バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

夕方、帰る時間が近づく。

時計を見なくても分かる。
空の色が、少しずつ傾いてきていたから。

朝から一緒にいたはずなのに、
もう「終わり」を意識し始めている自分がいる。

駅までの道を、
並んで歩く。

肩が触れるほど近い距離。
さっきまで当たり前だったそれが、
だんだん名残惜しくなっていく。

胸の奥に、
少しずつ、寂しさが溜まっていく。

急激じゃない。
音も立てずに、水が満ちていくみたいな寂しさ。

でも、泣かなかった。

ここで泣いたら、
この時間まで全部「別れ」に引っ張られてしまう気がした。

「寂しいね」

ぽつりと落とされた言葉。

「うん、寂しい」

すぐ返ってくる、同じ温度の返事。

それは、お互い様だった。

片方だけじゃない。
同じだけ、同じ方向を向いている。

横断歩道の前で、
信号を待つ。

足を止めた瞬間、
人の流れだけが、先に進んでいく。

人の流れの中で、
ぱちぇが、そっと僕を引き寄せた。

強くじゃない。
でも、離れない距離。

額が触れる距離。

吐息が混ざるほど近くて、
それなのに、不思議と落ち着いている。

それから、
軽く、唇に触れる。

音も残らないくらいの、
本当に短い接触。

短いキス。

でも、確かに「別れ際のキス」だった。

「また、会いに来る」

低い声。

約束というより、
決意を言葉にしたみたいな響き。

「絶対、〇〇を迎えに来るから」

未来の話なのに、現実味があった。
手を握られる。
指先に、力がこもる。

「大好きだよ」

言い切る声。
揺らぎがない。

信号が、青に変わる。

時間が、また動き出す。

「……うん、僕も大好き」

それ以上は言えなかった。
言えば、歩き出せなくなりそうだったから。

それだけ答えて、
歩き出す。

同じ方向に進むのは、
ここまで。

振り返らなかった。

振り返れば、きっと、全部持っていかれてしまう。

でも、
胸の中は、ちゃんと満たされていた。

寂しさはある。
でも、それ以上に、残された温度があった。

月の模様の指輪が、
夕方の光を反射していた。

繋がっている証。
離れても、消えないもの。

遠距離でも、
確かに、繋がっている。

触れられなくても、
同じ場所を見ている。

次に会う日まで――
この距離を、大切にしながら。