ふらないで。


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「じゃあ、しの、また明日!塾、頑張ってくださいね」
「おー。つむぎも色々頑張れよー。また明日」
 学校が終わり、忙しいしのは塾へ走って帰って行きました。
 いつも騒がしい学校が静かになり、どこかいつもと違う青春を感じさせるこの時間が、私は大好きです。
 しのは帰ってしまいますが、一人の時間も楽しいです。
 2年も通い続けると、自分のルーティンができてしまいますね。
 誰もいない、薄暗い放課後の教室は、なんとも言えない雰囲気で綺麗です。私一人のこの空間が、学校の醍醐味とも言えるくらい大切です。
 しばらく本を読んでいましょう。
 残り10分の放送がなったら、大好きなメロンソーダを自販機で買って帰ります。これが私のルーティン。
 すると、教室のドアが開きました。
 少しびっくりしますが、忘れ物でもしたのでしょう。時々騒がしい男子が取りにきます。
 すると、ドアの向こうにいた人が現れました。
 私は心臓が止まりそうなほどびっくりし、本を読む手をとめて目を見開いてしまいます。
 黒川さん…。
 こ、ここここれは、あれでしょうか、好きな人と教室で二人きりっていう、神様からのご褒美…。
 ご褒美なんておこがましいですが、そう思わずにはいられません。
 心臓がばくばくと音を立てます。
 気づかれたらだめ、と慌てて本を読んでいるふりをしますが、内容が全く入ってきません。
「月城じゃん」
「はっ、はいっ!」
 名前を呼ばれることなんて、授業中に何度かあったのに。
 これまでにないくらい、心臓が音を立てます。
 彼は自分の机にいき、忘れ物かな?教科書か分かりませんが、本を取り出しました。
 告白するなら、今。
 絶好のチャンスと分かっていても…、なかなか勇気は出ないものですね。
 そのまま、意識は黒川さんに全集中したまま、本の文字を目だけでなぞっていました。
 彼はこちらをチラッと見た後、またドアを開けて帰って行きました。
 心臓がうるさいです。
 一瞬の奇跡のような時間でした。
 …しかし、ドアが開けっぱなしですね。
「こら…。いくらかっこよくたって、開けっぱなしはだめなんですから…」
 自分に言い聞かせるために小さな声で私は呟きました。
 ドアに手をかけた瞬間、ばちっと私の心に電撃が走りました。ドアのすぐ外に、黒川さんがいたのです。
 う、うそ…。聞かれてました?
 顔がさくらんぼみたいに真っ赤になります。
 彼の顔は暗くてあまり見えませんでしたが、直後、口を開きました。
「俺?」
 き、聞かれてました…か…………。
「え、えええっと!ど、ドアは黒川さんですが、かっこいいはほ、本の登場人物に言ったもので…!」
 こうなったら、決死の言い訳です。
 あまり親しくない…し、あっちは私のことをよく知らないはずなので、あまり気にはされないはず。
 ですが、彼は言いました。
「月城、俺のこと好きなの?」
 すごく…すごく、無垢な疑問系で聞かれてしまいました。
 思考も身体も、フリーズします。
 そしてその後、頭がパンクしそうなほど色々なことが巡ってきます。
 う、うわあああああっ!す、好きだけど、でも好きじゃないです!い、いや、好きじゃないってわけじゃないんですけど、大好きなんですけどでも分からないでください!…私は何を言っているんでしょう……。
 っていうか、俺のこと好き?って聞く人いますか?初めて聞いてしまいました、しかも本当に好きな人に!
 すごく、すごく恥ずかしくなって、顔から泡が出て沸騰しそうなほど熱くなりました。
「す、すすす好きぃ!?そ、そんなことは…な…ないです……けど」
「ふーん?」
 彼は薄く笑ったあと、とことこ歩いて行ってしまいました。

 好きです。あなたのことが、好きです。

 直感で、そう思いました。
 何回目でしょうか。
 嫌になります。絶対叶わない系の恋なのに、諦めきれない自分が。なんども、好きと思ってしまう私が。
 恋をしている乙女は最強って、どこかの誰かがよく言うみたいですが、全然そんなことはありません。汚くて、本当に嫌になる程汚い感情が湧き上がります。
 でも、それと引き換えにしゅわしゅわしたときめきが味わえるのなら、まだ救いはあるかなとも思ってしまいます。
 そんなことを考え、私はドアの前でしばらく突っ立っていました。