――三日後。
カイドウ家本邸で行われた当主会議。
ユイはある花の実についての調査結果を発表する。
世界中に咲くスズランは、各リージョンで品種が異なる。
その中でリージョンRのスズランは、一番香りがよく小ぶりの白い花を咲かせる。
それだけではない。
リージョンRのJ市に咲くスズランの実は、プラス因子にのみ反応する猛毒。
誰も触れようとしないオレンジ色の実は、ユイにとっては“希望”だった。
更にユイは自分の因子を再検査し、その結果を提示した。
スズランの調査結果を見てざわつく声は、この時からもうなかった。
ユイの右手に現れたミシルシを見た穏健派の医師の誰かが呟いた。
「それはミシルシ……まさか女王の……?」
カザム教では守護者を導く存在を“女王”と呼ぶ。
女王の因子は、“因子を環境に適応させることが出来る”未知の因子だ。
ユイの右手にミシルシが現れるようになってから、ユイは因子の検査を受けた。
すると以前とは異なる変化があったのだ。
ユイの因子は、「マイナス因子」が“中性の保護膜”によって護られた状態だった。
しかしこの世界アゼリアでは「プラス因子」が働く。
護られているとはいえ「マイナス因子」は減り続ける。
そこで“中性の保護膜”は形を変え続け、「マイナス因子」を保つ。
そんな衝撃の結果だ。
「では、このスズランの実から摘出した猛毒に、私の血液を含ませてみます」
誰もがこの検証に息をのんだ。
無色透明な猛毒液にユイの血液が数滴入る。
すると液は黒く変色したものの、時間を置くと無色透明に戻っていく。
それはまるで皆既月食のようだった。
「この混合液の因子を調べたものがこちらです」
「なんということだ。中性の因子を作り出したというのか?」
ユイが提示していく数々のデータに、誰もが息をのむ。
「これを球骨腫を発症したラットに投与しました。投与前と投与後のデータです」
「プラス因子の暴走が止まっている……だと!?」
驚愕を隠さない声が空間に広がる。
それでもユイは続けた。
「この新薬の副作用はたった一つだけです」
ユイの落ち着いた声が、場の声を沈めた。
言葉を飲み込む音さえ聞こえる。
「それは、髪と目の色を変えることが出来ない可能性があるということです」
最後にユイは遺伝子的、因子的の両側面からみた人体の影響値を提示した。
結果、この新薬は“人体への影響は限りなく低い”と判明する。
一同は惜しみない拍手をユイに贈った。
「カイドウ家の当主として、球骨腫を克服する新薬の開発を推し進めます。なおこの新薬にはリージョンRのJ市産のスズランが必須です。至急手配してください」
女王の宣言にリージョンMの医師たちは、涙を流した。
今まで救いたくとも救えなかった命がどれほどあったことだろう。
これでやっと救う目途が立った。
その涙に、ユイも目頭が熱くなった。
「また、このスズランの情報提供者はミカゲ・カイ・マガミです。彼の全面協力の元、信仰する宗教・派閥に関係なく、この新薬の投与を希望する全ての患者に無料で提供とします」
それは。
事実上、医療と思想の境界線を無くした宣言だった。
―*―
ユイがこの宣言を行ったのと同時刻。
ミカゲ・カイ・マガミはリージョンRのあるホールで宗教戦争の調停を行う。
「私、ミカゲ・カイ・マガミは、カザム教の宰導として、また”世界の守護者”の代弁者として、今後カザム教はいかなる宗教も派閥も対等に扱い、その存在を許容することを宣言する」
と告げる。
双方の代表者がそんなミカゲに問いかけた。
「なぜ貴方はこの決断をするのですか?」と。
「私も“愛”を知ったから」
ミカゲは静かに答えた。
その言葉に異議を唱える者はこの場にはもう居なかった。
―*―
ミカゲとの婚姻式を間近に控えたある日。
本人と家族の同意の元、ひとりの球骨腫の少女にこの新薬が投与された。
その後わずか三日後、死の淵にいた少女はこの病を乗り越えることが出来た。
“カイドウ家の女王の奇跡。医療と思想が起こした感動のドキュメント”
そんなタイトルで大きく報道された。
このニュースを、ユイの執務室でミカゲは端末を見つめながらこう言った。
「これが僕への対価ってこと?」
「そうよ」
ユイはミカゲに向かって微笑む。
その優しい微笑みは返って毒々しい。
しかしミカゲは飄々として受け止めた。
「無料で投与って……その資金は?」
「あなたの私財とMathewの代金で賄えるはずよ」
ユイは仕事をこなしながら、サラリと答えた。
「……やってくれたね。僕の女王が望むんだ、喜んで捧げようじゃないか」
「ありがとう。きっとユーリも喜ぶわ」
ユーリがミカゲを見つめて笑っている。
小さな両手を伸ばして、言葉にならない何かを声に出している。
ユイにはその声がミカゲを呼んでいるように聞こえた。
カイドウ家本邸で行われた当主会議。
ユイはある花の実についての調査結果を発表する。
世界中に咲くスズランは、各リージョンで品種が異なる。
その中でリージョンRのスズランは、一番香りがよく小ぶりの白い花を咲かせる。
それだけではない。
リージョンRのJ市に咲くスズランの実は、プラス因子にのみ反応する猛毒。
誰も触れようとしないオレンジ色の実は、ユイにとっては“希望”だった。
更にユイは自分の因子を再検査し、その結果を提示した。
スズランの調査結果を見てざわつく声は、この時からもうなかった。
ユイの右手に現れたミシルシを見た穏健派の医師の誰かが呟いた。
「それはミシルシ……まさか女王の……?」
カザム教では守護者を導く存在を“女王”と呼ぶ。
女王の因子は、“因子を環境に適応させることが出来る”未知の因子だ。
ユイの右手にミシルシが現れるようになってから、ユイは因子の検査を受けた。
すると以前とは異なる変化があったのだ。
ユイの因子は、「マイナス因子」が“中性の保護膜”によって護られた状態だった。
しかしこの世界アゼリアでは「プラス因子」が働く。
護られているとはいえ「マイナス因子」は減り続ける。
そこで“中性の保護膜”は形を変え続け、「マイナス因子」を保つ。
そんな衝撃の結果だ。
「では、このスズランの実から摘出した猛毒に、私の血液を含ませてみます」
誰もがこの検証に息をのんだ。
無色透明な猛毒液にユイの血液が数滴入る。
すると液は黒く変色したものの、時間を置くと無色透明に戻っていく。
それはまるで皆既月食のようだった。
「この混合液の因子を調べたものがこちらです」
「なんということだ。中性の因子を作り出したというのか?」
ユイが提示していく数々のデータに、誰もが息をのむ。
「これを球骨腫を発症したラットに投与しました。投与前と投与後のデータです」
「プラス因子の暴走が止まっている……だと!?」
驚愕を隠さない声が空間に広がる。
それでもユイは続けた。
「この新薬の副作用はたった一つだけです」
ユイの落ち着いた声が、場の声を沈めた。
言葉を飲み込む音さえ聞こえる。
「それは、髪と目の色を変えることが出来ない可能性があるということです」
最後にユイは遺伝子的、因子的の両側面からみた人体の影響値を提示した。
結果、この新薬は“人体への影響は限りなく低い”と判明する。
一同は惜しみない拍手をユイに贈った。
「カイドウ家の当主として、球骨腫を克服する新薬の開発を推し進めます。なおこの新薬にはリージョンRのJ市産のスズランが必須です。至急手配してください」
女王の宣言にリージョンMの医師たちは、涙を流した。
今まで救いたくとも救えなかった命がどれほどあったことだろう。
これでやっと救う目途が立った。
その涙に、ユイも目頭が熱くなった。
「また、このスズランの情報提供者はミカゲ・カイ・マガミです。彼の全面協力の元、信仰する宗教・派閥に関係なく、この新薬の投与を希望する全ての患者に無料で提供とします」
それは。
事実上、医療と思想の境界線を無くした宣言だった。
―*―
ユイがこの宣言を行ったのと同時刻。
ミカゲ・カイ・マガミはリージョンRのあるホールで宗教戦争の調停を行う。
「私、ミカゲ・カイ・マガミは、カザム教の宰導として、また”世界の守護者”の代弁者として、今後カザム教はいかなる宗教も派閥も対等に扱い、その存在を許容することを宣言する」
と告げる。
双方の代表者がそんなミカゲに問いかけた。
「なぜ貴方はこの決断をするのですか?」と。
「私も“愛”を知ったから」
ミカゲは静かに答えた。
その言葉に異議を唱える者はこの場にはもう居なかった。
―*―
ミカゲとの婚姻式を間近に控えたある日。
本人と家族の同意の元、ひとりの球骨腫の少女にこの新薬が投与された。
その後わずか三日後、死の淵にいた少女はこの病を乗り越えることが出来た。
“カイドウ家の女王の奇跡。医療と思想が起こした感動のドキュメント”
そんなタイトルで大きく報道された。
このニュースを、ユイの執務室でミカゲは端末を見つめながらこう言った。
「これが僕への対価ってこと?」
「そうよ」
ユイはミカゲに向かって微笑む。
その優しい微笑みは返って毒々しい。
しかしミカゲは飄々として受け止めた。
「無料で投与って……その資金は?」
「あなたの私財とMathewの代金で賄えるはずよ」
ユイは仕事をこなしながら、サラリと答えた。
「……やってくれたね。僕の女王が望むんだ、喜んで捧げようじゃないか」
「ありがとう。きっとユーリも喜ぶわ」
ユーリがミカゲを見つめて笑っている。
小さな両手を伸ばして、言葉にならない何かを声に出している。
ユイにはその声がミカゲを呼んでいるように聞こえた。
