恋は、終わったのです

 張り出されたテストの結果を見た瞬間、レオナードの表情が晴れやかに輝いた。



「よし! 久しぶりにリディアに勝った!」


 その喜びようは、まるで神に祈りが通じた瞬間を祝っているかのようだ。

 そんな彼の姿に、私もつられて笑みがこぼれた。



「……レオナード、リディアは最近いろいろ大変だったのよ」


 カタリナが、私を庇うように言った。その視線は優しさに満ちている。



「おいおい、俺だっていろいろ大変だったんだぞ!」

 レオナードは腕を組み、少し誇らしげに胸を張る。



「試験勉強中だってのに、馬鹿力の兄貴に剣の練習付き合わされて。常に筋肉痛と戦いながら勉強したんだからな!」


 そう言いながら、彼はわざとらしく腕を回してみせる。



「筋肉痛くらいで何よ」

 カタリナが冷ややかな声を返す。



「最近のリディアの様子を見て、察しなさいってことですわ」

 だが、レオナードはまったく動じる気配を見せない。




「勝負は勝負だろ? な? リディア」

 真っ直ぐな視線を向けられ、私は軽く微笑みを返した。


 レオナードが私の苦境を察していないわけではない。むしろ彼なりに気を使っているのだろう。それでも、いつも通り接してくれる。手を抜かない。それが彼なりの優しさだと、私は知っている。



「ええ、もちろん。言い訳なんて、淑女として恥ずべきことだわ」

「リディアがそう言うなら……それで、今回の賭けの報酬は何なの?」


 カタリナが興味深そうに小首をかしげる。その目はどこか楽しげだ。




「おお、俺が勝ったからな!」

 レオナードは胸を張り、得意げに声を上げた。



「リディアは俺の家に来て、ハンスのスイーツでアフタヌーンティーだ!」

「え?」


 思わず驚いた声を上げたのはカタリナだった。




「ちょっと待って。リディアが負けたのよね?」

 彼女がさらに追及すると、レオナードは堂々と頷く。



「ああ、そうだぞ。屈辱だろう? 貧乏子爵家の家に侯爵家の令嬢がわざわざ来なきゃならないんだ」

 その言葉にカタリナは一瞬口元を押さえ、笑いを堪えているようだった。

 私も肩を震わせながら軽く微笑む。



「ふふ、レオナードとの賭けって、いつもこんな感じなの。負担になるものなど何もないわ」

「そうなのね」



 カタリナが納得したように頷く。



「賭けなんてと思っていたけど、そういうことだったの」

 レオナードは調子よく話を続ける。




「リディアが、いつもハンスの菓子をうまそうに食べて、とにかく褒めるだろ? それを聞いたハンスが『リディア様をぜひ邸にお呼びください』ってうるさくてな。うちは兄弟が男ばっかだから、腕が鳴るんだろうよ」

「なるほどね」


 カタリナが目を細める。



「でも、賭けに負けたからしかたなくっていう理由がなきゃ、リディアには婚約者がいるし、何かと気まずいだろ? だからこうして理由を作るわけだ。俺を助けると思って、頼む!」



 レオナードはそう言いながら私に向けて拝むような仕草をする。



「あなた、勝った側の人間ですわよね。それなのに、なぜ拝み倒しているの?」


 カタリナは呆れたように目を細めるが、その口元には笑みが浮かんでいた。


 ふふ、可笑しいわ



「カタリナも来るか?」


 レオナードが軽い調子で誘う。その問いかけに、カタリナはわずかに眉を上げたが、首を振った。




「いいえ、遠慮しておくわ」

「ああ、なるほど」



 レオナードは何かを悟ったように頷く。


「ダニエルが帰ってくるから、だろ? ダイエットしているんだな」

「なんですって!」



 カタリナは顔を真っ赤にして怒りの声を上げる。


「淑女に体重の話をするなんて、無神経ですわ!」



 その怒りの中にも照れ隠しのような響きがある。レオナードは悪びれもせず、にやりと笑った。




「ハンスの新作カスタードパイがあるぞ。本当にいいのか?」

「カスタードパイ……」



 カタリナの目が一瞬輝いたが、すぐに表情を整え、視線を逸らした。




「……いいえ、二人で楽しんでちょうだい」




 その言葉に私は小さく笑みを浮かべた。

 カタリナ、残念そうだわ。でも、ダニエルに一番いい状態で会いたいのよね。ふふ。

 レオナードは肩をすくめながら、私を振り返った。



「そうか、よし、リディア。カタリナの分まで食えよ。賭けに負けたんだからな」




 私は少しだけ笑いをこらえながら頷いた。

 最近、食欲がなかった。



 レオナードは、きっとそれをわかっているのだろう。でも、ハンスのスイーツを想像するだけで、少し食欲が戻った気がするわ。

 ふふ、単純ね、私のお腹も。