迷い込んだ森の中、消えゆくあなたに恋をした

ゆっくりと目を覚ますと、彩音(あやね)の視界にはぼんやりとした白い天井が見えた。
すぐに自分の部屋ではないことは分かった。
だが、自分がどこにいるのか認識できず、尋ねた言葉は思ったよりも掠れた声だった。

「ここは……病院?」
「目が覚めたか」

声の方に顔を向けると、そこにいたのは長身の青年だった。
サラサラの黒い髪に、目元が涼やかな整った顔立ちのこの青年には、一度会ったことがある。
確か名前は……

(あおい)、さん?」

記憶を辿って名を呼ぶと、葵は小さく頷いた。
ゆっくりと体を起こして周りを見回すと、そこは病院だった。

別に病気になったわけでもないし、体に痛みもない。
何故自分が病院にいるのか分からず、彩音は訝しげな表情を浮かべつつ首を傾げた。

そんな彩音に、葵が真摯な眼差しを向けながら尋ねた。

「覚えているか?」
「ええと……どういうことでしょうか? というか、状況がよく分からなくて」

そう戸惑いの声を上げると、葵の隣に立っていた淡い栗色の髪の青年が柔和な笑みを浮かべて、彩音にゆっくりと話しかけた。

彼の事も覚えている。
確か柚月(ゆづき)という青年だ。

「貴女は山道で倒れていたんです。ずっと行方不明になっていて、僕たちは貴女も探してたんですが、見つかって良かったです」
「山道で倒れていた?」

思い出そうとしても頭に靄が掛かったようで思い出せないでいた。

そもそも葵と柚月とはいつ出会ったのだろうか?
学校の友人でも塾の先生でもない。

じゃあ、この二人はいったい何者なのだろうか?

そう思った時、不意に彩音の頭の中で声が響いた。

『約束する! この地のことも、凪のことも、絶対に忘れない! どんなことがあっても、ずっと忘れない!』

それは自分の声だった。
何故そんな言葉が思い出されるのか。

(何か思い出さないと……)

焦燥感にも似た思いが、彩音の胸を強烈に焦がした。
動揺と混乱を押さえつつ、彩音は目を閉じると、記憶を辿ることにした。