08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 リージョンR、J市。
 そこは高台になった丘の上に立つ墓地の一角。
 墓地には古い墓と新しい墓がひしめき合うように建てられていた。

「ここがヒロトの……墓?」

 Mathewとトオル、セキジとでもう一度訪れたJ市。
 白百合を抱えたユイとMathewは、トオルの案内でヒロトの墓に到着する。

「ああ」

 ヒロトの墓地にはスズランの花が添えられてあった。
 叔母のエレナが、少し前に墓参りに来たのかもしれない。 
 ここに墓があるという事実を、ユイは最後まで認めたくなかった。
 正方形の墓石には、カザム教の刻印が刻まれている。
 それは見たこともない不思議な形をしていた。

「どうしてここに墓があると分かったの?」

 トオルから“ヒロトの墓がある”と聞いたときから不思議に思っていた疑問だった。
 墓石を見つめたまま、トオルは沈黙を続ける。

「オレさ、人生で一番やっちゃいけないことをした。だから分かったんだ」

 事の発端は数日前に戻る。
 あれはユイがミカゲと一緒に報道会見を行った翌日だった。

 トオルはその日、非番だった。
 昨晩レイラはトオルの部屋で一夜を明かし、早朝に帰って行った。
 夜を共にするのは初めてではなかったふたり。
 これまで以上に二人が愛を確認し合った証のように、ベッドにはレイラの携帯端末が残されていた。
 
 トオルはすぐにレイラに知らせようと思った。
 けれどもその携帯に届いたのは、見知らぬ男性の名前と通信メッセージだった。
 端末には何故かロックがされておらず、トオルが見ようと思えば中を見ることは可能だった。

「まさか、レイラの携帯端末のデータを……見たの?」 

 トオルは何も言わない。
 ただユイを見つめる目は、哀しみに満ち溢れていた。
 
「ここから先はユイさんが知るべきではないかもしれない……」
「……受け止める覚悟はあるよ」

 トオルは、嫉妬心からその誘惑に負けてしまった。
 そして通信履歴の中は男性の名前で溢れていた。

 中でも『ヒロト・セナ・リーシェン』という名前に、トオルは衝撃を受ける。

 通信は全て文字通信だった。
 最後にレイラが返信したのは、一年以上前だ。

『一時間後、リージョンRのフィレシア・ホテルで待つ』

 信じたくなかった。
 ふたりの間に何が起こったのかも考えたくもなかった。
 しかし気が付けばトオルはその履歴を全て確認していた。
 レイラは、ある人物と頻繁に連絡を取っている。
 相手の名前は『グレン・ハン・グラゼル』。アゼレウス社の社長秘書だ。
 休日のたびに頻繁にリージョンRでレンタカーを借りていること。
 三か月前に通販で“妊娠検査薬”を購入していたこと。
 そして最も信じたくなかったことは。
 産院の定期受診予約の通知だった。

 ―*―
 ユイはトオルに確認してもらいたいモノがあると告げた。
 それはMathewが掴んだ矢についていた走り書きの文字。
 トオルはその文章のつづりを見た途端、顔色を変えた。
 その反応が全てを物語っていたし、もうそれで十分だった。

 Mathewは一つだけユイに告げなかった。
 使われている赤いインクにはあの消臭剤が使われていることを。
 
「セキジ。調べてくれる?」
「グレン・ハン・グラゼル様、でございますね」
「……ええ。それからレイラ・リード・リゼルという女性も」
「かしこまりました」

 以前のユイであったなら、相当なショックを受けただろう。
 それでも冷静な判断を下せるほどに、ユイは成長した。
 そんな姿をいつまでも見ていたいと、Mathewは思った。