バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

昼前、
外に出ることにした。

チェックアウトまではまだ少し時間があって、
「どこか行く?」なんて改まって決めたわけでもないのに、
気づけば靴を履いていた。

駅の近くで、
ドーナツを売っている店があるらしい。

昨日、話していて何気なく話題に出た店。
覚えていたことが、少し嬉しい。

歩きながら、
自然に手を繋ぐ。

どちらからともなく、
確かめるような間もなく。

昨日より、
少しだけ、当たり前みたいに。

店に入ると、
甘い匂いが広がった。

油と砂糖の混じった、安心する匂い。
ショーケースの中には、丸い形がずらりと並んでいる。

「どれにする?」

「……迷う」

真剣に悩んでしまって、
思わず立ち止まる。

「分かる」

ぱちぇも同じように覗き込みながら、
小さく笑った。

結局、
二人でいくつか選んで、
袋を抱えてホテルに戻る。

「これ半分こしよ」とか、
「それは俺が持つ」とか、
そんなやり取りが自然に混ざる。

部屋に入って、
ベッドに並んで座る。

外の光が少しだけ差し込んで、
朝よりもはっきりと現実を照らしている。

一つを半分にして、
それぞれ口に運ぶ。

フォークが触れ合って、
小さく音が鳴る。

「……美味しい」

「ね」

思わず、顔を見合わせて笑った。

言葉がなくても、
同じ感想が浮かんだのが分かる。

「また、二人で食べようね」

その言葉が、
自然に出てきたことに、少し驚く。

未来の話なのに、
重さがない。

でも、嫌じゃなかった。

ドーナツを食べ終えて、
しばらく、何も話さずに過ごす。

袋を片付ける音だけがして、
あとは、静か。

抱き寄せられて、
そのまま、腕の中。

背中に回る腕の力が、
強すぎず、弱すぎず。

心地いい沈黙。

言葉を探さなくていい時間。

その中で、
ぱちぇが、少しだけ姿勢を正した。