バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

そのあと、一緒にお風呂に入った。

 「一緒」と言っても、
 肩が触れないくらいの距離を、自然と保っていた。
 近づこうと思えば、すぐに近づける。
 でも、今はまだ、その一歩を急ぎたくなかった。

湯気の中で、
少しだけ距離を保ちながら。

 湯気が視界をぼやかして、
 輪郭が曖昧になる。
 それが、少しだけ助けになっていた。

 先に椅子に座った僕の後ろに、
 ぱちぇが立つ。

 「洗う?」

 短い一言。
 頷くと、シャワーの音がして、
 指先が、そっと髪に触れた。

 思ったよりも、優しい力。
 引っ張られないように、確かめるみたいな手つき。

 泡立つ感触と、
 頭を包むぬるいお湯。

 誰かに髪を洗ってもらうなんて、
 いつぶりだろう、と思った。

 くすぐったさと、
 不思議な安心感が、混ざる。

ぱちぇは、ウィッグを外さなかった。
髪も洗わない。

 自分のことは、後回し。
 その距離感が、今はちょうどよかった。

何も言わない。
聞かない。

 「どうして」も、
 「大丈夫?」も、言わない。

それが、今できる一番の優しさだった。

それでも、同じ空間にいることが、
ただ、嬉しかった。

 湯の音に混じる、呼吸。
 背後に立つ気配。
 それだけで、胸の奥が静かになる。

部屋に戻ると、
少しだけ落ち着いてきた頃。

 濡れた髪が、まだ少し冷たい。
 それが、さっきまでの時間を思い出させる。

ベッドに並んで座って、
指輪を眺める。

 指にはめたまま、
 何度も角度を変えて。

月の模様が、灯りを反射していた。

 柔らかい光が、
 現実だと教えてくる。

「……現実だね」

ぽつりと呟くと、
ぱちぇが、そっと手を握る。

「現実だよ」

指輪の重みが、
確かに、そこにあった。

この日、
想像だった人は、
“恋人”になった。