バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

名前を知って、
声の向こうにある輪郭が、少しだけはっきりした。

これまで、声と文字だけだった存在に、
「現実に属する名前」が重なっただけなのに、
距離の測り方が変わった気がした。

本名で呼ばれるたび、胸の奥が小さく跳ねる。
心臓が主張するみたいに、一瞬だけ速くなる。

恥ずかしさは消えないまま、
それでも、その距離が心地よかった。

近づきすぎてはいない。
でも、遠くもない。

それからしばらく、
僕たちは以前と同じように話していた。

配信の感想。
その日の出来事。
どうでもいい話題。

内容だけ見れば、何も変わっていない。
特別な言葉も、劇的な出来事もなかった。

大きく何かが変わったわけじゃない。

ただ、
「知らないままの相手」ではなくなった。

名前を知り、
声の揺れを知り、
過去に触れた。

相手の弱さも、過去も、
簡単に触れていいものじゃないと知った上で、
それでも話す時間を、選んでいる感覚。

踏み込まないことも、
離れないことも、
どちらも選べる場所。

急がなくていい。
決めなくていい。

そう思えている自分に、少し驚いていた。

「今すぐ答えを出さなくていい関係」を、
初めて心地いいと思えていた。

そんなある夜、
通話の流れで、話題が配信活動そのものに移った。

「最近、忙しそうだね」

「まあね。
 でも、嫌じゃないよ」

画面の向こうで、ぱちぇが笑う気配がした。

声は出ていないのに、
表情が浮かぶ。

「〇〇は、楽しそうだなって思う」

その言葉に、少しだけ息を吸う。

楽しんでいる。
それは、嘘じゃない。

配信が嫌になったわけでもない。
やめたいと思ったこともない。

でも――
一人でやっていることに、
どこか物足りなさを感じ始めていたのも、事実だった。

黒龍という姿で、言葉を投げる。
それを受け取ってくれる人はいる。

反応もある。
数字もある。

それでも、隣に立つ存在はいなかった。

同じ景色を見て、
同じ温度で笑う相手。

白蛇の絵を描いたとき、
その空白に、初めて形ができた気がした。

埋めるためじゃない。
寄り添うための形。

その空白が、
寂しさじゃなく「余白」だったことに、
このとき初めて気づいていた。