バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

部屋に入って、扉が閉まった瞬間。
ようやく、二人きりになった実感が押し寄せてきた。

外の音が遮断されて、
逃げ道がなくなったみたいな感覚。

ホテルの部屋は、想像していたよりも静かだった。
生活音がなくて、空調の音だけが、一定のリズムで鳴っている。

その単調な音が、逆に心臓の鼓動を際立たせる。

「……」

沈黙が落ちる。
気まずいわけじゃないのに、落ち着かない。

何か話さなきゃ、と思うのに、
言葉が出てこない。

頭の中ではいくつも浮かんでいるのに、
どれも今じゃない気がして。

視線を合わせると、ぱちぇが少し困ったように笑った。

その表情に、張り詰めていたものが少し緩む。

「緊張してる?」

探るような声。

「……してる」

正直に答えると、
ぱちぇは安心したみたいに、肩の力を抜いた。

自分だけじゃなかった、という事実。

「俺も」

その一言で、少しだけ息がしやすくなる。

同じ場所に立っているんだ、と分かる。

荷物を置いて、部屋の中を軽く確認する。
ベッド、テーブル、窓。
どれも特別じゃないのに、全部が“初めて”だった。

視界に入るもの全部が、
これからの時間を暗示しているみたいで、落ち着かない。

しばらくして、思い出したように、鞄を抱え直す。

逃げ道を作るみたいな動作だと、自分でも思う。

「……渡したいもの、ある」

声が、少しだけ小さくなる。

そう言うと、ぱちぇは、真剣な顔になった。

冗談じゃない、ってちゃんと受け取ってくれる表情。

「俺も」

ほぼ同時に言葉が重なって、
二人で小さく笑う。

緊張が、少しだけほどける。

「じゃあ、先にどうぞ」

一歩引いて、促す仕草。

逃がしてくれているようで、
ちゃんと見守っている距離。

そう言われて、
胸の鼓動を誤魔化しながら、鞄を開けた。

中身を見られる前に、
心まで見られてしまいそうな気がしていた。