バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

会ってしまったら、だめだった。

会う前は、
「声があれば平気だと思ってた」
そんなふうに、どこかで思っていた。

でも、一度知ってしまった。
触れられる距離。
同じ空間にいる安心感。
黙っていても、隣にいるという事実。

帰ってきてからの部屋は、
前と何も変わらないはずなのに、
どうしようもなく、空っぽだった。

家具の位置も、匂いも、光の入り方も同じ。
なのに、何かが決定的に欠けている。

それが何か、分かってしまっているのが、
余計に苦しかった。

声は、通話で聞ける。
メッセージだって、すぐ返ってくる。

既読がつくと、少し安心して、
返事を読めば、ちゃんと笑える。

それでも――
触れられない距離が、こんなにも苦しいなんて、知らなかった。

声だけじゃ足りない。
文字だけじゃ埋まらない。

隣にいない、という事実が、
夜になるほど、はっきりしてくる。

夜になると、
自然と指輪に触れてしまう。

意識していないつもりでも、
気づけば、左手に視線が落ちている。

左手の薬指。
そこにある感触が、
余計に現実を突きつけてくる。

一緒に選んだわけじゃないのに、
一緒に選んだみたいな指輪。

一緒にいた時間が、
夢じゃなかった証拠。

確かに、触れられた。
確かに、抱きしめられた。

でも今は、一人だ。

ベッドの片側が、やけに広い。
静けさが、前より重たい。

会ってから、三日目の夜。
通話を繋いで、
しばらく他愛のない話をしていた。

お互い、わざと明るくしているのが分かる。
沈んだら、引きずってしまうから。

配信のこと。
今日あった、どうでもいい出来事。

笑うタイミングも、間も、変わらない。
なのに、どこか噛み合っていない。

いつも通りのはずなのに、
胸の奥が、ずっとざわついている。

落ち着かない。
でも、その理由を言葉にしたら、
全部溢れてしまいそうで。

「……〇〇?」

ぱちぇの声が、少し心配そうになる。

声色が変わる。
それだけで、気づかれているのが分かる。

「どうした?」

少し、黙った。

言えば、「寂しい」と言ってしまえば、
もう、前の距離には戻れない気がした。

言ったら、
戻れなくなる気がして。

でも――

戻りたいか、と聞かれたら。
もう、戻りたくなかった。

触れられない距離に慣れるより、
この気持ちを抱えたまま進みたかった。

「ね」

声が、震えそうになるのを堪える。

深呼吸を一つ。
指輪に、ぎゅっと触れて。

それから、覚悟を決める。