恋は、終わったのです

 ーー卒業パーティー数日後ー sideレオナードの父




「モンルージュ公爵家に養子……お前はそれでいいんだな……ああ、面倒だ」



 低く呟き、こめかみを指で押さえた。

 息子――レオナードが、モンルージュ公爵家の養子となり、グラント侯爵令嬢と婚約する。そんな話をしてきたのだ。


『リディアが自分を選んでくれた』と、気持ち悪いくらいにニコニコしながら。こっちの気も知らないで……。



 あの卒業パーティーで侯爵からの話が、現実になるなど夢にも思わなかった。まったく、頭が痛い。



 子爵家の身分から、一気に公爵家の跡継ぎなど、けして幸運とは言えない。むしろ、気を引き締めなければならない立場だ。我が家にも縁をつなごうとする者が次々と現れ、政治的な思惑が絡みつくのは目に見えている。



 ――はぁ、爵位を長男に譲ったら、穏やかに暮らしていこうと思っていたのに。



「なんだよ、可愛い息子のために頑張ってくれよ」



 息子の気安い声が響く。



「……その図体で、何が可愛い息子だ」


 目の前に立つレオナードは、親の私より身長が高く、少年の面影は残っているが、堂々とした雰囲気が漂っていた。次男同様、騎士になれるだけの剣技もある。



「いいか、私は生まれてから死ぬまで子爵家の人間なのだからな! 私の手に負えない案件が来たら、レオナード、お前がなんとかしてくれ」

「おう、任せろ。未来の公爵様に」



 レオナードは、飄々と笑って見せる。




「……ったく、お前というやつは。……本当に大丈夫か? お前は家族に隠れて無理をするからな。あの学院の費用だって、お前が特待生だから何とかなっただけで、本来、三男のお前にまで金などかけてやれなかった。成績が少しでも下がれば、退学だってありえた」



 子爵の令息が特待生――それだけで、嫉妬の目にさらされるのは想像に難くない。あることないこと噂され、陰口を叩かれることもあっただろう。

 そして、これからも――。


 子爵家から公爵家への養子。そんな異例の立場に立てば、卒業後もさらに厳しい目に晒される。嫉妬や反発、時には侮蔑の言葉すら向けられるかもしれない。そんな道を選んだ息子を思うと、自然と心が重くなる。



「リディアと学力を競うというモチベーションがあったからな、気にしないでくれ。父上が思っているより俺は優秀なんだぞ。公爵になる教育など、余裕だ。なにも辛くはない」



 自信ありげに言う息子を見つめる。



「……文官になりたかったのだろう?」

 レオナードは、わずかに目を伏せた。



「……文官を目指した一番の理由は、いずれ爵位がなくなる俺が、友と対等に話すためだ」

「そうだったのか」




 思わず呟く。

 友との身分差など気にしていないように見えたが、……私に気を遣ったか。


 思慮深いレオナードが、何も考えていなかったはずがなかった。

 もちろん、その「友」の中には、グラント侯爵令嬢――リディア嬢も含まれているのだろう。むしろそれが一番の理由に違いない。




「それはそうと、ハンスに聞いたことはあったが……。リディア嬢。まさか、侯爵令嬢だったとは……」

「俺はちゃんと伝えていたぞ。『仲がいいなら婚約者に』と父上たちが前に浮かれてからかっていたのが、リディアだ」

「……こんな子爵家に遊びに来る令嬢が侯爵令嬢だなんて、本気にするわけないだろう? パーティーで侯爵に話しかけられた時は、寿命が縮む思いだった……」


 思い出しただけで胃が痛むというのに、目の前で、レオナードが腹を抱えて笑う。

 他人事のようにしやがって。



「とにかく、私ができることは少ないだろうが……だれよりも応援しているぞ」

「おう」


 いつも飄々としている息子だが、今日は一段と幸せそうだ。はしゃいでいる、と言ってもいい。

 きっと、リディア嬢のことを諦めようと、人知れず悩み、苦しんだのだろう。私が、知っていたとしてもどうしてやることもできなかったが……そう考えると、『仲がいいなら婚約者に』など簡単に言ってしまった私は、悪い父親だな。


 ――だが、息子は、幸運を掴み取った。




 そうだ、レオナードは優秀で、公爵家にくれてやるのが惜しいくらいの自慢の息子だ。……親の私が心配せずとも、彼は自分で未来を切り開いていくだろう。




「……言葉遣いは直せよ、レオナード」

「承知いたしました、父上」



 その調子のよさに、苦笑する。こいつは昔から……。



 それでも――。

 この先、どれほどの困難が待ち受けていようと、レオナードならば乗り越えていくに違いない。一番のモチベーションも傍にいてくれるのだからな。


 そう確信しながら、私は静かに息を吐いた。