バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた

 牌が配られ、時間が流れる。
 画面の向こうで、淡々と進んでいく局。

 手牌を見る。
 切る。
 考える。

 集中していると、余計なことは考えられない。
 頭の中は、役と点数と次の一手だけ。

 ――のはずなのに。

 ふとした瞬間に、意識が引っ張られる。

 彼が、いる。

 誰よりも多く喋るわけじゃない。
 笑いを取るタイプでもない。

 でも、要所で入る一言が、やけに耳に残る。

「……それ、危ないかも」

 小さな声。
 低くて、落ち着いていて、抑え気味。

 まるで独り言みたいなのに、ちゃんとこちらを見ている。

 胸が、少しだけ跳ねた。

 指先が一瞬止まって、慌てて画面に戻る。
 意識してしまっている自分が、ばれないように。

 ゲームは進む。
 流れが、少しずつこちらに傾いていく。

 そして。

 結果は――
 僕の勝ちだった。

 一瞬の沈黙。
 誰もすぐに言葉を出さない。

 それから、ざわっと笑いが起きる。

「マジかー」
「強いじゃん」

 驚きと悔しさが混じった声。
 その中で、彼は少し遅れて短く笑った。

「で、呼び方どうする?」

 話が、一気に僕に向く。

 急に現実に引き戻されたみたいで、肩が小さく揺れた。

「えっと……」

 机を指で叩きながら、考える。
 即答できなかったのは、ちゃんと選びたかったから。

「僕は、みんなのこと
 名前+たん、で呼ぶ」

「かわいいなそれ」
「急に距離近い」

 軽い笑いが起きる。

「じゃあ俺は?」

 その声だった。

 耳が、ぴくりと反応する。

 一瞬、言葉に詰まった。

 深い意味は、ない。
 特別扱いするつもりも、なかった。

 ……はずなのに。

 なぜか、他の選択肢が浮かばなかった。

「……呼び捨て、かな」

 言った瞬間、空気が少し変わった。

 ざわつきが、ほんの一拍遅れる。

「結依、でいい?」

 呼ばれる前に、名前を口にされる。

 確認みたいで、でももう決まっている響き。

 心臓が、大きく鳴った。

 喉が一瞬、詰まる。

「……うん」

 短い返事。
 それだけなのに、頬が熱くなるのが分かった。

 その夜から、呼び方は変わった。

 配信のコメントでも。
 雑談でも。

 彼は、特別強調することもなく、自然に僕を呼び捨てにする。

 僕は相変わらず、
 みんなを「〇〇たん」と呼ぶ。

 誰も、そこに違和感を持たなくなった。

 不思議と、それが当たり前になっていった。

 麻雀は、その後も続いた。
 勝ったり、負けたり。
 笑ったり、悔しがったり。

 画面越しの夜は、静かに深まっていく。

 でも、僕はずっと意識していた。

 呼ばれるたび。
 名前が落ちてくるたび。

 イヤホン越しに聞こえる、その低い声。

 その音が、胸の奥に残る。

 深夜三時。
 さすがに眠気が限界になって、解散になった。