バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

翌日。

前夜のことが、夢みたいに遠く感じる。
目を覚ました瞬間は、何もかも現実味がなくて、胸の奥に残っているのは疲労と微かな熱だけだった。
でも、スマホを手に取れば、それが現実だったと分かる。

通知。
ぱちぇからの、短いメッセージ。

「起きてる?」

たった四文字。
それだけで、胸の奥がふっと緩む。
昨日の続きを、まだ持っていていいんだと教えられる。

通話をつなぐ。

コール音のあと、すぐに繋がった。
昨日より、少しだけ声が穏やかだった。
緊張は残っているけれど、逃げ腰じゃない。

「……昨日は、ありがとう」

言葉を選ぶみたいな間。

「こちらこそ」

ぎこちないやり取り。
それでも、沈黙が苦しくない。

しばらく他愛もない話をする。
天気のこと、眠れたかどうか、些細な話題。
声を繋いだまま、距離を測っているみたいだった。

その途中で、ぱちぇが言いにくそうに間を取る。

「……あのさ」

声が、少しだけ低くなる。
冗談じゃないと、すぐに分かる。

「昨日、言いそびれたことがあって」

嫌な予感はしなかった。
でも、軽い話でもないことは、空気で伝わってくる。

「うん」

短く返す。
遮らないように。

「俺の見た目のことなんだけど」

一拍。
呼吸の音が、少し大きくなる。

「今、ウィッグ使ってる」

言葉を探すような沈黙。
その間に、覚悟を整えているのが分かる。

「治療の副作用で」

「髪が、完全には戻らなくて」

そこまで言って、息を吸う。
一度、気持ちを立て直すみたいに。

「言うか迷った」

「でも……隠したままなのも、違うと思って」

その声に、弱さが混じっていた。
格好つけていない、守りも削ぎ落とした声。

僕は、少しも迷わなかった。

「それ、全然気にすることじゃないよ」

間を置かずに言う。
考えた結果じゃなく、素直な感覚だった。

「ウィッグってさ」

「化粧と同じで、オシャレの一環だと思ってる」

声を柔らかくして続ける。

「似合ってるなら、それでいいし」

「似合ってなくても、それはそれだし」

少し笑って、続ける。

「でも、教えてくれてありがとう」

通話の向こうで、
張り詰めていた糸がほどけるみたいに、息を吐く音がした。

「……そう言ってもらえて、助かった」

声が、少し軽くなる。