恋は、終わったのです

 sideリディア



「おお、ダリウス! やっと帰ってきたか!」

 レオナードの弾んだ声が、朝の冷たい空気を吹き飛ばす。

 校門をくぐったばかりのダリウスは、変わらぬ笑顔を見せながら片手を軽く上げた。その隣には、カタリナの姿。



「レオ、リディアも久しぶり」

 久々の再会に、私たちの顔にも自然と笑みがこぼれる。



「……とはいえ、手紙のやり取りを頻繁にしていたせいか、あまり久しぶりって感じもしないけどな」


 レオナードが肩をすくめると、ダリウスは苦笑しながら首をかしげた。



「はは。帰ってすぐに会いに行けなくて悪かったな。これから、留学先の第三王子がこっちに留学するから、その歓迎やらお偉いさんとの顔合わせやらで忙しくてな」

「本当よ。ろくに話もできていないうちから、お茶会などに引っ張り回されて、私まで大変な目に遭ったわ」



 カタリナが小さく溜息をつきながら言うが、その表情にはどこか喜びが滲んでいる。

 きっとダリウスのそばにいられることが、彼女にとっては何よりも嬉しいのだろう。




「埋め合わせは、必ずするよ、カタリナ」


 ダリウスは彼女の手を軽く握りながら、そう約束する。そして、おもむろに持っていた包みを取り出した。



「そうだ、お土産がある。レオには、欲しがっていた本。リディアには、隣国の有名店の菓子だ」

「嘘だろ!? これ、『大陸史論』 じゃないか! 廃版なのによく見つけたな!」




 レオナードが驚きの声を上げる。大事そうに抱える姿から、長らく探していたものだと一目で分かる。



「隣国の古本屋でたまたま見つけたんだ。カタリナも世話になったしな」

 そう言って、ダリウスは意味ありげにカタリナと目を合わせる。



「……私は、世話になっていないわ。むしろ、世話をしたくらいよ」

「はは、今の俺は、カタリナに何と言われても平気だ。ありがとう、ダリウス!!」



 ダリウスは笑いながら肩をすくめる。




「積もる話は、昼にでもしよう」

「ええ、そうね。それがいいわ」


 ダリウスとカタリナは、本を大事そうに抱えるレオナードを見て、ほほ笑みながら言った。


 再会を語り合う昼休み。待ち遠しくて仕方がないわ。




 *****




「で、一緒に来た王子殿下は、どんな方だ?」



 レオナードが興味深そうに問いかける。

 ダリウスは、軽く顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せた後、答えた。



「二つ年下だな。友人というのは畏れ多いが、この国の話をせがまれて話すことが多くてな。私の留学が終わる時期を見計らって、一緒にこの国に来たんだ」

「二つ下か。じゃあ、俺は関わることがなさそうだな」



 レオナードがあまり関心のない様子で答える。しかし――


「友人を紹介してくれとは言われているからな。そのうち会うと思うぞ」

「……おいおい、まさか俺が?」



 ダリウスのさらりとした言葉に、レオナードが驚いたように目を丸くする。



「レオナード。そうなったら、口には気をつけなさいよ? 流石に、不敬なんだから」

 カタリナが眉をひそめる。


「俺は、時と場をわきまえる男だ。余裕だな」


 レオナードは胸を張って得意げに言う。


「その自信はどこからくるのか――正直、疑わしいのよ」


 カタリナがため息をつく。その様子に笑いをこらえた様子のダリウスが続けた。



「穏やかな性格で、文化や歴史の研究をしている。第三王子だが、将来は王立の研究所で働くことが決まっているそうだ」

「研究者肌の王子か。それは楽しみだ」


 レオナードは興味を示し、ダリウスの言葉に満足げに頷いた。



 
 そんな話をしていると、カタリナがふと何かを思い出したように声を上げる。

「それはそうと。さっき聞いたのだけれど、エマって子、伯爵家の養子になるそうよ」



 その場の空気が、少しだけ変わった。



「……知らなかったわ」

 なぜ今の時期なのだろう?



「エマって、あの手紙に書いていた……」

 ダリウスが渋い顔で言った。手紙?



「もう、カタリナったら、手紙に書いたの? 万が一にでもダリウスの手に届かなかったら、あなたが大変なことになるのに……」


 カタリナは、ばつが悪そうに肩をすくめながら、ダリウスを睨む。


「だ、大丈夫よ、名前は伏せて書いたもの。……それでね、噂だけど、その養子の話にモンルージュ公爵夫人が仲介に入るとか。あの人たちのクラスでは『伯爵令嬢となったら身分の差がなくなる。いよいよセオドアと結ばれるのか』と、盛り上がっているそうよ。リディア、何か聞いている?」


 ゆっくり首を振る。


「ねえ、リディア。……やっぱり、婚約破棄しましょうよ」


 カタリナが真剣な顔で私を見つめる。




「ふふ、カタリナは、何としてでも、婚約を破棄させたいのね」

「そうよ! 笑い事じゃないんだから! 二人だってそう思うでしょう?」



 カタリナが、レオナードとダリウスを見つめる。

 ダリウスは静かに頷き、レオナードも腕を組みながら同じように頷いた。



「リディアの人生だが、私は、君に幸せになってほしいと願っている」

「俺もだ。勝手な者のために、リディアが、辛い思いをする必要はないんだ」



 その真剣な言葉に、胸が締め付けられる。


「……ありがとう」


 カタリナは、なおも厳しい表情を崩さない。



「嫌な予感しかしないわ。気をつけて、リディア。とにかく、同じ伯爵家だからと私に生意気な口を利くなんて、絶対許さないんだから」


 それにしても……。


 養子をモンルージュ公爵夫人が仲介? あり得ない話だと思うけど。公爵家がエマをどこかの養子にさせることで、何か得をするかしら……?


 モンルージュ公爵夫人は、私にとって義母になる人。


 表向きは優雅で穏やかな女性だが、接してきた中で、その思考の深さは痛いほど理解している。何かを考えて動いているはずだ。



 ……セオドアが関係している?



 不安と疑問を抱えたまま、静かに息を吐いた。


 その違和感の正体がはっきりしないまま、学院の鐘が昼休みの終わりを告げた。