バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

「俺から言う」

 その一言で、
 胸の奥がきゅっと締まる。

 逃げない、という宣言みたいだった。

「〇〇のことが好きだよ」

 はっきりした声だった。
 感情を盛るわけでも、勢いに任せるわけでもない。

 迷いがないわけじゃないのに、
 それでも引き返す気はない――
 そんな覚悟が、声の底にあった。

「俺と、付き合ってください」

 少しだけ、間が空く。

 その沈黙は、
 答えを迷っている時間じゃなかった。

 僕は、その間に、
 これまでの時間を思い出していた。

 深夜の声。
 罰ゲームみたいな告白。
 白蛇の絵。
 過去を打ち明け合った夜。

 笑ったことも、
 すれ違いそうになったことも、
 怖くなった瞬間も。

 全部含めて、
 今ここに辿り着いている。

「……僕も、〇〇大好き」

 自然と、声が柔らかくなる。
初めて口にした、ぱちぇの本名、やっと呼べた名前。

 考えた末の言葉じゃない。
 もう、そこにずっとあった気持ちだった。

「よろしくお願いします」

 それで、終わりだった。

 劇的な言葉はない。
 誓いも、約束も、未来の話もない。

 でも――
 十分だった。

 通話の向こうで、
 ぱちぇが少し照れたように笑う気配がする。

「じゃあ……恋人、だね」

 確認するみたいな声。

「そうなるね」

 言葉にした途端、
 急に現実味が増して、
 お互いに少し黙った。

 ぎこちない沈黙。
 でも、不安じゃない。

 今までの沈黙とは、質が違う。

「……配信、どうする?」

 ぱちぇが、先に切り出す。

 日常に戻るための一言。

「やる?」

「うん。
 今日は、特別なことしないでいいから」

 サムネも、台本もない。
 演出も、説明も、必要ない。

 ただ、
 通話を繋いだまま、配信を始める。

 配信開始の音。
 画面に流れ始めるコメント。

「こんばんは」
「二人?」
「初配信?」

 言える範囲で、簡単に説明する。
 一緒に活動することになったこと。
 今日は雑談だけだということ。

 それ以上は、言わない。

 ぱちぇの声が、
 ヘッドホン越しに近く響く。

 最初は、少しだけぎこちなかった。

 配信者としての僕と、
 恋人としての僕の距離が、
 まだ定まっていない。

 でも、時間がそれを曖昧にしていった。

 どうでもいい話。
 笑って、つっこんで、
 間が空いても、そのまま。

 気づけば、
 数字を見る余裕もなくなっていた。

 画面の向こうには、
 視聴者がいて、コメントが流れている。

 それでも僕は、
 確かに“隣にいる”声を感じていた。

 配信という場所で、
 初めて誰かと並んだ夜だった。