バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

しばらくして、今度は僕の方が言葉を選ぶ番だった。

通話は続いている。
でも、さっきまでの軽さとは違う沈黙が流れていた。
次に何を言うかで、また一歩近づいてしまう気がして。

「ね」

呼びかける声が、少しだけ小さくなる。

「名前の話、してもいい?」

一瞬、向こうが黙る。
でも、すぐに返ってくる。

「……うん」

逃げない返事。

「僕さ」

言葉の続きを、喉の奥で探す。

一瞬、ためらう。

これを言ったら、戻れないかもしれない。
でも、言わないままでも、きっと同じだった。

「本名で呼ばれるの、ちょっと恥ずかしくて」

正直な気持ち。
配信者としての名前に慣れすぎて、本当の名前はどこか無防備だった。

「でも」

「呼ばれたい、って思ってる」

自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。

少し間。

向こうの呼吸音が、ゆっくり聞こえる。

「だから……」

「二人で話す時だけでいいから」

条件をつけるみたいに、言葉を重ねる。

「本名で呼んでほしい」

ぱちぇが、静かに息を吸う。

その音が、やけに大きく聞こえた。

「……いいの?」

確かめる声。
軽くない問い。

「うん」

短く、でもはっきり答える。

「じゃあ」

ほんの一瞬、躊躇ってから。

「〇〇」

名前を呼ばれた瞬間、
胸の奥がきゅっと縮む。

心臓が、遅れて強く打つ。

恥ずかしい。
でも、嫌じゃない。

むしろ、落ち着く。

「……その代わり」

僕は言う。

自分を守るための、最後の一言。

「僕も、慣れるまで時間かかると思う」

すぐに返事が来る。

「それでいい」

ぱちぇは、即答した。

迷いがない。

「無理しなくていい」

「呼びたくなった時で」

その言葉に、肩の力が抜ける。

でも、その日から。

二人で話す時、
彼は必ず、〇〇と呼ぶようになった。

当たり前みたいに。
特別扱いでも、強調でもなく。

名前と、かたち。

少しずつ、
画面の向こうの存在が、
確かな現実になっていく。

それが、怖くないと思えたのは――
もう、隣に立っていると知っていたから。