バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

「……さらってほしい」

 言った瞬間、
 自分で自分の言葉に、少しだけ驚いた。

 一時的な感情じゃない。
 甘えでも、衝動でもない。

 この距離を、この夜を、
 これ以上やり過ごせないと、はっきり分かっていた。

一瞬、
通話の向こうが静かになる。

 回線が切れたわけじゃない。
 ただ、言葉を選んでいる沈黙。

冗談みたいな言葉なのに、
自分でも分かるくらい、本気だった。

 逃げたいわけじゃない。
 投げ出したいわけでもない。

 ただ、
 「一緒に生きたい」と思ってしまっただけだ。

ぱちぇは、すぐに否定しなかった。

 笑い飛ばすことも、
 冗談に変えることも、しなかった。

怒りもしなかった。

 その代わり、
 呼吸の音が、ほんの少しだけ深くなる。

ただ、とても静かな声で言う。

「……〇〇が望むなら、迎えに行くよ」

 その一言で、
 覚悟が本物だと分かってしまう。

胸が、きゅっと締まる。

 軽い言葉じゃない。
 簡単な約束でもない。

「でも」

少し、間。
現実を、ちゃんと連れてくる間。

「最初は、苦労させると思う」

 優しさだけじゃ済まない未来。
 守るための、正直な前置き。

仕事も。
環境も。
生活も。

住む場所。
時間の使い方。
人間関係。

全部が変わる。

今まで築いてきたものを、
手放す覚悟が必要になる。

「それでも」

低く、はっきりした声。

 迷いがない。
 試すような響きでもない。

「それでも俺を選んでくれる?」

 答えを急かさない問い。
 でも、逃げ道は用意していない。

頭の中に、
いろんなものが浮かぶ。

 配信の画面。
 名前を覚えてくれている人たち。
 積み上げてきた時間。

友達。
繋がり。
日常。

 全部、大切だった。
 全部、嘘じゃない。

でも、それ以上に――
ぱちぇと離れて過ごす未来が、耐えられなかった。

 画面越しに笑って、
 触れられない距離に慣れていく自分。

 それを「仕方ない」と受け入れる未来が、
 どうしても想像できなかった。

失うものより、
一緒にいたい気持ちの方が、ずっと大きかった。

 それに気づいてしまった時点で、
 もう答えは決まっていた。

「……それでもいい」

息を吸って、
はっきり言う。

 逃げないための、深呼吸。

「一緒にいたい」

 震えはあった。
 でも、迷いはなかった。

通話の向こうで、
ぱちぇが小さく息を吸う音がした。

 安堵と、決意が混じった音。

「……分かった」

 短い言葉。
 でも、重さがあった。

それから、少しだけ、声が明るくなる。

 不安を抱えたままでも、
 前を向こうとする声。

「〇〇が俺を選んでくれて、嬉しい」

その言葉が、
胸に落ちてきて、涙が滲む。

 選んだつもりでいたけど、
 同時に、選ばれていた。

「絶対、幸せにする」

迷いのない声。

 約束というより、
 宣言みたいな響き。

「迎えに行くから。待ってて」

 もう、戻れない。
 でも、それでよかった。

それからの三日間は、
嵐みたいだった。