リージョンK、S市。
ここは、小さな無人島の周囲を埋め立てて拡張した人工の島。
島全体が要塞であり、島の中央にはグラゼル家の、本邸がある。
4階建ての大きな建物は、シンプルなデザインだ。
これが個人宅とは言い難い。
そして今日。
1人の若い女性がそこを訪れる。
白い仮面を付け、フード付きの黒い外套を纏う。
はみ出した金色の髪の後れ毛が海からの風に揺れる。
その後ろを黒髪の少年のようなAIドールが続く。
機械で出来た猫耳が、最奥の部屋で奏でられている楽器の音を捉える。
「ようこそ。……美しき銀円の人」
白い仮面を付けた執事の声が、エントランスにこだまする。
「……ブルーレイン」
少し低めの女性の声は、何かの意思をこめてその言葉を口にする。
執事はそれだけで彼女の要件を理解した。
「ジルヴ」
1人のメイドが蝋燭を模した灯りを両手に、彼女たちの前に現れる。
「ラナン」
女性が名前を呼ぶ。
後ろにいたAIドールは、女性の前に数歩進む。
メイドから2つの灯りを受け取り、片方を女性に手渡した。
その灯りが彼女の白い仮面の一部を照らす。
黒の外套のフードが少し風に煽られる。
外套の隙間から見えている金色の髪を気にして、自然な仕草でフードの中に隠す。
AIドールと女性は案内を続けるメイドに続いた。
漆黒の回廊を三つの灯りが点のように続く。
女性の靴の音が、廊下に置かれた置き時計の秒針と重なる。
やがてエレベーターが見えて来た。
メイドが扉を開く。
ここから先は女性だけが通行を許可されている。
女性はエレベーターにそのまま歩き進み入る。
重さを感じ取った空間はその扉を閉じ始めた。
ゆっくりと閉まる扉の向こう。
灯りに照らされたAIドールのその顔を、女性は画面の奥から見つめ続けた。
ーー地上4階。
エレベーターが速度を落とし、4階で静止する。
ふと女性の耳にも届く、ハイトーンの柔らかな音色。ヴァイオリンだ。
エレベーターから一歩踏み出し、その優雅な調べの元に歩みを進める。
上から緑色の光が照らされる。
『イジョウアリマセン』
モニターの左の扉が開く。
ヴァイオリンの旋律が流れ、向こう側には光。
陽光を限りなく忠実に再現した、偽物だ。
偽物なのは陽光だけではない。
終わらない青空、美しく咲いた時を保存した花。
水音は本物だが、流れる水そのものは偽物。
そんな空間をこの部屋の主は愛している。
女性は中へ向かう。
アイスブルーの目が捉えるのは、ヴァイオリンを奏でる1人の女性。
彼女の年齢はこの女性と同年代の、若い女性に見える。
銀色の長いストレートヘア。
紫色の目。
着ているのは、この地方に長く伝わる伝統衣装。
ただし白を纏うのには意味がある。
伝統衣装に白を使うのは、初婚の花嫁の証だ。
「わたくしを待たなくていいのに」
「ですが……演奏の途中でしたので」
小さな鈴のような、穏やかで愛らしい声。
まだあどけなさを残した子供の声だ。
彼女は途中で弓を持つ手を止める。
「ねぇ、レイラ。……順調、かしら?」
「はい、レイハ様。滞りなく」
部屋の主に名を呼ばれた女性、――レイラは、女性からヴァイオリンを受け取る。
それを近くにあるガラスのテーブルの上にそっと置き、ベルでメイドを呼んだ。
入って来たメイドがヴァイオリンを片付け、別のメイドがグラスに淡い紅色の果実酒を注ぐ。
それをレイラが受け取り、レイハに渡す。
「彼女は元気?」
「はい」
レイラが答える。
銀色の髪の若い女性――レイハは、レイラの白い仮面を、両手で外す。
露わになる素顔。
金色の髪のレイラ、銀色の髪のレイハ。
纏う色が違う、二つの同じ顔が在った。
「レイハ様……私は……」
レイラはその紫色の目を直視できない。
見てしまえば、またレイハに重なることを知っているからだ。
レイハは首を横に振った。
「分かっているわ。わたくしと貴女は一連托生でしょう?」
あの雨の日。
レイハに救われた瞬間から、そうなる運命だった。
そうだ。私は、レイラ・リード・レゼル。
「ーー心得ております」
そう答えたのは、自分なのだろうか。
それとも、主によるものなのだろうか。
発した当の本人さえもわからなかった。
ここは、小さな無人島の周囲を埋め立てて拡張した人工の島。
島全体が要塞であり、島の中央にはグラゼル家の、本邸がある。
4階建ての大きな建物は、シンプルなデザインだ。
これが個人宅とは言い難い。
そして今日。
1人の若い女性がそこを訪れる。
白い仮面を付け、フード付きの黒い外套を纏う。
はみ出した金色の髪の後れ毛が海からの風に揺れる。
その後ろを黒髪の少年のようなAIドールが続く。
機械で出来た猫耳が、最奥の部屋で奏でられている楽器の音を捉える。
「ようこそ。……美しき銀円の人」
白い仮面を付けた執事の声が、エントランスにこだまする。
「……ブルーレイン」
少し低めの女性の声は、何かの意思をこめてその言葉を口にする。
執事はそれだけで彼女の要件を理解した。
「ジルヴ」
1人のメイドが蝋燭を模した灯りを両手に、彼女たちの前に現れる。
「ラナン」
女性が名前を呼ぶ。
後ろにいたAIドールは、女性の前に数歩進む。
メイドから2つの灯りを受け取り、片方を女性に手渡した。
その灯りが彼女の白い仮面の一部を照らす。
黒の外套のフードが少し風に煽られる。
外套の隙間から見えている金色の髪を気にして、自然な仕草でフードの中に隠す。
AIドールと女性は案内を続けるメイドに続いた。
漆黒の回廊を三つの灯りが点のように続く。
女性の靴の音が、廊下に置かれた置き時計の秒針と重なる。
やがてエレベーターが見えて来た。
メイドが扉を開く。
ここから先は女性だけが通行を許可されている。
女性はエレベーターにそのまま歩き進み入る。
重さを感じ取った空間はその扉を閉じ始めた。
ゆっくりと閉まる扉の向こう。
灯りに照らされたAIドールのその顔を、女性は画面の奥から見つめ続けた。
ーー地上4階。
エレベーターが速度を落とし、4階で静止する。
ふと女性の耳にも届く、ハイトーンの柔らかな音色。ヴァイオリンだ。
エレベーターから一歩踏み出し、その優雅な調べの元に歩みを進める。
上から緑色の光が照らされる。
『イジョウアリマセン』
モニターの左の扉が開く。
ヴァイオリンの旋律が流れ、向こう側には光。
陽光を限りなく忠実に再現した、偽物だ。
偽物なのは陽光だけではない。
終わらない青空、美しく咲いた時を保存した花。
水音は本物だが、流れる水そのものは偽物。
そんな空間をこの部屋の主は愛している。
女性は中へ向かう。
アイスブルーの目が捉えるのは、ヴァイオリンを奏でる1人の女性。
彼女の年齢はこの女性と同年代の、若い女性に見える。
銀色の長いストレートヘア。
紫色の目。
着ているのは、この地方に長く伝わる伝統衣装。
ただし白を纏うのには意味がある。
伝統衣装に白を使うのは、初婚の花嫁の証だ。
「わたくしを待たなくていいのに」
「ですが……演奏の途中でしたので」
小さな鈴のような、穏やかで愛らしい声。
まだあどけなさを残した子供の声だ。
彼女は途中で弓を持つ手を止める。
「ねぇ、レイラ。……順調、かしら?」
「はい、レイハ様。滞りなく」
部屋の主に名を呼ばれた女性、――レイラは、女性からヴァイオリンを受け取る。
それを近くにあるガラスのテーブルの上にそっと置き、ベルでメイドを呼んだ。
入って来たメイドがヴァイオリンを片付け、別のメイドがグラスに淡い紅色の果実酒を注ぐ。
それをレイラが受け取り、レイハに渡す。
「彼女は元気?」
「はい」
レイラが答える。
銀色の髪の若い女性――レイハは、レイラの白い仮面を、両手で外す。
露わになる素顔。
金色の髪のレイラ、銀色の髪のレイハ。
纏う色が違う、二つの同じ顔が在った。
「レイハ様……私は……」
レイラはその紫色の目を直視できない。
見てしまえば、またレイハに重なることを知っているからだ。
レイハは首を横に振った。
「分かっているわ。わたくしと貴女は一連托生でしょう?」
あの雨の日。
レイハに救われた瞬間から、そうなる運命だった。
そうだ。私は、レイラ・リード・レゼル。
「ーー心得ております」
そう答えたのは、自分なのだろうか。
それとも、主によるものなのだろうか。
発した当の本人さえもわからなかった。
