バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

家のこと。
 逃げ場がなかったこと。

 母親は、ギャンブルと虚言。
 父親は、酒癖が悪くて、短気で、暴力的で――
 たまに、越えてはいけない線も平気で越えてきた。

 妹は荒れていて、家はずっと、戦場みたいだった。

 親は離婚して、戸籍は父親側。
 でも、その父親も、もういない。

 気づいたら、誰の「帰る場所」にもなれないまま、ここまで来ていた。

「……それで」

 喉が、少し詰まる。

「昔、一回だけ」

 首元に、指先を当てる。

「ハサミで、線を引いたことがある」

 沈黙。

 でも、それは拒絶じゃなかった。

「逃げ場が、そこしかなかったんだ」

 声は、思ったより落ち着いていた。

「誰も僕がどうなっても、困らないって思ってたし」

 少し、笑ってしまう。

「……今はしてないよ。でもさ」

 言ってはいけないと思いながら、口が動いた。

「また、しちゃってもいいかなって
 思う時は、ある」

 その瞬間。

「……本気で言ってる? それ」

 ぱちぇの声が、低くなる。

 驚いた。
 怒気が混じっていたから。

「だって」

 僕は、事実を言っただけのつもりだった。