獄でしかない。
どんだけ男として見られてないんだよ。
力なく肩を落とした拍子にウィッグの黒髪が頬に触れた。
…………黒髪ロング。
どっかで聞き覚えのあるような、ないような。
まぁ、そんなこと今はどうでもいいか。
ここまできたら腹を括るしかあるまい。
流花のためだ。頑張れ、俺!
無理矢理自分を奮い立たせてホールに出た。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
自分史上、1番気持ちの込もっていない声が口から飛び出した。
言った瞬間にぞわっと鳥肌が立つ。
なぜ俺は野郎共にハートを飛ばしているんだろう……。
慣れた様子で注文をする客たちは、俺が男だとは夢にも思っていない様子。
バレても困るが、疑われないのも複雑すぎる。
ちらりと流花を見ると、案の定にやけ面で笑っていた。
あいつ……完全に楽しんでるだろ。
冷静になったら負けだと言い聞かせて笑顔を貼り付ける。
幸い、来店客のほとんどが常連だったこともあり、大きなトラブルもなく時間が過ぎた。
このままラストまで乗り切ればミッションクリアだ………!
と、思ったそのとき。
カランカランと入り口のドアが鳴った。
「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」
メイドさんたちの声が店内に響く。
俺も笑顔で入り口を見て─────一瞬で血の気が引いた。
は?嘘だろ……?
なんで、なんで……こんなところに“那月”がいるんだよ!?
入り口に立っていたのは、ジャージ姿の那月と、バスケ部の後輩らしき男子が2人。
まずい、まずいまずいまずい!!
こんな格好してるのがバレたらしぬ!一生の恥!
そんな俺の人生終了カウントダウンをよそに、那月に気づいた流花がぱぁっと瞳を輝かせた。
「えっ、那月くん!?」
嬉しそうに駆け寄っていく。
「水守さんじゃん。こんなとこで何してんの?」
「バイトだよ! 那月くんこそどうしたの?」
「俺はこいつらに無理やり連れてこられた。行ってみたかったんだと」
はぁ、と深くため息を吐く那月。
「そっかぁ。でも来てくれて嬉しいな! 席まで案内するね」
流花がくるりと振り返り、こっちに向かって歩いてきた。
「げっ!?」
やばい、こっちに来る!
声にならない悲鳴を飲み込んだ瞬間、あっさり那月と目が合った。
「あれ?」
その一言に心臓が跳ね上がる。
お、終わった───。
「君、どっかで会ったことない?」
「へ?」
もしかして俺だってことに気づいてない……?
たしかに友達が女装してメイドをやってる………なんて、普通に考えたらありえない展開だ。
メイクもしてるしウィッグだって被ってる。
何事もなく終えられれば、ワンチャン救いがあるのでは!?
「気安く話しかけなでください!」
一刻も早くこの場から離れたくて、全力で感じの悪い女を演じた。必死すぎて顔が熱を帯びるほど。
「……あぁ、すみません」
那月は一瞬だけ目を丸くしてから、素直に引き下がる。
若干の罪悪感はあるものの、俺の平穏な生活を守るため。
許せ、那月!
心の中で手を合わせていたら、隣にいた後輩が余計な言葉を飛ばしてきた。
「那月先輩〜、来て早々女の子口説かないでくださいよ〜」
「はぁ!?別にそんなつもりじゃ……!」
「そんなこと言って〜、顔真っ赤ですよ〜」
「っ………!?」
那月が慌てて顔を隠す。
こいつ……なんでこんな焦ってんだ?
「俺はただ、知り合いに似て……可愛いなって思っただけで………」
そこで言葉を切ったが、今度は耳まで赤くなっていく。
…………おい。
今、とんでもないこと言わなかったか?
「えぇ!?那月先輩が女の子褒めるなんて初じゃないっすか!?」
「女子に興味ないことで有名なあの那月先輩が!?」
「う、うるせーよ!」
後輩2人に煽られて那月は露骨に視線を泳がせる。
噛みつくくせに、肝心なところは否定はしない。
そのとき、脳裏にとある記憶が過った。
───『クールだけど照れ屋な、黒髪ロングの清楚系かな〜』
あれ、今の俺って……。
自身のことを振り返るように思い出す。
黒髪ロング。クールぶった態度。焦りまくった顔が照れてるように見えなくもない。
つまり……那月の好みドンピシャのフルコンボじゃねーか!?
助けを求めて流花に視線を送ったら、むすっと不機嫌そうにそっぽを向かれた。
ガーン!
流花のために女装までしたのに、なんで俺が悪いみたいな流れになってんだ!?
こんな展開、始まる前に中止してくれよーーー!



