バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

通話を繋いだまま、
しばらく、どちらも何も言わなかった。

 沈黙が気まずいわけじゃない。
 切る理由も、急ぐ理由もなかった。

 話すことがないわけじゃない。
 むしろ、言わなきゃいけないことが、
 いくつか胸の中に溜まっている。

 さっきまでの会話が、
 まだ完全には落ち着いていなかった。

 一緒にやろう、という話。
 隣に立ちたい、という気持ち。
 それを受け取ってもらえた実感。

 嬉しかった。
 確かに、嬉しかった。

 でも、そのまま次に進むのは、少しだけ怖かった。

 勢いで名前を付けてしまったら、
 曖昧なまま形だけ進んでしまったら、
 きっと、どこかで歪む。

 だから――

「ね」

 僕の声で、通話の空気が動く。

 逃げないための一言。

「ひとつ、確認していい?」

「うん」

 ぱちぇの返事は、落ち着いている。

 拒まれる気配は、ない。

「僕たちってさ……
 今、付き合っては、ないよね」

 一瞬、沈黙が落ちた。

 否定される不安よりも、
 曖昧なまま進んでしまうことの方が、
 僕は怖かった。

 名前のない関係は、
 いつでも“なかったこと”にできてしまうから。

「……そうだね」

 ぱちぇは、ゆっくり答えた。

 言葉を選んだ末の、正直な音だった。

 その一言で、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 同じ認識に立っている。
 それだけで、安心できた。

「じゃあ」

 僕は、すぐに続けなかった。

 軽くならないように。
 冗談に聞こえないように。

 言葉を選ぶ時間を、少しだけもらう。

「改めて、告白する?」

 冗談みたいに聞こえたかもしれない。
 でも、逃げ道を作らない言い方だったと思う。

 “なかったこと”にしないための言葉。

 ぱちぇが、小さく息を吸うのが分かった。

 深呼吸。
 覚悟を決める前の、あの間。

 通話の向こうで、
 彼もまた、逃げない選択をしようとしている。

 それが、はっきり伝わってきた。