恋は、終わったのです

 sideレオナード




「レオナード、いいのか?」

 静かな図書室の中で、ダリウスの低い声が耳を打つ。


「何がだ?」

 とぼけるように返したが、ダリウスはじっと俺を見ている。わかっているくせに、と言いたげな目だった。



 図書室の中にある階段を上った先ある大きな窓から見下ろす中庭。普段ほとんど人は訪れない。


 その中央のベンチに並んで座る王子殿下とリディアの姿があった。

 談笑しながら時折、王子殿下が身を乗り出し、リディアが微笑みながら応じる。柔らかな日差しが彼女の髪に降り注ぎ、まるで光をまとったように輝いていた。


 この一か月で、二人の距離は確実に縮まったように思う。



 婚約者……あのセオドアに関して、俺がしてあげられることは少ない。王子殿下の権力で何とかなるなら、それに越したことはない。王子殿下にそのまま大事に守ってもらえれば。


 そう思う。思うのに、胸の奥で何かが軋む音がする。



 王子殿下は人当たりがよく、博識だ。ダリウスの土産の本について、あんなに盛り上がるとは、思わなかった。本の趣味も俺とよく似ている。


 子爵令息の俺にも誠実に接してくれる。ダリウスに紹介してもらった時から、それは伝わっていた。


 王子と侯爵令嬢。身分としても悪くない。むしろ、彼のほうがセオドアより相応しい。

 それでも――



「王子殿下とうまくいったらどうするんだ? リディアのことが気になっているようだったぞ」

 ダリウスの問いに、俺は目を逸らした。



「どうもしないさ。同じ三男でも、俺とは違うだろ」

 口から出た言葉は、自分に言い聞かせているようなものだった。



「レオナード、私たちが一緒にいられる時間は、残り僅かだぞ」

「……ああ、そうだな」

 窓の向こう。リディアの笑顔が目に入る。



 リディアは、セオドアの前では平然としているが、本当は泣き虫だ。
 我慢に我慢を重ね、限界が来るまで泣かない。だけど、もうそんなリディアを見たくない。


 父親同士が計画している事業やいずれ公爵家にはいるという重責、侯爵を継ぐ弟のこと、亡くなった母親のこと。「自分のことだけを考えろ」なんて、安易に言えるわけがない。

 子爵家の三男では、結局リディアを守ろうとしても迷惑になるのは目に見えていた。気持ちだけではどうにもできない。それが、ただ辛い。



「お前の手に持っているその袋はどうするんだ。リディアに渡すんじゃなかったのか?」


 ダリウスが指さしたのは、小さな紙袋だった。中には、ハンスが作ったクッキーが入っている。


「……ああ、カタリナに渡してくれ」

 俺は、ダリウスにそれを押しつけようとする。



「カタリナに? 本当にいいのか? ハンスに聞かれたらどうする。リディアに渡すためにハンスが作ったんだろう?」


 ハンスのはしゃぐ声が脳裏をかすめる。


『リディア様、最高です! あんなに美味しそうにたくさん食べてくれるなんて、作り甲斐があります。このクッキーにはナッツが入ってましてね、自信作なんです。きっと嬉しそうに食べてくださるでしょうね。お坊ちゃま、絶対渡してきてくださいよ!』


 ……わかってる。わかってるけど。



「適当にごまかすさ。……あっ、そうだ。カタリナには無駄なダイエットはやめろって、俺が言ってたと伝えてくれ」

「まったく、お前たちは仲がいいんだか悪いんだか……」

 ダリウスは苦笑しながら袋を受け取る。



「まあ、そう言ったら一人では食べないだろう。リディアの口にも入る」

「なるほどな」


 ハンスはリディアに会ってから、すっかりファンになってしまったらしい。


『リディア様がフリーになったら、すぐにでも婚約者に!』などと無茶を言い出し、両親まで悪ノリする始末だった。


 ……身分を考えたら、婚約者がいなくなっても無理だろ。



 冗談のつもりだろうが、勘弁してほしい。



 こっちは、必死であきらめようとしているのに。

 自分の心に言い聞かせ、それでも、想うだけなら卒業するまでは許してもらえるか、卒業までにはこの想いを終わらせると、ずるずる諦めきれない甘い自分に苦しめられているというのに。




 ダリウスの言う通り、あと僅かだ。

 あの瞳に映るのも、声を聞くのも、毎日ではなくなる。

 想いは、時間と共に薄れていくのだろうか。




 手の届かない距離に行ってしまっても、せめて笑って生きていてほしい。隣にいるのが俺ではない他の誰かでも。