バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

「……ちょ、ちょっと待って」

 喉が乾いて、声が掠れた。
 考える時間が欲しかった。
 気持ちを整理するためじゃなくて、ただ息をするために。

 視線を落とすと、画面の隅でコメントが流れ続けている。
 冗談だと思っている人もいる。
 面白がっている人もいる。

 でも、僕の中では、もう笑い話じゃなかった。

 彼は、少し笑って続ける。

「罰ゲームだからさ。
 本気にしなくていい」

 その言葉は、逃げ道みたいだった。
 僕のために用意された、優しい保険。

 でも、その声は優しくて、真剣で。

 軽く流そうとしているのに、
 大事なものを隠しきれていない。

 だから余計に、胸が苦しくなる。

 その後も、彼は一位を取り続けた。

 偶然じゃない。
 実力だと分かるくらい、安定していた。

 そして、そのたびに。

「……結依のこと、好きだよ」

 冗談みたいな間。
 でも、ふざけた調子にはならない。

「離したくない」

 言い切る声。
 少し低くなって、落ち着いている。

 同じ言葉じゃない。
 でも、全部同じ方向を向いていた。

 何度も、何度も。
 積み重なるみたいに。

 配信が終わる頃には、僕は完全に混乱していた。

 コメント欄は最後まで騒がしく、
 「神回」「伝説」「切り抜き待ち」なんて言葉が流れる。

 企画としては、大成功。
 空気も、熱量も、申し分ない。

 なのに。

 配信を切ったあと、ヘッドセットを外して、しばらく動けなかった。

 耳が、じんわり熱い。
 さっきまで聞いていた声が、まだ残っている。

 深く息を吸っても、心拍が落ち着かない。

 あれは、罰ゲームだった?

 深夜テンションの延長で、
 たまたま向けられた言葉だった?

 それとも――

 初めて、ちゃんと向けられた言葉だった?

 答えは、まだ出ない。

 でも、ひとつだけ分かることがある。

 心臓の音だけが、うるさく響いていた。

 この夜を境に、
 僕はもう「ただの配信者」ではいられなくなった。

 彼の声が、
 確かに、僕を繋ぎ止めていた。