夜、凪は約束通り彩音を部屋へ迎えにやって来た。
そうして彩音は凪に連れられて山道を歩いているのだが、彼はどこに行くのかは教えてくれず、ただ「お前に、見せたいものがあるんだ」としか答えなかった。
それ以降何も言わずに山道を進んでいる。
山道は暗く、視界は良くない。月明かりと懐中電灯の明かりだけが頼りだ。
そんな中でも凪の足取りはしっかりとしており、この暗闇など全く問題ないようだった。
「わっ」
その時彩音が石に躓き、思わずバランスを崩した。
転んでしまう、と思う前に彩音の手を凪の力強い手が掴んだ。
「大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫」
「そうか」
暗がりで凪の顔ははっきりとは見えないが、それでも月明かりに照らされた端正な顔には、安堵の微笑みが浮かんでいるのが見えた。
「もうちょっと歩くけど平気か?」
「大丈夫だよ」
(あ……)
そう彩音が答えると、凪は再び歩き出した。
だが、繋いだ手は離されることなくしっかりと繋がれたままだ。
彩音もそのことについてはあえて触れず、凪の大きな手の温もりを感じながら山道を歩いた。
その時、彩音は先を行く凪の後ろ姿を見て思った。
(凪は私のこと、どう思ってるのかな?)
ただ、それを聞く勇気も自分の気持ちを伝える勇気も、今の彩音には無かった。
何よりも、気がかりなことが多すぎる。
一つ目は凪の体調のこと。
彩音は凪の体に異変があるように感じていたが、鏡夜も瀬織も凪の体を心配していた。
このことからもやはり凪の体には何か問題があることが分かった。
二つ目は葵の言葉だ。
鳴らないはずの電話が鳴り、葵が言った「金烏荘とはどこにあるのか?」という質問。
それに加え三つ目は、両親のことを尋ねた時の悠樹の様子だ。
両親の話をした途端、突然虚ろな目になってしまった。
そして両親の話題自体を忘れてしまっていたようにも見えた。
(凪、あなたは何者? この金烏荘には何か秘密があるの?)
でもそれを聞いたら凪との距離が離れてしまうようにも思え、彩音は尋ねることができなかった。
折角繋がれたこの温かい手を、手放したくなかった。
そんなことを彩音が考えていると、不意に凪が足を止めた。
「よし、着いたぞ」
「あれ? 何か、今……」
立ち止まった彩音の視界に、何か白く光るものがふわりと横切った。
そこは以前、凪と釣りをした川だった。
夜の川は深い青に覆われて、昼間とは全く違う景色だ。
その闇の中を仄かな明かりが点滅しながらふわふわと漂っている。
その幻想的な光景に、彩音は思わず息を呑んだ。
「これは……」
「……蛍だ」
「これが蛍……初めて見た。綺麗……」
柔らかな明滅を繰り返す蛍の光が、彩音の周りにもいくつも浮かび、触れれば儚く消えてしまうのではないかという程繊細なものだ。
彩音は声を忘れて蛍の光を見つめた。
「良かった、約束守れて」
凪は蛍に魅入っている彩音の隣に立ってそう言った。
その言葉で、以前ここで約束したことを思い出した。
この間、魚釣りをした日、凪は彩音に蛍を見せてくれると約束してくれた。
本当にささやかで、小さな約束だったため、彩音は気にも留めていなかった。
だが、凪はちゃんと覚えてくれていたのだ。
そのことに、彩音の胸に温かなものが溢れた。
「凪」
「ん?」
「ありがとう」
「あぁ」
ふわりふわりと浮かぶ光。
淡くて、優しくて、穏やかな光。
「夢を見ているみたい……」
「蛍の光はまるで人の魂の光のようだ。光っては一瞬で消え、そしてまた生まれる……」
凪もまた蛍の光を慈しむように見つめていた。
その横顔に彩音が話しかけようとした時だった。
一瞬、凪の姿が蛍の光のようにぼんやりと消えかけたように見えた。
彩音は目を見開いて息を呑み、瞬きをして再び凪を見つめた時には、凪の姿は元通りの色を取り戻していた。
(今……凪が透けて見えた。……気のせい?)
「どうした?」
驚きの表情で凪を見ていると、それに気づいた凪がこちらを見つめ返し、不思議そうに尋ねてきた。
だが、それに対し、『凪の姿が透けて見えた』などと答えられもしない。
そもそもそんなことはあり得ないのだ。
「ううん。なんでもない」
彩音は曖昧に微笑みながらそう答えた。
すると、暫し彩音を見つめた凪が、ゆっくりと口を開いた。
「……あのな、彩音」
「ん?」
固い口調で名を呼んだ凪に対し、彩音が何気なく返事をした。
だが次の瞬間、気づくと凪に抱きしめられていた。
恥ずかしいとかドキドキするとか思う前に、何故凪がこのように自分を強く抱きしめるのか、その理由が分からず、彩音は驚きと戸惑いの感情が先に浮かんだ。
同時に、強く抱きしめる腕の力が、何かを伝えようとしているようで、それが彩音の胸を騒めかせた。
「凪……?」
恐る恐る名を呼ぶと、凪は腕の力を緩めることなく、彩音を抱きしめたまま耳元で囁いた。
「本当はお前を帰すべきなのは分かっている。だけどなんでだろうな。お前を帰したくない……」
「え?」
「……なんて言ったらきっとお前は困るのにな」
掠れた声で囁く凪の言葉を聞き、彩音もまた凪を抱きしめ返していた。
「私も……帰りたくないよ。ずっとここにいたいな……」
「そんなこと言うな……帰せなくなる」
「いいよ……」
「……ダメだ。お前は帰るんだ。ここに残るなんて考えんな」
「どうして?」
「……ここは、お前のいる世界じゃないから」
「え? どういうこと?」
尋ねる彩音に答えることなく、凪はゆっくりと腕の力を解き、彩音の体を解放した。
「……帰ろう。金烏荘へ」
凪はそれ以上彩音の問いに答えてくれなかった。
そして彩音もまたそれ以上聞けなかった。凪の優しくて、そして悲しげな微笑みを見てしまったから……。
※
翌朝、いつものように居間に向かおうとした彩音は、ちょうど鏡夜がタイミングよく自分の部屋から出てきたところで鉢合わせをした。
夜、執筆活動をする鏡夜がこんな朝早くから起きていることに驚きつつ、彩音は尋ねた。
「あ、鏡夜さん。おはようございます。もしかしてこれから寝るんですか?」
その問いに鏡夜は答えることなく、ひょこひょこと近づいてきた。
相変わらず距離が近い。
いつものように文句を言おうとした彩音が口を開く前に、鏡夜が彩音の顔を覗き込んで言葉を制した。
「おやぁ~浮かない顔だね。昨日の夜はデートだったんでしょ?」
「! なっ何を!?」
「はぁ~僕は凪のこと、心配していたのにねぇ。当の本人は彩音ちゃんとデートなんだもん。ショックだねぇ」
「蛍を見に連れて行ってくれただけです。前に約束していたから」
「ふ~ん。で、そんなウキウキな状態なはずなのに、なんで浮かない顔なのかな?」
図星を突かれた彩音は、思わず口ごもってしまう。
まさか凪の体が透けていたなんて、非現実的なことを言えるはずもない。
だが、鏡夜は何かを知っている。
彩音は直感的にそう思った。
そして逡巡した後、冗談交じりに尋ねてみることにした。
「あのですね……、人が透けて見えるって、疲れてる証拠ですよね」
そんなことはあり得ない。
笑いながらそう否定してもらいたくて言った言葉だったが、鏡夜の反応は彩音の想像とは異なるものだった。
「……そう。彩音ちゃんは見ちゃったんだ」
「それってどういう意味ですか? あれは見間違いじゃないってことですか?」
彩音の問いに、鏡夜は唇の端に小さく笑みを浮かべたまま答えることはなかった。
だが、それこそが答えのように思えた。
「もしかして……凪が消える?」
そんなことはあり得ない。
常識的に考えたら人が消えることなど、あり得ないことだ。
だが、これまで鏡夜と瀬織は何度となく凪が消えてしまうということを口にしていた。
(まさか……そんな……)
「鏡夜さん、凪が消えるってどういうことですか? 教えてください!」
「僕は彩音ちゃんの事を気に入ってるけど、これ以上は秘密だよ」
「鏡夜さん!」
いつもと変わらない鏡夜の飄々とした態度に、思わず語気が強まってしまう。
だが、鏡夜はそれを気にすることなく、のんびりと答えた。
「だって、凪が秘密にしていることを、僕が勝手に教えられるわけないじゃない?」
確かに一理ある。
誰しも秘密はあるだろうし、それを第三者に暴露されたいとは思わないだろう。
無言でいる彩音を見た鏡夜は、言葉を続けた。
「でもまぁ? 恋する乙女のお願いを無下にするのも気が引けるしなぁ。彩音ちゃんの行動次第では凪の気持ちも変わるかもしれないし」
うーんと悩むそぶりを見せた鏡夜は、何か企みを隠すようにわざとらしくにっこりと笑った。
「じゃあ、一つヒントをあげるよ。凪について知りたいなら君が今まで見たもの、聞いたもの。ここに来て記憶している全ての事をもう一度振り返ってみるといいよ。全ての答えはきっと君の中にあるから」
「私の中に?」
「そう。じゃあ、僕はもう行くから」
「どこかお出かけですか?」
「違うよ。僕、金烏荘を出て行くんだ。じゃあ、彩音ちゃん、元気でね。君の健闘を祈ってるよ」
言うだけ言って、鏡夜はそのまま彩音の横をすり抜けて玄関から出て行った。
あまりにも呆気ない別れに、彩音は呆然とした面持ちでその後ろ姿を見送った。
だが別れの悲しみよりも、凪の話の方が衝撃だった。
もし鏡夜の言葉が本当ならば、このままでは凪は消えてしまう。
それは直感であり確信であった。
「凪!」
彩音はそう叫ぶと凪の名を呼びながら、彼を探した。
そうして彩音は凪に連れられて山道を歩いているのだが、彼はどこに行くのかは教えてくれず、ただ「お前に、見せたいものがあるんだ」としか答えなかった。
それ以降何も言わずに山道を進んでいる。
山道は暗く、視界は良くない。月明かりと懐中電灯の明かりだけが頼りだ。
そんな中でも凪の足取りはしっかりとしており、この暗闇など全く問題ないようだった。
「わっ」
その時彩音が石に躓き、思わずバランスを崩した。
転んでしまう、と思う前に彩音の手を凪の力強い手が掴んだ。
「大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫」
「そうか」
暗がりで凪の顔ははっきりとは見えないが、それでも月明かりに照らされた端正な顔には、安堵の微笑みが浮かんでいるのが見えた。
「もうちょっと歩くけど平気か?」
「大丈夫だよ」
(あ……)
そう彩音が答えると、凪は再び歩き出した。
だが、繋いだ手は離されることなくしっかりと繋がれたままだ。
彩音もそのことについてはあえて触れず、凪の大きな手の温もりを感じながら山道を歩いた。
その時、彩音は先を行く凪の後ろ姿を見て思った。
(凪は私のこと、どう思ってるのかな?)
ただ、それを聞く勇気も自分の気持ちを伝える勇気も、今の彩音には無かった。
何よりも、気がかりなことが多すぎる。
一つ目は凪の体調のこと。
彩音は凪の体に異変があるように感じていたが、鏡夜も瀬織も凪の体を心配していた。
このことからもやはり凪の体には何か問題があることが分かった。
二つ目は葵の言葉だ。
鳴らないはずの電話が鳴り、葵が言った「金烏荘とはどこにあるのか?」という質問。
それに加え三つ目は、両親のことを尋ねた時の悠樹の様子だ。
両親の話をした途端、突然虚ろな目になってしまった。
そして両親の話題自体を忘れてしまっていたようにも見えた。
(凪、あなたは何者? この金烏荘には何か秘密があるの?)
でもそれを聞いたら凪との距離が離れてしまうようにも思え、彩音は尋ねることができなかった。
折角繋がれたこの温かい手を、手放したくなかった。
そんなことを彩音が考えていると、不意に凪が足を止めた。
「よし、着いたぞ」
「あれ? 何か、今……」
立ち止まった彩音の視界に、何か白く光るものがふわりと横切った。
そこは以前、凪と釣りをした川だった。
夜の川は深い青に覆われて、昼間とは全く違う景色だ。
その闇の中を仄かな明かりが点滅しながらふわふわと漂っている。
その幻想的な光景に、彩音は思わず息を呑んだ。
「これは……」
「……蛍だ」
「これが蛍……初めて見た。綺麗……」
柔らかな明滅を繰り返す蛍の光が、彩音の周りにもいくつも浮かび、触れれば儚く消えてしまうのではないかという程繊細なものだ。
彩音は声を忘れて蛍の光を見つめた。
「良かった、約束守れて」
凪は蛍に魅入っている彩音の隣に立ってそう言った。
その言葉で、以前ここで約束したことを思い出した。
この間、魚釣りをした日、凪は彩音に蛍を見せてくれると約束してくれた。
本当にささやかで、小さな約束だったため、彩音は気にも留めていなかった。
だが、凪はちゃんと覚えてくれていたのだ。
そのことに、彩音の胸に温かなものが溢れた。
「凪」
「ん?」
「ありがとう」
「あぁ」
ふわりふわりと浮かぶ光。
淡くて、優しくて、穏やかな光。
「夢を見ているみたい……」
「蛍の光はまるで人の魂の光のようだ。光っては一瞬で消え、そしてまた生まれる……」
凪もまた蛍の光を慈しむように見つめていた。
その横顔に彩音が話しかけようとした時だった。
一瞬、凪の姿が蛍の光のようにぼんやりと消えかけたように見えた。
彩音は目を見開いて息を呑み、瞬きをして再び凪を見つめた時には、凪の姿は元通りの色を取り戻していた。
(今……凪が透けて見えた。……気のせい?)
「どうした?」
驚きの表情で凪を見ていると、それに気づいた凪がこちらを見つめ返し、不思議そうに尋ねてきた。
だが、それに対し、『凪の姿が透けて見えた』などと答えられもしない。
そもそもそんなことはあり得ないのだ。
「ううん。なんでもない」
彩音は曖昧に微笑みながらそう答えた。
すると、暫し彩音を見つめた凪が、ゆっくりと口を開いた。
「……あのな、彩音」
「ん?」
固い口調で名を呼んだ凪に対し、彩音が何気なく返事をした。
だが次の瞬間、気づくと凪に抱きしめられていた。
恥ずかしいとかドキドキするとか思う前に、何故凪がこのように自分を強く抱きしめるのか、その理由が分からず、彩音は驚きと戸惑いの感情が先に浮かんだ。
同時に、強く抱きしめる腕の力が、何かを伝えようとしているようで、それが彩音の胸を騒めかせた。
「凪……?」
恐る恐る名を呼ぶと、凪は腕の力を緩めることなく、彩音を抱きしめたまま耳元で囁いた。
「本当はお前を帰すべきなのは分かっている。だけどなんでだろうな。お前を帰したくない……」
「え?」
「……なんて言ったらきっとお前は困るのにな」
掠れた声で囁く凪の言葉を聞き、彩音もまた凪を抱きしめ返していた。
「私も……帰りたくないよ。ずっとここにいたいな……」
「そんなこと言うな……帰せなくなる」
「いいよ……」
「……ダメだ。お前は帰るんだ。ここに残るなんて考えんな」
「どうして?」
「……ここは、お前のいる世界じゃないから」
「え? どういうこと?」
尋ねる彩音に答えることなく、凪はゆっくりと腕の力を解き、彩音の体を解放した。
「……帰ろう。金烏荘へ」
凪はそれ以上彩音の問いに答えてくれなかった。
そして彩音もまたそれ以上聞けなかった。凪の優しくて、そして悲しげな微笑みを見てしまったから……。
※
翌朝、いつものように居間に向かおうとした彩音は、ちょうど鏡夜がタイミングよく自分の部屋から出てきたところで鉢合わせをした。
夜、執筆活動をする鏡夜がこんな朝早くから起きていることに驚きつつ、彩音は尋ねた。
「あ、鏡夜さん。おはようございます。もしかしてこれから寝るんですか?」
その問いに鏡夜は答えることなく、ひょこひょこと近づいてきた。
相変わらず距離が近い。
いつものように文句を言おうとした彩音が口を開く前に、鏡夜が彩音の顔を覗き込んで言葉を制した。
「おやぁ~浮かない顔だね。昨日の夜はデートだったんでしょ?」
「! なっ何を!?」
「はぁ~僕は凪のこと、心配していたのにねぇ。当の本人は彩音ちゃんとデートなんだもん。ショックだねぇ」
「蛍を見に連れて行ってくれただけです。前に約束していたから」
「ふ~ん。で、そんなウキウキな状態なはずなのに、なんで浮かない顔なのかな?」
図星を突かれた彩音は、思わず口ごもってしまう。
まさか凪の体が透けていたなんて、非現実的なことを言えるはずもない。
だが、鏡夜は何かを知っている。
彩音は直感的にそう思った。
そして逡巡した後、冗談交じりに尋ねてみることにした。
「あのですね……、人が透けて見えるって、疲れてる証拠ですよね」
そんなことはあり得ない。
笑いながらそう否定してもらいたくて言った言葉だったが、鏡夜の反応は彩音の想像とは異なるものだった。
「……そう。彩音ちゃんは見ちゃったんだ」
「それってどういう意味ですか? あれは見間違いじゃないってことですか?」
彩音の問いに、鏡夜は唇の端に小さく笑みを浮かべたまま答えることはなかった。
だが、それこそが答えのように思えた。
「もしかして……凪が消える?」
そんなことはあり得ない。
常識的に考えたら人が消えることなど、あり得ないことだ。
だが、これまで鏡夜と瀬織は何度となく凪が消えてしまうということを口にしていた。
(まさか……そんな……)
「鏡夜さん、凪が消えるってどういうことですか? 教えてください!」
「僕は彩音ちゃんの事を気に入ってるけど、これ以上は秘密だよ」
「鏡夜さん!」
いつもと変わらない鏡夜の飄々とした態度に、思わず語気が強まってしまう。
だが、鏡夜はそれを気にすることなく、のんびりと答えた。
「だって、凪が秘密にしていることを、僕が勝手に教えられるわけないじゃない?」
確かに一理ある。
誰しも秘密はあるだろうし、それを第三者に暴露されたいとは思わないだろう。
無言でいる彩音を見た鏡夜は、言葉を続けた。
「でもまぁ? 恋する乙女のお願いを無下にするのも気が引けるしなぁ。彩音ちゃんの行動次第では凪の気持ちも変わるかもしれないし」
うーんと悩むそぶりを見せた鏡夜は、何か企みを隠すようにわざとらしくにっこりと笑った。
「じゃあ、一つヒントをあげるよ。凪について知りたいなら君が今まで見たもの、聞いたもの。ここに来て記憶している全ての事をもう一度振り返ってみるといいよ。全ての答えはきっと君の中にあるから」
「私の中に?」
「そう。じゃあ、僕はもう行くから」
「どこかお出かけですか?」
「違うよ。僕、金烏荘を出て行くんだ。じゃあ、彩音ちゃん、元気でね。君の健闘を祈ってるよ」
言うだけ言って、鏡夜はそのまま彩音の横をすり抜けて玄関から出て行った。
あまりにも呆気ない別れに、彩音は呆然とした面持ちでその後ろ姿を見送った。
だが別れの悲しみよりも、凪の話の方が衝撃だった。
もし鏡夜の言葉が本当ならば、このままでは凪は消えてしまう。
それは直感であり確信であった。
「凪!」
彩音はそう叫ぶと凪の名を呼びながら、彼を探した。
