バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

その日も、一緒にお風呂に入った。

湯気が立ちこめて、
視界の輪郭が、ゆっくり溶けていく。

ぱちぇは、いつもより口数が少なかった。
視線が、落ち着きなく壁や床を彷徨っている。

シャワーの音だけが、
一定のリズムで耳に残る。

「……ちょっと、いい?」

そう言ってから、
ほんの少し、間があった。

ぱちぇは深く息を吸って、
それから、ゆっくりとウィッグを外した。

湯気の中に、素の輪郭が現れる。

緊張が、空気に滲んでいた。
肩がわずかに強張っていて、
指先も、ほんの少し震えているのが分かる。

でも――
それを見た瞬間、
僕の中に浮かんだのは、不安じゃなかった。

嬉しい。

ただ、それだけだった。

思っていたよりもずっと自然で、
そこに「隠していたもの」という感じがしなかった。

きっと、とても勇気がいること。
まだ、ずっと先のことだと思っていたのに。

考えるより先に、体が動いていた。
ぎゅっと、抱きしめる。

肌と肌が触れて、
体温が、はっきり伝わる。

「ありがとう……見せてくれて」

胸に顔を埋めて、そう伝えると、
髪の匂いと、湯気の湿った空気が混ざった。

「大好き」

少し遅れて、
ぱちぇの腕が、そっと背中に回ってくる。

最初は控えめで、
確かめるみたいな力だったけど、
次の瞬間、静かに力がこもった。

「……ごめんね」

低い声。

「なかなか、見せられなくて」

そのあと、
ふっと息を吐く音がして。

「……でも」

少し照れたみたいな声で。

「思ったより、平気だった」

その一言に、
胸の奥が、じんわり緩む。

「俺も、大好きだよ」

シャワーの音が、
また二人を包む。

それ以上、言葉はいらなかった。

その夜から、
室内で二人きりのときは、
ぱちぇはウィッグを外して過ごすようになった。

特別な合図も、
確認もない。

ただ、そうするのが自然みたいに。

それが、
特別なことみたいに扱われないのが、嬉しかった。